のばす / 晩秋(苦し紛れだ…)



ただそれだけのこと


いつも何とはなしに帰りを共にする仲だ。ただそれだけだった。
お互いの部活は別だし、お互いの学年も違う。
お互いの目指すところも、たぶんお互いの見ている夢も違うだろう。

ひょんな事から帰りが一緒になったのが最初だ。
お前、知ってるぞ、ロロノア・ゾロだろう、と一人の下級生がまっすぐに自分の目を見て話しかけてきたのだ。それがルフィだった。
今まで自分のまとう雰囲気のせいか、目を見て話しかけてくる輩はほとんどいなかった。
自分はそいつらに何をしたわけでもないが、勝手に相手がオドオドと挙動不審になるのだ。

最初はルフィの事を妙なヤツだと鼻であしらっていた。
だが、話してみると意外にさっぱりとしたおもしろい男だった。

それから、なんとなく会えば話をするようになった。
帰り際に会えば、話しながら帰るようになった。
時には帰りに店によって何か食べたり、買ったりもするようになった。
気がつけばそれを半年近くも繰り返していた。
何でもない事が普通に楽しかった。
互いの距離がちょうど良く、たとえ話がかみ合わなくとも共にいるのは楽しかった。

本当に、ただそれだけのことだ。




ゾロは苦虫をかみつぶしたような顔で通りの向こうを睨んでいた。
いつもなら、目が合えば「おう」と言い、「帰るか」とどちらからともなく声をかけあい、ポツポツと歩きだす。
そんな日が続くと思っていたし、そんな日が続かないはずはないと思っていた。この数日以外は。


ここ最近、明らかにルフィはゾロを避けていた。帰り際に会っても、目を逸らす。
話しかけようとすると、走ってどこかへと行ってしまう。
何度かそれを繰り返され、ゾロはいい加減ルフィの態度に苛ついていた。
何故避ける、と問いただしたい気持ちもする。
だが、それだけのことだったと諦めればいい話だ。


通りの向こうには、ルフィが歩いている。
でも自分の方を見ていない。連れの男と楽しそうに話していた。
だから何だ。別に構わないではないか。
ただ、ルフィに会うまでに時間が逆戻りしたと思えばいいだけだ。

ゾロは腹に力を入れ、暴れ出しそうな何かを必死に飼い殺す。
そうして、今ルフィとその連れが向かった先とは逆の方へと足を向け、そのまま振り返らずに歩き去った。




「ゾロ、今日暇か?」

頭の上から声が降ってきて、ゾロはジロリとその声の方を見上げた。
校舎の階段の手すりに寄りかかりながら、ルフィがこちらを見下ろしていた。

「……」

ルフィの声をこうして聞くのは久しぶりな気がする。だが、感慨もクソもあったもんじゃない。
ゾロは何も言わず、そのまま首を下げて何も見なかったかのように階段を降りる。

「待てよ、ゾロ!!」

ルフィは慌てたように階段を駆け下りた。
ハアハアと息を荒くしながら、やっとの事でゾロに追いついた。

「なあ、今日暇か?もし暇ならオレと…」

「暇じゃねェ」

間髪を入れずにゾロはルフィの言葉の上から言い放った。
歩く足は止めず、ともすれば早歩きになってしまいそうな自分を必死にコントロールする。この場から走り出したら、まるでルフィから逃げるみたいで、それも非常に腹立たしい。だが、はっきり言って走り出したい気分だ。

明らかにムッとしたような雰囲気がルフィの方から漂ってきた。
構うものか。何故オレだけがコイツに合わせなくちゃならないんだ。

「じゃあ、その用事が終わった後なら大丈夫だな?」

ルフィは渋々と打開案をだした。

「………」

ゾロは無言のまま歩き続ける。
口を開けば何故かとげとげしい言葉しか出てこない気がしたからだ。
別に普通にすればいいだろう。男なら細かいことにいちいち目くじらたてて、ああだこうだと言わなくてもいいはずだ。
ルフィにしてみれば、この数日はなんて事はなかったのかもしれない。特に理由などなかったのかもしれない。
だが、それもまた腹立たしい。避けるなら避けるなりの理由が欲しかったのか、オレは。

憮然とした様子で黙々と歩くゾロに、ルフィはしばらく黙って後をついてきていた。
だが、それでも諦めたようにこういった。

「じゃあ、ゾロ。お前の部活が終わる頃、校庭の裏庭の一本松のところで待ってるからな」

そう言い終えると、ルフィは足を止め、去りゆくゾロの背中を見守った。

…知るか。勝手に待ってろ。

ゾロはどうしても早足になるのを我慢できず、一度もルフィの方を振り返ることなくその場を立ち去った。






放課後、一本松の木の下で、ルフィはボンヤリと立っていた。
どうも人を待つのは苦手だ。待つくらいなら会いに行った方が全然良い。
動かずして何かを待つことに慣れてはいない。
だが、今回ばかりは別だ。
ゾロの気持ちを最優先させなくちゃいけない。
オレが押しかけていってもダメなんだ。今日は特別だからな。
そう思い直し、フーとため息を吐く。
それにしてもただ待つだけの時間というのは、なかなかの苦行だ。



