10 titles


ゴールを目指して

同「眠り姫」の続きと思ってください 

ゴールに向けられたゾロの目がきゅっと引き締められ、まるで獲物を駆る肉食獣のそれになったのをサンジは見た。
こんな遊びの延長のような勝負でも勝ちを譲る気はないらしい。
けっ・・・マジになりやがって・・・
内心嘲笑いながら、しかし自分にしたところでクソ剣士に負けるつもりはない。
服装的には少々走りにくいが脚には自信がある。
絶対に勝ってやるさ。
サンジもまた顔を上げてゴールを見据えた。



ヨーイ・・・・ドン!!!


ウソップのピストルが高らかにスタートを告げた。



******




話は数時間前に遡る。
「もう、いい加減にして!」
メリー号の甲板にて。
半ば呆れたようにナミが声を荒げた。

昨晩、ゾロとサンジは大喧嘩をした。
それはいつものことなのだが、今回は理由が理由だけにどうにも根が深い。
いつもなら一通りどつき合ったあと、適当に終わらせるのだが今回はどちらも引く気はなかった。
結果いがみ合いは延々と続き、朝になって起きだしてきた皆の知るところとなる。
怒られたり宥められたり、また喧嘩の理由は何かとしつこく聞かれたのだが、 ゾロにしてもサンジにしても言えるわけがないし、言うつもりもない。


結局何一つ聞き出せないままエスカレートしていく彼らに周囲はなす術もなく溜息をつく。
ウソップは船体に大損害が出ると半泣き状態だったし、
女性陣は埃がたったら肌に悪いと顔を顰めた。
クルーの健康に責任感一杯の船医・チョッパーは怪我するからダメだーとひたすら2人の周りをくるくる回っては心配し続ける。
そんな中で
「なあなあ、ゾロとサンジは本気でやったらどっちが強ぇかなあ」
ルフィだけが暢気に笑っていた。


「馬鹿船長!こんなとこで2人に本気出されたらあっという間にこの船沈むわよ!」
最もな理由でナミがルフィを殴り、縁起でもない言葉にウソップがひぃーっと声を上げた。
「もっと平和的に解決したらいいんじゃない?」
さすがに大人の貫禄、ロビンが静かに提案した。
「平和的って?」
「平和」と言う言葉の響きにほっとしたようにチョッパーがロビンを見上げて尋ねる。
「そうねえ、例えばゲームとかスポーツとかで勝敗をつけるの」
一同はふむふむと頷いた。


「んー、じゃあかけっこってのはどうだ?」
ふと静かになった一瞬をぬってルフィが楽しそうに提案した。
「馬鹿、こんなとこでかけっこができるかよ」
止めてくれとウソップが哀れなメリーのために両手を合わせて祈る。
「じゃあ、あそこ行こう」
そしてルフィが指したのは、船の前方に見えてきた小さな島。
近づいて見たところ、どうやら無人島らしく上陸しても問題は無さそうだ。
ナミの許可も下りたので、こうしてゾロとサンジ、2人の勝負は上陸後のかけっこ勝負に持ち越されたのだった。



「ロビンー、チョッパー、そっちはOK―――!?」
元気なナミのテキパキした声に、「いいよ−!」という返事が風に乗って聞こえてくる。
向こうではチョッパーが飛び跳ねながら手を振っている。
取り出した煙草に火を点けながら、サンジはそんな光景をどこか他人事のように見つめていた。
なんでこんなことになったんだか、と思いつつ目を上げれば、やはりぶすっとこちらを睨みつけている剣士と目が合う。
不機嫌な表情を隠そうともせずあからさまに「敵意」をぶつけてくる彼に、 ああやっぱりこいつとは一生気が合いそうもないと改めて思った。


「はい、ゾロにサンジくん、ここがスタート地点」
ナミが指した線上にはウソップがピストルを手に待機している。
「で、あそこがゴール。ロビンとチョッパーが立ってるわ。ちょうど100m、当然ながら早く着いた方が勝ち」
「なんで俺らがこんなことしなきゃなんねえんだ」
どこか楽しそうなナミにゾロがぎろりとした目を向ける。 屈強な男でも思わず後ずさりそうな眼力だがもちろんナミに効くわけもない。
「だって船長の提案だもの」
その一言であっさりと片付けられた。


「あんたらがいつまでも子供みたいに喧嘩してるからいけないんでしょ。 とにかく今回はこれで勝った方が勝ち。負けた方はちゃんと勝った方の言うこときくのよ」
「へえ・・・」
その言葉に今まで不機嫌この上なかったゾロがサンジの方を向いて意味ありげににやりと笑った。
まるですでに自分が勝つと確信しているようなその顔が憎らしい。
以降アイツに近寄るなとでも言うつもりか。
だからサンジも負けずに不敵な笑みを返してやった。
「さすがナミさん、見事な提案です。ちゃんと見ててくださいね、俺がこのクソまりもに大差で勝つその勇姿をv」
「はいはい、じゃあ2人とも準備はOK?」
「ああ」
「はい」
見事にハモった返事に仲がいいのか悪いのか分からないわ、とナミが肩を竦めて呟いた。


