Shining sun



海賊船ではあるけれど、メリー号の旅は船長の性格そのままにおおらかでのんびりしたものだ。
けれどその一方で、ウソップの日々は案外忙しかったりする。
船大工になったつもりはないのに船の修理を任されたり、いつの間にか武器の改造を頼まれたりと(別に嫌ではないが)、あれやこれや細々した用事に追われる毎日だ。
だが、今日は珍しく誰にも用事を言いつけられなかった。そうなると今度はふっと時間があいてしまう。
さてどうしようかと考えて、まずは甲板にごろりと寝転んでみることにした。
晴れ渡った空のど真ん中、真上に昇ってさんさんと輝く太陽に何気なく手をかざしてみれば、手の平が降り注ぐ光に真っ赤に透けて、その赤さに驚いた。
手に通う血管の色だと何かで聞いたことがあるが、あまりにも鮮やかすぎて眩しく、目を細めていると
「おら、茶だ」
サンジの声が振ってきて、ごんと頭を蹴飛ばされた。
このコックはガラも悪いが足癖も悪い。この野郎と思うが、とりあえずはここまで茶を運んでくれたことに感謝しておくべきなのだろう。
一口飲んで美味いと率直な感想を口にしたら、あったりまえだと態度も大きく返された。



のんびりとしたティータイム。
甲板に並べられたテーブルで、皆がサンジの焼いたタルトをつまみながら思い思いの飲み物を口にしているのを、ウソップは少し離れた位置からぼんやりと眺めていた。
「うめぇーっ」
口いっぱいにおやつを頬張り、カップの紅茶をごくごく飲みながら船長がわめく。
「もうっ、何やってんのよ、ほらこっちもちゃんと拭いて」
落ち着きない子供のようなルフィを叱りながら、ナミが綺麗なハンカチを取り出してごしごしと口の周りを拭いてやっている。
そんな穏やかな光景を見やっていると、
「なあ・・・」
隣に腰を下ろしてタバコに火をつけたサンジが声をかけてきた。
「なんだよ」
「ナミさんは・・・あいつのことが好きなんだな・・・」
サンジの視線の先には押さえつけられてじたばたもがくルフィと、逃がすまいとしっかり腕をつかむナミの姿。
そんな2人の様子はまるで姉弟のように思える。しっかり者の姉にお調子者の弟。そんな微笑ましい絵柄だ。
小言ばかり言っているけれど、ナミはルフィの横ではとてもよく笑うとウソップは気付いていた。それも飛び切りの笑顔だ。
恐らく、ナミは誰よりもルフィが好きだろう。
なぜならナミを縛りつけていた太い鎖を断ち切って、新しい居場所を与えたのはルフィなのだから。
たぶんこれから先もナミのいる場所はルフィの隣だ。それ以外の場所を彼女が選ぶことはない。
そんなことを言ったら、サンジが小さなため息をついて「敵わねぇよな・・・」と呟いた。
それがルフィに対してなのかナミに対してなのかウソップには判断できなかったが、別にどっちだろうとウソップの人生に何の影響もない。
ラブコックの憂鬱などにいつまでも付き合っていられないので、ウソップはさっさと立ち上がると場所を変えることにした。


*****


ナミのみかん畑はきつい日ざしをさえぎってくれる木のおかげで結構居心地がいい。
そこにごろりとしてひんやりとした感触を味わっていると、
「そんなとこに寝転ばないでくれる?」
軽くスカートの裾を抑えたナミに注意された。
だったらそんな短いもんはくなよと思ったが、それを口にできるほどウソップの立場は強くない。
やれやれと起き上がって大きな伸びを一つする。
前甲板から「ルフィ、待ってよ〜」とてぽてぽ蹄を鳴らしてルフィの後を追いかけて走るチョッパーの声が聞こえてきた。
「ねえ・・・」
木の向こうからナミの声がする。
「なんだよ」
「チョッパーってホントにルフィのことが好きなのね」
その声には慈母に似た優しさが込められているようにも思えた。
チョッパーには悲しい過去があるとは聞いたが、どんなものか具体的にウソップは知らないが、 珍しい青い鼻、そして人でもトナカイでもない存在の辛さはおぼろげながら想像つく。
だが、どうせルフィはそんなことお構いなしだったに決まってる。
そして「うるせぇ、行こう!!」とたった一言で、チョッパーを仲間に誘ったのだ。
ココヤシ村でナミの過去を話すといわれたときもさっさと1人散歩に出たように、なにに拘ることもない。自分が気に入れば全てをあるがままに受け入れる、 それがルフィだ。
ナミがあまりに優しい声を出すものだから、なんだかいつものようにツッコミも入れられなくなってしまった。
そんな空間が少しだけ気詰まりになって、ウソップは起き上がった。


