11th (2007企画作品)



ぎちぎちと自分を押さえつけていた固く大きな枷を
「ゴムゴムの斧!!」
ルフィは一撃でクリークとともに打ち砕いた。


夢と大恩ある相手へ思いを秤にかけて、一歩を踏み出せずにいた自分に、
「命なんてとうに捨ててる」
ゾロは野望に生きるすさまじいまでの執念を見せ付けた。


そんなイカれたやつらとの出会いにより、胸に残る思いは多々あったけれど、オールブルーという名の夢と世話になった憎らしげなたくさんの笑顔に背を押されて、 サンジは住み慣れた海上レストランを後にしたのだ。
クリークとの戦いで傷ついた身を癒す間もなくそのままアーロン一味との死闘。
よくもまぁ次から次へと厄介ごとが舞い込むもんだと、呆れたというより感動に近い思いすら抱いた。


無鉄砲な船長に命知らずの剣士。
サンジを解き放った二人は、周りを巻き込みながらしかしいつでも変わらずそのままであり、悔しいことに気づけばサンジはすっかり二人から目が離せなくなっていた。


アーロンの支配から解放された喜びに村は沸いている。
その宴の席で、サンジは念願かなってようやく仲間の一人であるウソップと二人きりで話す機会を得た。


「なぁ、ウソップ」
「ん、どうした?」
一番常識的で気の良さそうなヤツだと目星をつけたのは当たりのようで、 不意に呼びかけられて大きな瞳をぱちぱちと瞬かせながらも、ウソップは新入りのサンジが困っていると察して、すぐに親切そうな笑みを向けてくれた。
「わからないことがあったら何でも聞けよ。なんたって本来ならこのオレ様が船長…」
そこでサンジは早速ずっと抱いていた疑問をぶつけてみたのだ。


「なぁ、あいつらって…デキてんの?」


「は?」
何言ってんだこいつ、とばかりにきょとんと見開かれたウソップの目がサンジを見つめる。
「あいつらって、ルフィとゾロのこと?」
「他に誰がいんだよ」
ウソップはため息をつくと、僅かな間を置いて「さぁね」と軽く首を振った。
否定も肯定もしない言葉と微妙な間。その曖昧さがサンジを苛だたせる。
何故なら。


「俺は二度と敗けねぇから!!」


夢のためなら命など惜しくないと。そしてそんな自分を馬鹿と呼んでいいのは自分だけだと。
そう躊躇いもなく口にした男が、生死の境目の中、涙と鼻水で顔中くしゃくしゃにしながら、まっすぐに剣をあげて誓ったのだ。
ただ一人の相手に向けて。

それはもう誓いとか忠誠とかそんなものではない。
愛の告白だ。
緊迫した空気の中で、不謹慎にもサンジはそんなことを考えていた。
あんな熱く相手にぶつかる言葉は今までに聴いたことがない。
好きだとか愛してるとかそんな言葉ですら言い表せない、貪欲で激しい魂のぶつけ合い。


だからこそ、下世話な言葉を使うなら「すでにデキあがってる二人」と思っていたのに、この長鼻の反応を見る限りではどうやらそうではないようだ。
「オレもそうじゃないかって思ってたんだけどさ…」
声を潜めたウソップがぼそりと呟く。
「あいつらは出会ったときからああだったよ。そんで今でもちっとも変わってねェ」
つまりは…。
サンジの中に湧いた言葉をウソップが代弁する。
「あいつらは『特別な存在』なんだ」




「なぁ、あいつらってデキてんの?」
サンジが再びその言葉を口にしたのはそれからすぐのことだった。
ローグタウンでルフィを死刑台に貼り付けた赤鼻男をナミは知っているという。
まだルフィとゾロとナミ、3人だけで旅をしていたころ、敵として戦った相手だ。
ルフィは檻に入れられ、ゾロは腹をナイフで刺され。
そんな絶体絶命の中を、ゾロは一人でルフィの入った大きな檻を担いで逃げた。
傷口からどくどくと流れる血に構いもせず、腸が出たらしまえばいい、オレはやりたいようにやる、そう言い切った。
ひゃーと、ナミの話を聞いたウソップが声を上げた。
どんだけ馬鹿だとサンジは思った。
死ねば夢もないだろうに、どんだけあの船長が大事だというのか。
一がルフィ、二がルフィ。三も四も五もルフィか。
だから思わずまた隣のウソップに聞いてしまったのだ。
「なぁあいつらってデキてんの?」 と。
「さぁね」
ウソップが些かうんざりした顔をサンジに向け、くすりとナミが可笑しそうに笑った。




「麦わら海賊団」の旅はそれからも続き、大食漢の船長を抱えた一味のコックとしてサンジも目まぐるしい日々が続く。
それでもふとした拍子に、船長と剣士、気がつけば二人に目が行ってしまう。
「ゾロー」とルフィが甲板で寝こける緑頭にかけより、気付いたゾロが「おう」と言葉ではなく態度で返す。
そんなちょっとした日常の空間に、あるいは敵との戦いの場に。
彼らの間には他者の入り込めない二人だけの間があると感じてしまう。
何かを饒舌に話すわけでもなく、といってベタついてるわけでもない。
例えるなら空気のようにしっくりと…って長年連れ添った夫婦かよ。
縁側で日向ぼっこしながら、目だけで思いが通じ合うって…
かー、似合わねェ!!
思わず自らツッコミを入れてしまった映像をぶんぶんと振り払って
「野郎ども、メシだ!!」
サンジは自棄のように声を張り上げて二人を呼ぶ。
「「おうっ!!」」
重なって聞こえた返事に眩暈がしそうだった。




