Strange green&blue


次にたどり着いたのは手ごろな無人島だった。
海軍の影もなく、気候も穏やか。
木々や動物の気配もそれなりにあって、食い物にも困らず過ごしやすそうだ。

せっかくゾロの誕生日なんだから、上陸してお祝いしよう。
そう言い出したのはルフィだ。
なにがせっかくなんだかわからないが、反論したところで船長命令がひっくり返るとは思えないし
(すでに散々思い知っていることだ)
酒が飲める「宴会」に文句を言う筋合いもない。
ケーキを囲んでハッピーバースデーなんて状況は御免被りたいが、
誰もオレの誕生日にそんな可愛いことは望んじゃいまい。
要は飲んで食って楽しく騒げればいいのだ。
誕生日なんて絶好の口実だろう。

それでも、いつもよりいくらか高級な酒と、いつもより多めにオレの好みの料理が並んでいるあたり、
コックも多少は気を遣ってくれているらしい。
だから一応こっちも気を遣って「美味ェ」とは言ってやったのだ。
そのまま素直に受けとりゃあいいものを、
そこで一言余計に混ぜっ返すのはコックの悪い癖だ。

何がきっかけだったかなんて忘れた。
どうせどうでもいいことにアイツが茶々を入れてきたに決まってる。
気が付けば、なにぃと睨みつけていて、
コックが、うるせぇクソ剣士、と高飛車に返している。
そんなわけでこっちも、なんだとエロコック、とふっかけた。
もうどんだけ繰り返したかもわからない、そんないつものやりとりだ。

別にコックが嫌いなわけではない、
ただ気に食わないのだ。
それはあっちも同じなようで、
だからオレたちは、寄ると触るとこうして喧嘩になる。

ナミがどんなに怒鳴っても、
ウソップが悲愴な面持ちで両手をもみ絞りながら船を壊すなと懇願しても、
チョッパーがやめろよとおろおろ周りを回っても、
止まらないものは止まらない。
気に食わないものは気に食わない。
物の言い方もその立ち居振る舞いも、
頭のてっぺんからつま先まで全部が全部、気に食わねェ。

「いちいち腹立つクソ野郎だな、てめぇは!」
「おんなじセリフ返すぜ、ぐる眉毛!」
刀を抜いて、蹴りを構えて
オレたちはいつもの如く睨みあう。

「もう、食べてるとこでいい加減にしてっっ!ルフィなんとかしなさい、あんた船長でしょ!!」
機嫌を損ねたナミの声が、このささやかな宴の会場に響き渡った。

「この馬鹿どもを早くおとなしくさせてちょうだいっ!」
どんな強敵も倒してきた未来の海賊王も、うちの最強航海士には敵わない。
せっかく面白ぇとこなのに・・・などとぶつぶつ言いながら立ち上がる。
「船長命令はダメだぞルフィ、全然解決にならないからな」
チョッパーに釘を刺された船長は、うーんと首をひねって考える。

うーんうーん
ルフィが唸りながら、オレたちの傍にやってくる。
そのときすでに、オレはもうコックのことなどどうでもよくなっていた。
この船長が一体どんなセリフでオレたちをおとなしくさせようというのか、
興味はそっちに移っていたからだ。
その辺はどうやらコックも同じようで、
身構えていた足を下ろすと、けっと呟いて煙草に火をつけた。
何もかも気に食わないやつだが、
ルフィに対するその辺の感情は、オレと似ているのかもしれないとこんなとき思う。

「ゾロ、サンジ」
ルフィがオレたちの名を呼んだ。
待ってましたとばかりに、オレたちは船長の言葉を聞くため顔を向ける。

「あのさ、海ってイーストブルーとか呼ばれてるくらい青いだろ?・・・でもたまに緑に見えねぇ?」

「「は?」」
唐突な言葉に、思わずコックと二重唱してしまった。

「オレ、たまに海に落ちるじゃん。
で、手も足もちっとも力入らなくて海の水に包まれながらぼーっと周り見るしかないんだけどさ、
そんときオレの周りは青くて緑なんだ」
不思議海だよな。
自分の認識を超えたときのお得意を口にしてルフィはにっと笑う。

「それからこれ」
そう言ってポケットから取り出したのは、つやつやと光る緑色のりんご。
あ、てめぇいつの間に、と横でコックが気色ばむが、お構い無しにルフィはりんごに齧りつく。
がぶりと噛んだ途端に、甘い匂いがぷんと漂ってきた。
ルフィは、うめぇと嬉しそうに笑って残りを一口で飲み込む。

「これって緑色なのにさ、どうして青りんごって言うんだろうなァ?」

「「は?」」
また二重唱してしまったのがなんとなく悔しい。

「海列車のステーションで見た信号もさ、緑色してるのに青信号って呼ばれてたぞ」
一体おまえは何が言いたい。
オレたちのそんな表情を感じ取ったのだろうか。
ルフィは、ん?という顔で言葉を繋ぐ。

「サンジの目は青くて、ゾロの髪は緑だってことだ」

まるで謎かけだ。

青にも緑にも見える海
緑色の青りんご
緑色の青信号

緑と青。
その境界はあやふやで、実はとても近い存在なのかもしれないということか?

隣にいるコックをそっと窺った。
ルフィの言うとおり、金色の髪の下からのぞくこいつの瞳は青い。
そしてオレの髪は緑だ。

「だからなんなんだ」
何が言いたい。
コックとオレが近いとでも言うつもりか。
釈然としない思いで詰め寄れば
「そんだけだ」
あっさり返されて、 それもルフィらしい返答だといえばそうなのだが、
問いかけは行き着く場を失ってがっくりと力が抜ける。


「でもさ、やっぱり空は青いし、葉っぱは緑なんだよな」

コックが横でふんとばかりに鼻で笑った。
ああそうだ。
空は青く、木々の葉が緑であるように
青は青、緑は緑、
とことん混ざらないものは混ざらない。
曖昧な距離にありながら、どうやっても受け入れあえない部分がある二つの色。
確かにどっかの野郎どもにそっくりかもしれねぇな。

「オレはどっちも大好きだぞ」

緑と青の真ん中で、太陽を思わせる眩しくも真っ赤な光があっけらかんと笑う。
な、と笑ったルフィが、
手を伸ばして、オレとコックの首をぐるんと抱きこむ。
よせっ、といいながら、逆らえないまま
オレたちは大切な船長の体をしっかりと抱きとめるのだった。



<終>



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