*****


前甲板に行くと「おーいゾロ〜、ちょっとこっち着てみろよ」と、ルフィがゾロを呼ぶ声が頭上から降ってきた。
見張り台にいたルフィが面白いものを見つけたからとゾロを誘っているのだ。
ゾロの返事は「ん〜」とか「あ〜」と曖昧なものだったが、ちゃんと「船長命令」に従って梯子に手をかけるとルフィの元に登っていく。
ご苦労なことだ。
「なあなあ・・・」
つんつんと服のすそを引っ張られてウソップが振り向くと、えっえっえっと笑いをこらえたチョッパーがそこにいた。
「なあウソップ、オレわかっちゃった。ゾロってホントにルフィのことが好きなんだな」
大発見をした子供みたいに、嬉しさを隠し切れない顔でこそこそと耳打ちをしてくる。
ウソップにしたら何を今更な内容だが、チョッパーがあまりに嬉しそうなので何でそう思うんだと話を振ってやることにした。
「だって・・・」
とととっとチョッパーは前甲板の後部、ゾロがいつも寝ている定位置までウソップを引っ張って走っていくと、そこにとんと腰を下ろした。
「ここってさ」
あそことメリーの頭の上、こちらはルフィの定位置を指さしながら
「あの上にいるルフィが一番よく見えるとこなんだ」
またまた、それはもう嬉しそうに笑う。
「ルフィが見るものを一番近くで見れるし、何かあっても真っ先に駆けつけられるだろ?だからゾロはいつもここにいるんだぞ」
えっえっえっ。
大好きなゾロが大好きなルフィを大好きなこと。それがチョッパーは嬉しくてたまらないらしい。
だが、そんなことはウソップも初めて出会ったときから気付いていた。
三本刀を持った魔獣と呼ばれる海賊狩りの噂はウソップの村にも聞こえてきていたが、それが現在目の前にいる男だと認識するまでには些かの時間を要した。
なぜなら、まるで子供のような麦わら帽子の少年(後で同い年と知ってどんなに驚いたことか)と楽しそうに会話を交わす姿や、その少年を見つめる優しい視線が、 血も涙もない悪魔のような獣と呼ばれるイメージと全く合致しなかったからだ。
「ゾロはルフィと一緒だとすごく優しい顔になるな」
ウソップもそう思わないか?とチョッパーが首を傾げる。
確かにいつもの仏頂面はどこへやら、こんなときのゾロは見てるこっちが恥ずかしいほど穏やかな表情でルフィを見つめている。
そうだなと、頷いてウソップはチョッパーの頭をひとつ撫でた。


*****


メリー号の後ろ甲板に腰を下ろしていると、ルフィとの用事を終えたらしいゾロが大きなバーベルを抱えてやってきた。
これから鍛錬を始めるつもりらしいゾロに、邪魔かと聞いたらそんなことはないと返ってきたので、ウソップはもう少しここにいることにした。
ぶんぶんと空を切ってバーベルが幾度も宙を舞う。と、
「なあ・・・」
不意に音が止んで、ゾロがウソップを呼んだ。
「あの女はどこにいる?」
「あ?ナミならそこのみかんの・・・」
「いや」
その答えにロビンのことを指しているのだとわかった。
「ロビンならまだテーブルのとこにいたんじゃねえの?」
「そうか・・・」
いつになくゾロが歯切れの悪い物言いをする。
「あの女、ずいぶんルフィのことを気にかけてるみてぇだな・・・」
ゾロがこんな風に他人のことをあれこれ言うのは珍しい。自分でもそう思ったのだろう、
「悪ィ、やっぱいいわ」
すぐに打ち消して、再びバーベルを振ることに専念し始めた。
かつてロビンは敵として自分たちと対峙したけれど、今はもうすっかりうちとけあった仲間だ。
元々ルフィは最初から何一つ疑ってなどいないし、ロビンもいまだに何を考えているかわからないところはあるが、ルフィに対しては明らかに心を許しているような気がする。
ロビンがルフィに向ける視線はとても穏やかで優しい。
いやそれよりも、どこか憧れたものに対するような、そんな眼差しでルフィを見ている。
「うーん、恋愛感情かどうかはわかんねぇけど、まああれは「好き」ってやつだろうな・・・」
ふとそう口にしたら、どすんとバーベルが置かれて床がぴしりと音を立てた。
ひぃぃぃ〜〜と叫びたくなったが、今のゾロに何か文句を言う度胸はない。
これ以上いややこしいことに巻き込まれるのはごめんだったので、ウソップはまた場所を移動することにした。


