厳しい瞳
どんな状況でも寝ていられる自信はあるが、
夏島の影響で燦燦と照らしつけてくる太陽が、さすがにちょっと暑かった。
奇妙な敗北感を覚えながら、オレはみかんの木陰に移動する。
幸い今は、泳げない身の程をわきまえもせず、不安定な船首に座る奴もいないので、
安心して昼寝の場所を変えることができた。
小憎らしいあの女のものではあるが、こんなとき植物の存在はありがたい。
緑の葉からは何とかいう物質が出て、人を穏やかな気分にするそうだ。
チョッパーの受け売りなので小難しいことはわからないが、確かにここは気持ちがいい。
海の上にいながら木陰で昼寝、という贅沢をオレは心から満喫していた。
だから
「ああもう、そうじゃないでしょ!」
不意にきぃぃんと耳に飛び込んできた、この木の持ち主の甲高い声にも
オレは敢えて聞こえない振りをきめこんで昼寝を続けたのだった。
それでもさすがに気になったので薄目を開けて窺えば、
みかんの木に手を突っ込んで、せっせと木の世話をしているナミの姿がある。
足元に寝転ぶオレを一瞥して、嫌そうに顔をしかめたが、
それ以上文句を言うわけでもないので、こっちも再び目を閉じた。
だが
「なあ、ナミこれでいいのか?」
突然聞こえてきたルフィの声に、オレは反射的に飛び起きてしまった。
どうやら木の向こう側にいるらしく、
茂る葉に邪魔されて、こちらからその姿は見えない。
ナミの指図の下、手入れを手伝っているようだ。
ルフィの声だというだけで思わず反応してしまったオレを、
ナミがまたちらりと見下ろし、ふんとばかりに顔をそらす。
口では、ちっとも役に立たないだの、すぐつまみ食いをするだのと文句を言うくせに、
ナミが何かというとルフィをここに連れてきているのを、オレは知っている。
ルフィも特に何もすることのないときはおとなしくナミに従っている。
根が大雑把なあいつにしては、細々したことを結構頑張ってやっていると(オレは)思うのだが、
ナミは全く容赦がない。
「ちょっとルフィ、あたしの言うことわかってる?」
木の向こう側で、おそらくせっせと手を動かしているだろう仮にもこの船の船長に、ナミは遠慮のない言葉を浴びせかける。
「ちゃんと混みあってる枝を切るのよ」
「ふぁ〜〜〜〜〜い」
聞こえてくるのは何とも頼りない声。
「しっかりやらないと美味しいみかんにならないんだからね」
「ちゃんとしてるぞ、オレは!」
そしてぱっちんと元気なハサミの音。
「もう、そうじゃないの!やたら切ったらダメだってば」
そんな厳しい声にももちろん、本人に堪えた様子は全くないのだが。
おっかしいな〜とか言いながら、鼻歌の交じったぱっちんぱっちんというハサミの音がまた響く。
「もうあんたったら・・・」
呆れたように肩を竦め、ナミが苦笑する。
笑いながら、しかしその瞳は真っ直ぐに、
重なり合う枝葉を透かすようにして、木の向こう側にいるルフィを見ていた。
・・・・・・それはそれは、優しい瞳で。
間にある木が邪魔をして、ルフィとナミはお互いの姿が見えない。
そのことを充分確認した上で、
ナミはキツイ言葉とは裏腹の、この上なく穏やかな表情を浮かべてルフィを見つめる。
何気なく見上げたオレはそんなナミの表情に、少しばかり驚いた。
「いいルフィ、次に実を間引くんだけど・・・」
ナミは相変わらずてきぱきとした厳しい声で、用を言いつける。
ルフィから見えない瞳は優しいままだ。
「大きな実をつけさせるためにね、いくつかくっついてる実は一つを残してあとは採るの」
「え〜もったいねえな〜〜」
不満そうな声が聞こえてくる。
「サンジくんがケーキの香り付けに使いたいって言ってたから、あとでもって行ってあげればいいわ」
「ケーキ!?」
途端にルフィの声のトーンが変わったのが可笑しい。
「あんた今日誕生日なんでしょ?」
「おお、知ってたのかナミ!」
「まあね」
本人に対しては、ぽんと突き放すような言い方なのに。
おめでと。
唇が動いてそう呟いたのをオレは見逃さなかった。
もちろんルフィからは見えなかっただろうが。
「まだるっこしい奴だな」
思わず口に出してしまったら、案の定スコップが飛んできてぱかんとオレの頭に命中する。
「あんたとは違うのよ」
ルフィに聞こえないように潜めた声を投げつけて、
ナミはオレに向かってべぇっと舌を出した。
それに言い返す言葉をもたないオレは、仕方なくまたごろりと横になる。
太陽の日を遮ってくれる木の陰が心地よい、それでいて少し気詰まりな空間。
うとうとと頭は眠っているが、耳だけは冴えている。
「ありがと、ルフィ。もういいわよ」
終わりを告げるそんなナミの声に、オレは目を開け、ゆっくりと身を起こした。
ひゃっほーと、ようやく仕事から開放されて喜ぶルフィの声が聞こえてくる。
「なあなあナミ、みかん食っても・・・」
「頑張ったからね、いいわよ、あげる」
その姿は未だ見えないが、
褒美をねだる子供のようにおずおずとした上目遣いの顔が目に浮かぶ。
きっとナミも同じなのだろう、ふきだしながら答えた。
「サンキュ、ナミ。あのさ、2個もらっていいか?」
「あら、もっといいけど?」
「ゾロと2人で食べるからこれでいい」
「………」
「じゃ、ありがとな、ナミ」
静寂が落ちたオレとナミのいる空間から、ぱたぱたと足音を立ててルフィが去っていく。
やがて、その軽いゴム草履の音も止んで―――。
ぼりぼりと頭を掻きながらオレは顔を上げられない。
今、俺の前に仁王立ちで立ちはだかる足だけが見える奴の、オレに向けている厳しい瞳が充分想像つくからだ。
さて、この場をどう切り抜けたものか。
「ちょっとヤベぇな・・・」
絶体絶命のピンチに、オレは下を向いたままぼそりと呟いた。
= END =
subtitle・・・憎らしい恋敵(ライバル)に向けるそれはそれは厳しい瞳