「…ロロノアが…」

ボンヤリとしていたルフィの耳に、聞き慣れた人の名が飛び込んできて、ルフィはハッと我に返る。
(ロロノア?今ロロノアって言ったよな。ゾロの事だよな?)
ルフィは声の主を捜してキョロキョロと辺りを見渡す。
すると、同じ裏庭だが、一本松のルフィの立っていた場所とは正反対の方に、数人の上級生と見られる塊が座り込んで話しているのを見つけた。
パッと見、あまり良い感じの雰囲気ではなさそうなヤツらだ。

ルフィは耳を澄ませてみる。

「アイツのせいでおれ達はクビだ」
「前からむかついてたんだ」
「ちょっとばかり腕に自信があるからって態度がでかすぎだ」

そういえば少し前、ゾロが剣道部の数人を退部にしたと言っていた。
校内での暴行が酷かったからとか何とか。竹刀をケンカに使ったとか何とか言っていたような気がする。
それにしても大の男が裏庭でコソコソと悪口なんて、かっこわるいにも程がある。
こんな話、聞くだけで耳が腐る。

「今日の帰り、アイツをちょっとばかり痛めつける」
「なーに、一人じゃ無理でもおれ達全員でやれば何とかなる…いざとなればヤツの腕を…」

チラリとその男が胸のポケットから見せたそれは、不気味な刃がギラリと西日に反射して見えた。
ルフィはそのぎらついたナイフの刃を見て眉をひそめた。

ゾロがココに来るなら、コイツら邪魔だなあ…

「オイ。オマエら、どっか行け。そんでゾロに変なマネすんじゃねェ」

ルフィは、その集団のすぐ後ろに立ち、そう言い放った。

「何だこのチビ」

ジロリとルフィを睨み不穏な空気を発しながら、上級生達は立ち上がる。
ルフィはそれらを見ながら人数を数える。ヒーフーミー、…全部で五人か。まあやれるだろ。

「お前、アレだろ、ロロノアにくっついて歩いてる下級生のチビだろう」

「うるせェ、チビじゃねェ」

ルフィはムッとしてチビと言った上級生を睨む。

「生意気だなコイツ」
「やっちまえ」

あっという間にワラワラとルフィは取り囲まれてしまう。
だが怯まない。ルフィもケンカは慣れていた。いや、どちらかというと売られたケンカは値切りまくってすすんで買う方だ。
それにコイツらはゾロの事を酷く言う。
嫌なヤツだ。

突然、砂埃をあげながら先陣を切って一人がルフィに飛びかかってきた。
ルフィはヒョイと跳びながらうまくそいつを避け、避けるついでに相手のほお骨に一発を食らわす。
相手はよろめき、尻餅をついた。

「やりやがったな」

ルフィの一発に対し、相手側は一気に色めき立ち、次々と襲いかかってくる。
ルフィはかがみ込み、勢いに任せて飛び込んでくる複数の中の一人の相手の隙をついて足払いをして、転ばせる。転んだ相手は、ものの見事に後頭部を地面に直撃し目を回した。
そしてルフィは屈めた上体を反らせると同時にもう一人の懐に入ると、強烈な一発を相手の顎に決める。
「このチビ…!」と背後から首根っこを捕らえられたが、ルフィは自分の肘をその相手の溝尾に弾みをつけてガッとめり込ませた。
ぐう、といううめき声が聞こえ、ルフィの首から相手の手がするりと抜ける。
突然横からドン、とタックルをされたルフィはフラリとよろける。
そのまま相手に横に押されながらも、ルフィは咄嗟に体をひねり、自分にしがみついている相手の背中の服を掴むと、力一杯ぐいっと回し、側にあった木に相手ごとたたきつけた。
ようやくその場が静かになった。ルフィはフウとひと息吐いた。

やがてフラフラとしながら、一番はじめに沈めた相手が立ち上がる。

その手にはナイフを持っていた。
ルフィは舌なめずりをするようなギラリと光る刃を見て、すうっと目を細める。

その時、ルフィの足下にガッと何かが絡まった。下を見ると、倒れながらも一人がルフィの両足首を押さえこんでいた。
ルフィはハッと前に向き直る。
ナイフを持った男が、ジリジリと自分に近寄って来ていた。

何とか足を動かそうとルフィは躍起になった。
だが、倒れていた者がまた一人ヨロヨロと立ち上がると、ルフィの背後にまわり、後ろから自分を羽交い締めにした。
ますますがんじがらめだ。

「へへ、動かすなよ。手元がくるっちまうから」

ナイフを持つ相手がニヤニヤと笑いながらそう呟く。
そして相手はダッと勢いをつけて走り出した。
もうダメだ…!
ルフィが思わず目を瞑ると、その途端「ゲエッ」といううめき声の後ドタッと何かが倒れる音がした。
そろりと目を開けてみると、そこにはゾロが立っていた。
たたずむゾロのすぐ側に、先ほどのナイフの男がみっともなくのびていた。