*****


再び前甲板にでたところで、まだテーブルの上の皿にタルトが残っていたのに気付く。
せっかくなので椅子に腰掛け、サンジのおやつを食することにした。
「美味しいわよ、どうぞ」
1人残って本をめくっていたロビンがウソップを見てにこりと笑った。
さすがコックさんね、と端正な顔が素直な笑顔を浮かべるのを見て、確かにあのゾロが心中穏やかでなくなるのも無理ないことかもしれないと密かに思った。
「ねえ・・・」
ふいに呼びかけられてウソップは顔を上げた。
「どうした?」
「コックさんは、とっても船長さんが好きなのね」
女性と見れば鼻の下を伸ばし、砂糖菓子よりも甘い言葉をかける自他共に認めるラブコック。
ナミにもロビンにもそれはそれは宝物を扱うかのように物腰も柔らかく接するけれど、たぶんサンジは何よりもルフィを大事に思っているのだとロビンは言う。
「見てるとすごくよくわかるのよ」
ふふふと笑いながら、テーブルに生やした手を慣れた仕草で動かして、ロビンがウソップに紅茶を入れてくれた。
「あ、悪ぃ」
慌てて礼を言って、そういえばさっき猫舌のくせにルフィがやけに景気よく飲んでいたことを思い出した。
「あれは船長さん専用なの」
ウソップの心中を読み取ったかのように、頬杖をついたロビンが声をかける。
猫舌の誰かさんのために、サンジはわざわざ特別に冷ましたぬるめのお茶を用意する。
夜中に腹が減ったとつまみ食いに来る頭の黒いネズミに、一見残り物っぽく見せかけた夜食を冷蔵庫に入れておく。
メシはまだかとうるさく騒ぐ声には、口ではこのクソゴムとか言って蹴り飛ばしても、次の食事までのつなぎだとちゃんと手をかけたものを持ってくる。
それはもうコックという職業を超えた気遣いで、そこにサンジの思いが見え隠れするのだ。
サンジもまたルフィに鎖を断ち切ってもらった1人である。
詳しい経緯は知らないが、やはりルフィに背を押されてあの海上レストランから旅立ったらしい。
その日から、サンジのログポースはその人生をかけた夢であるオールブルーと、それと同時に未来の海賊王に一直線に向かっている。



いや、違うな。
ウソップは呟いた。
サンジだけじゃない。
自分たちルフィと深く関わってしまった人間のログは、最終的に全てルフィに向いているのだとウソップはとうに気付いている。


目を落としたカップの中で紅茶が太陽の光をきらりと反射し、その眩しさにウソップは思わず目を閉じた。
まるでルフィのようだと思いながら。
ルフィは太陽だ。
鮮やかに赤く、目もくらむほど眩しく、何よりも明るく。
そして誰にでも平等にその光を降り注ぐ。


直に太陽を見るんじゃないぞ。
世話焼きな村の年寄りが、いつも双眼鏡を片手に走り回っていたウソップに繰り返し注意してくれたのを思い出した。
どうしてかと問えば、一発で目を焼かれてしまうからだと教えてくれた。
目を焼かれて二度と他のものが見られなくなる。まあその覚悟があるならみてみりゃあいいがな。
老人にそこまで脅されたら、さすがにびびって見ようとは思わなかったけれど、それでも時折見たい衝動に駆られてたまらなかった。
その後の一切の光と引き換えにしてもその鮮やさを網膜に焼き付けられたらそれはある意味幸せなのではないだろうか・・・。




「おーい、ウソップー!」
明るい声が甲板に響き渡った。
ぶんぶん腕を振り回しながら、ルフィがウソップを呼んでいる。
「まぁだ食ってんのかよ。一緒に釣りしようぜー!」


サンジがキッチンから顔を出した。
ナミが手を休めてみかんの木の間から覗いている。
チョッパーがオレもやる〜と駆けてきた。
ゾロが汗を拭きながらやってきて、でかい晩飯釣ってこいよと声をかける。
ロビンがデッキチェアから穏やかに微笑んでこちらを見ている。


ルフィという太陽はたくさんの星々を従えて、空のように広い大海原を進む。
頭上の太陽と違うのは、従えられた星たちが光を受けて光るのではなく自分の力で輝いていることだ。
どの星もそれぞれの色、それぞれの光り方で。
オレはどうだろう・・・という思いはあるけれど、それでもウソップはその太陽が大好きだ。
直視するには眩しいけれど、その輝きは「勇敢な海の男」を目指す自分の胸をじんと熱くたぎらせる。


「ウソップー!」
ルフィがウソップを呼ぶ。
どこまでもまっすぐ純粋に。
メリー号の中心に浮かぶ真っ赤な太陽はとても綺麗で眩しくて、それで少しだけ憎らしい。
しょうがねえなと苦笑して、ウソップは釣竿をとりに歩き出した。

= 終 =



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