アラバスタの砂漠を走るカニの背中で。
ビビを届けろと笑ったルフィに、やはり笑ってゾロは馬鹿がと答えた。
その背は嫌な汗でぐっしょり濡れてるだろうにそれ以上何も言いやしない。
あの一瞬に、彼らは何を伝え合ったのだろうか。
「なぁ…あいつらって…」
背を向け黙々と鍛錬を続けるゾロをこっそり指差しながら、ウソップに話しかけた。
さすがに3回目、ウソップも慣れたようにやはり「さぁね」と答える。
そして、くっと笑いながらあいつらはアレでいいんだと続けた言葉にサンジも頷いた。
体の関係がどうかなんて知らない。まぁ隠し事のできないタイプの二人だから、まだそんな気配が全く感じられない以上まだ何もないのだろう。
ただ、きっと…、魂はとっくに一つになっている。
互いに互いの内に入り込み、激しく求め合い絡み合い、区別のつかないほどどろどろに溶け合う2人。
体を繋げるよりも遥かに濃厚な関係は羨ましくもあり、けっと鼻で笑ってみたくもなる。


ジャヤという街では、二人して傷だらけで帰ってきた。
ナミが怒りのままに話してくれた内容は、いつにも増して度肝抜かれる同調ぶりだった。


空島で、夢うつつの中でゾロの声を聞いた。
ヤツは誰よりも早くルフィの真意を察した。
目的は黄金の鐘を鳴らすこと。
行くといったらいくヤツだと。止めたって無駄だと。


デービーバックファイトでは、傷ついたルフィに勝ったよと告げる声音の優しさに鳥肌が立った。
「考えてみたらこの船下りて海賊やる理由なんてねェんだ…」
皆が聞かないふりで恥ずかしいセリフをスルーしてやったその思いやりに感謝すべきだと思った。


重い、とルフィが初めて口にした弱音を、それが船長だとゾロだけが受け止めた。
誰一人あのときのルフィには近づけなかったのに、遠慮なく踏み込んで、突き放して、逃げ場を失くさせて、そして自分も同じ重さを背負おうとしていた。


一味の瀬戸際だと青キジに凍らされた腕を懸命にこすっていた。
口では冷静を装いながら、必死な目はずっとルフィのいる方に向けられていた。


司法の塔で「俺たちはここでルフィを待つ」、そうそげキングに告げたときも同じ顔をしていると思った。
一つになった魂を、さらに近くに寄せるように。
ただずっとアイツはルフィを見つめていた。




「なぁ…あいつらって…」
案の定やってきたサンジの問いかけに、はいはいとウソップが肩を竦めてみせる。
「今度はどれだ?…あぁアレか、モリアとやったときの『ルフィ一人でも元に戻しゃいい』。あれも強烈だったよな…」
フランキーなんか目ェ剥いてたぜと、死にそうだった出来事すら過ぎてしまえば笑い飛ばせることに感謝しながら、二人は手すりにもたれて甲板を見下ろす。
芝生の上にはルフィとゾロが並んで座っていた。
「クソマリモのルフィ至上主義は新入りには刺激が強いんだ」
「かつてのおまえがそうだったようにな」
サンジを見て、くっとウソップが笑った。


「で、ああそうそう。あいつらがデキてるかって話だったよな」
航海当初ならいざ知らず、もう今更のようになってしまった言葉を未だ儀式のように繰り返し尋ねるサンジに、気のいいウソップは苦笑しながらも付き合ってくれる。


さぁね、とウソップが答えた。
「いまだにわかんねぇよ…だって、あいつら何一つ変わってねぇんだもん、最初ンときから」
「そうだな…」
目をやった先では、ルフィが大きな身振り手振りをまじえながらゾロに何か話している。
それを穏やかな表情で見つめながらゾロが時折頷いてみせる。


ふと気がついたようにサンジが尋ねた。
「なぁウソップ、オレが聞いたのってこれで何回目だ?」
「10回目」
律儀に数えてくれたらしい。指を折ってウソップが答えた。
「てことはオレたちは10回も目の前であいつらのラブシーンを見せられてるってわけか」
顔を顰めたサンジの横で、あははとウソップが腹を抱えて笑う。
「ったくな…でもそれが嫌じゃないから困るんだよなァ…」
「ああ…」


懸賞額3億ベリーの未来の海賊王と1億2千万ベリーの未来の大剣豪を包む空気は、そのままこの海賊団の空気になってしまったようだ。
ウソップもサンジももうこの空気がなくては生きていけない。


「次も時間の問題だろ」
「多分な」
じきに見られるだろう11回目のラブシーンの予感に、二人はそろって苦笑した。



<終>


思えば10年間、原作であれほど公認であることにびっくりし続けです…。


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