「…ゾロ!」

ゾロがアイツを倒すところを見たかったのに、咄嗟に目を瞑ったことをルフィは後悔した。
ゾロの剣道は本当に美しいので、時々道場を覗いては息をのんで見ていた。
そのゾロがケンカをするところが見られなかったなんて、凄く損した気分だ。
ルフィは礼を言いにゾロの方へと駆け出そうとしたが、足首を捕まれていた為、その場を動けなかった。
するとゾロがツカツカと無言のまま寄ってきて、ルフィの横に立つと、その足を掴んでいたヤツの腕を踏みつけた。

「ギャー」という悲鳴と共にその男は腕を押さえて転がり回り、うずくまった。
ゾロはそれを無表情に眺めていたが、そのままルフィの方へと向き直る。
底冷えのする目で、ゾロはルフィの後ろに立って羽交い締めにしていた男を睨み付けた。
男はガクガクしながらも「コイツを助けたければこれ以上暴れるな」と言いながらルフィのクビに腕を回し、グイグイと締め付ける。
息苦しくなったルフィは、ゲホッと一度咳き込んだ。
しばらく黙って立っていたゾロは、チラリとルフィを見た。ルフィもゾロを見た。
その途端ルフィは弾みをつけて背負い投げをするように、腰を屈め、相手をおぶさる形になる。
ゾロはルフィに担がれたその男の顔に向けて、膝をあげ顔面に直撃させた。
ガッと鈍い音がして、ルフィの肩からズルズルとその男が落ちていった。

やっと自由の身になれたルフィは、大きくため息を吐いた。
そんなルフィをゾロは相変わらず固い表情のまま、横目でチラリと見る。

「お前何やってんだ。早く帰れ」

ゾロは不機嫌さを隠そうとせずルフィに言い放つ。

「オレはゾロを待ってたんだ。そう言ったよな」

「それはお前の思いこみだ。オレは来るとは言ってない」

「でも今来たじゃねェか」

ルフィの言葉にゾロはムッとへの字口になる。

「…来たから、もう帰れ」

「何だよそれ。用事があるから呼び出したんだ。まだ用はすんでねェよ」

「なら早くすませろ」

ゾロの面倒くさそうな言葉に、ルフィもまたムッとした。

「今日ゾロの誕生日だろ。もし暇ならちょっとメシでも食いに行こうと思ったんだよ。オレのおごりで」

意外なルフィの言葉にゾロは目を見開いた。

「ダイジョーブ心配すんな。この一週間兄貴に頼んでバイトさせてもらってたんだ。本当は兄貴の職場なんだけど、一週間だけ代わりに入れてもらって、その分の給料はもう兄貴から前借りしてある。正真正銘オレの稼いだ金だぞ」

ゾロは気が抜けたような顔でボーッとルフィを眺めた。
じゃあ、この何日かさっさと帰っていたのはバイトしてたのか。
オレにおごる金をつくるために。オレの誕生日のために。

ゾロはふとルフィと連れだって歩いていた男を思い出した。

「もしかして、お前の兄貴って…この前一緒に歩いてた男か?」

「おお、ゾロ、エースを見たのか。格好良いだろ」

えへんとルフィは威張ってみせる。
胸を張って威張っているルフィを見て、ゾロはがくりと肩の力が抜けた。

あまりにも最初が唐突すぎて、お互いの事を知る道筋が抜けていた。
コイツに兄貴がいるなんて知らなかった。
そして、コイツがオレの誕生日を祝ってくれようとは知らなかった。
まだ、お互いあまりにも知らないことが多いのだ。それさえも忘れていた。

「んじゃ、行くか?」

ルフィはニッと笑ってゾロの方へと手を伸ばした。
ゾロは笑い出したい気持ちを抑えて「ああ」と頷き、伸ばしてきたルフィの手に自分の手のひらをパンと小気味良く音をたてて当てた。
すると、ルフィはますます破顔して、「よし」と言った。




特別という訳ではない。約束をしている訳でもない。
いつも何とはなしに帰りを共にする仲だ。ただそれだけだ。
お互いの部活は別だし、お互いの学年も違う。
お互いの目指すところも、たぶんお互いの見ている夢も違うだろう。


ゾロとルフィは無言のまま、どちらからともなく並んで歩き出した。
もう夕陽は校舎の影に隠れてしまっていて、辺りは薄暗くなっている。
ゾロはヒンヤリとしてきた晩秋の空気を胸一杯に吸い込んだ。

今日もまたいつも通りに日が暮れ、いつも通りにルフィが隣を歩いていた。

だが、今までとは確実に何かが違っていた。
何がどう違うのかはまだはっきりとはわからない。
とりあえず、昨日までは知らなかった事を今日わかった事がある。
コイツに兄貴がいること。
そして、オレの誕生日を知って、わざわざ金を稼いでくれるくらいはオレを好いていてくれるらしいこと。


それから、オレは自分で思っていたよりも、だいぶコイツと一緒に帰る時間を楽しみにしているらしい事だな。


いつもの校門をくぐり外に一歩出ると、今までとは何か違う景色が今日は見えるのかもしれない。


本当に、ただそれだけのことなのだ。



<了>

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