優しい黒髪
潮風を受けて、メリー号の帆もハタハタと気持ちよく音を立てる。
気候は安定しており、もうすぐ島が近いのかもしれなかった。
ポカポカとしたいい陽気に誘われて、みんな甲板に出ていた。
ナミとロビンは、甲板に出ているデッキチェアでくつろいでいる。
横にはうやうやしく給仕するこの船のコックを従えて。
チョッパーとウソップは、二人釣り糸を垂らしながら、夢中で話し込んでいた。
主に話しているのは、ウソップばかりである。
彼は相も変わらず途方もない嘘の冒険譚を放ち、チョッパーはまたしても理想的な聞き手としての役割を担っていた。
ルフィはいつものごとくメリー号の羊頭に座っていたのだが
ふと何を思ったのか、ナミ達の所へ、ゴムの手を伸ばしビヨーンと飛んできた。
「なあ、サンジ、オレも何かくれ。」
「オマエなあ、それが人にモノを頼む態度かよ??」
たった今まで、鼻の下がゴムでもないのにこんなに伸びるものなのかというほど伸ばしていたコックだが、
ルフィの声に振り向いた時にはもう、鼻の下の長さは人間並みに戻っていた。
「ナミ、ロビン、オマエら何飲んでんだ??」
「アイスティよ。」
ナミが新聞から目を離さずに応える。
「じゃあ、オレもそれだ、サンジ。」
サンジはアアン?と下あごをつきだした。
「だからオマエ、それが人にモノを頼む態度かってんだよ。」
「お、何だ、ロビン、オマエ何食ってんだよそれ。」
「おい、人の話を聞けよ。」
「タルトを焼いてくれたのよ、コックさんが。」
「おおおお、オレもそれ、サンジ。」
「わーった、わーった、どうせもうオマエらヤロウ共の分も焼き上がる頃あいだ。
今ちょっと見てきてやるから、それまで待ってろ。」
「おおおー!!」
今にもヨダレを垂らしそうな勢いで喜ぶルフィを見て、サンジはついニヤッと笑ってしまい、全力で後悔したのだが、
すぐに踵を返してキッチンへ向かったため、幸い誰にも顔を見られずにすんだ。
ロビンは頬づえをついて、薄く微笑みながら様子を見ていたが、
サンジがキッチンに消えた後、側に置いていた本を手に取りゆっくりと立ち上がった。
「何処行くの、ロビン?」
ナミがやっと新聞から顔を上げて聞いた。
「この本、読み終わっちゃったの。だからもどしてくるわね。」
本を片手で掲げながら、ロビンは応えた。
「おい、ロビン、まだ飲み物とかおやつが残ってるぞ!」
ルフィの言葉にロビンは笑って「よろしければどうぞ。私はもうたくさんいただいたから。」
とだけ言い、女部屋へ降りていくため背を向けて歩き出した。
ルフィは、いいのかー、わりぃなあ、と言いながら今までロビンが座っていた椅子にドカっと座り、
嬉しそうにバクバクとロビンの残したタルトをたいらげだした。
「もう・・まったく、意地汚いんだから。」
とナミは呆れた声でつぶやいた。
「ふー、食った。でもまだ足りねえなあ・・サンジまだかなあ・・キッチンまで様子見てくるか。」
というルフィに、ナミは
「やめときなさいよ。仕事の邪魔よ。怒られておあずけくらうのがオチだわ。」
と一応、忠告してみた。無駄だろうけど。
しかし、ルフィは「そらそうだな」とあっさりキッチンへの奇襲を諦め、アゴをテーブルにのっけて欠伸をした。
ちょっと驚いたナミは、マジマジとルフィを見た。
・・・珍しい事もあるもんだわね。ゲンコツなしにコイツが言うこと聞くなんて。
ルフィはアゴをテーブルにのっけているため、ナミからは顔がよく見えない。
ただ、ルフィの黒い髪が、陽の光にキラキラとまるで宝石のように光っていた。
ギィ、ギィと船が左右に揺れながら、緩やかに波を滑っていった。
小さく「すげー」というチョッパーの感嘆の声が聞こえてくる。
目の前には、ルフィの黒い髪。キラキラと綺麗な黒い髪。
大切な麦わら帽子は、今日は頭の上に乗ってはおらず、首の後ろに紐でくっついている。
黒い髪は綺麗だとナミは思う。
キラキラしてて宝石みたいで、とても綺麗だ。
「ねえ、・・・・??」
ビクリとも動かないルフィに、ナミは顔をのぞきこんでみた。
案の定、アゴをついたまま手をだらりと下に伸ばし、ぐーぐーと眠っていた。
「まあ、こんな陽気だしね・・・仕方ないか。」
ナミはクスっと笑い、自分も「うーーん」と言いながら大きく背伸びした。
それから大きく息を吐き、もう一度ルフィの髪を眺める。
しばらく眺めていたナミは、ふとルフィの黒い髪に顔を近づけた。
・・・思ったとおりだ。
この黒い髪からは太陽の匂いがする。
鼻先に感じる暖かい黒髪。
んん、というくぐもったルフィの寝ぼけ声にびっくりして、ナミはバッと顔を上げた。
しばらく様子をみたけれど、ルフィは起きたわけではなさそうだ。
ホッと息をついて、またしみじみとルフィを見る。
光を全て吸収してしまう、黒い髪。
いろんな色を混ぜ合わせるとやがてはなるという黒い色。その色をもつ髪。
触ったらどんな感じだろう。でもきっと起きちゃったらややこしいし。ついでにうるさいし。
それに・・それに、触れるのが少しコワイ気もする。
もう一度ナミは、顔をルフィの髪に近づけて、すうっと息を吸い込んだ。
潮と、太陽の匂いがした。
・・・大好きな匂い。
あったかくって、不意に泣きたくなった。
" わたし、あんたに出会えて、良かったわ。"
そんな言葉は決して言いたくはないのだけれど、
そんな言葉は絶対にコイツにだけは聞かせたくないのだけれど、
もう喉元まできてしまっている。
言葉たちが喉元で熱い熱をもってしまっている。
ナミはどうしようもないその熱をはき出すため、眠ってしまったルフィに向けて、仕方なく重たい口を開けた。
written by hirohiro
subtitle・・・優しい、太陽の匂いのする暖かい黒髪