「あ、そうそう1つ注意しておくけど、ゴールの先は崖よ。まだだいぶ距離あるから大丈夫と思うけど気をつけてね」
「何でそんなとこでやらせるんだ」
「だってこんだけ広い場所ってこの島じゃここだけだったんだもん」
ゾロの抗議も悪びれることなく受け流す。そして思い出したように
「ごめん、もひとつ忘れてた・・・・・ルフィ!」
スターターをやりたいらしくウソップのピストルに狙いをつけ、さっきからその周りをずっとうろうろしているルフィを呼んだ。
「ん?何だ」
とことととやってきた船長の肩を叩き即座に命じる。
「あんたあのゴール地点で待ってなさい」
「なんで?俺ここでヨーイドンってのやりたいんだけど」
「いいから」
「ちぇっ・・・」
さすがの船長もこんなときのナミには逆らえないらしい。ぷ・・と膨れつつも黙って従った。
チョッパーの傍まで走っていくと、おーいこれでいいかーと手を振る。
それに、いいわよー、と叫び返し、ナミはゾロとサンジを振り返る。
「さ、頑張ってね、2人とも。ゴールはルフィのいるとこよ」
全てお見通しとでも言いたげにくすりと悪戯っぽく笑う彼女に、サンジは言葉もなく、ゾロは苦々しげに顔をしかめた。



渋々ながら2人並んでスタート地点に立つ。
「・・・たく面倒なことさせやがって」
「自信ないなら棄権してもいいぜ、クソ剣豪どの」
「エロコックに勝てねえようじゃ俺もお終いだ」
その言葉に、けっとサンジは鼻で笑って返し煙草を足で揉み消した。
「おい」
ゾロに呼ばれてサンジは顔を上げる。切れ長の目がすっと細められ、何か企んでやがるなとサンジは思った。
「・・・俺たちのゴールはあれか」
「てめえナミさんの説明聞いてなかったのか、あそこにロビンちゃんとチョッパーと・・・・」
「ルフィがいる・・・・か」
「わかってんじゃねえか」
「だが俺たちのゴールはこの程度で終わりじゃねえだろう?」
「どういう意味だ」
「俺らの船長はそういうタマじゃねえってことさ」
「何が言いたい、クソまりも」
「俺はおまえにゃ負けねえし、アイツも渡さねえよ」
「・・・・おい」


「なにやってるの、始めるわよ」
さすがに焦れたナミに急かされて、話はここで中断した。
それぞれの位置に立ち足元を確認する。
そのときサンジは気付いたのだ。 息を整える一瞬の間に見交わしたゾロの目の奥がゴールの更に先を見つめているのを。
「・・・本気かよ」
答えはない。
「・・・・上等」
その覚悟にサンジも思わずにやりと笑った。


「位置について・・・・」
ナミが手を上げる。


ヨーイ・・・・・・・・・・ドン!!!



ほぼ同時に、地を蹴って2人は駆け出した。





合図と共に2人は獣と見紛うかのような勢いで走り出す。
速さは互角だ。
すぐ横で相手の激しい呼吸の音が聞こえ、それはまだ引き離していないことに繋がり、その焦りは更に加速を呼ぶ。
どちらも、こんなこと・・・と言っておきながらすでに一歩も譲らない真剣勝負になっている。


ほんの100メートルのかけっこ勝負。十数秒でカタが付く・・・・はずだった。
だが。


「ええ〜〜〜〜ちょっとゾロ〜〜〜サンジ〜〜〜!!」
ゴールに駆け込んでも2人がその脚を止めることはなかった。
気迫に圧倒されたチョッパーは怖がって隣のルフィに飛びつき、さすがのロビンも一歩後ずさった。
スタート地点からはナミとウソップの叫び声が聞こえる。
そんな中で、ルフィだけがただ1人、顔色1つ変えることなくじっと目の前を走り去る2人を見詰めていた。

2人は更に加速し走り続けた。
やがて地面の切れ端が視界に入ってくる。
ナミがさっき言っていた崖だ。
その向こうには眼下はるかに広がる海。
だがどちらも脚を止めようとはしなかった。


「崖だぞ」
すでに乱れた呼吸の中で、サンジが声に出した。
「知ってる」
もちろんゾロの息も荒い。
「落ちるぞ」
「そうだな」
「どうする」
「てめえは」
「誰が止まるか」
「俺もだ」


止まらない。止められない。


勝負に勝つだの負けるだの・・・・
ゾロとサンジにとってはもうすでにそんなレベルの問題ではなくなっていた。
2人が走り続けるのは、まだゴールに着いてないからだ。
彼らが彼らの船長と共に目指すゴールはこんなとこにはない、もっと遥か遥か彼方。
地を蹴って、海の向こう、空の果て。
ゴールはどこまでも遠くにある。



後ろで聞きなれた誰かの悲鳴が聞こえた気がしたが、その瞬間2人の脚は地面を離れ空中へと飛び出していた。



一瞬の浮遊感。
空を抱いた気がした。



やがて重力につかまった体が落下を始める。
最初はゆっくりと、次第に加速が付いて・・・・・
それでも胸にあるのは恐怖ではなく奇妙なほどの高揚感。
まだ先を目指すことへの果てしない欲求だ。


同様に横を落ちていくゾロを見ればやはり笑っている。
「馬鹿なクソ野郎だな、てめえは」
「おまえもな、エロコック」
にっと笑いあったその瞬間、ぐっと体が捉えられて落下が止まった。



2人を掴むのは目一杯に伸ばされたゴムの腕。
柔らかく、それでいてその力はとても強く2人を捉えて離さない。
我に返ったサンジは興奮状態でぼうっとした頭を振り、ようやくこの状況を飲み込んだ。
頭上を見上げれば崖上に立つルフィの姿が目に映る。
その背後に雲ひとつない果てしない空を背負ってしっかりと地に脚をつけて立つ姿。
眩しくて目が眩みそうだった。


「遅ぇよ、クソ船長!」
ゴムの腕にゆっくりと引き上げられながらサンジは叫んだ。どこか可笑さをこらえるように。
「ゾロ、サンジ、まだだ!」
そう言ってルフィは笑う。
「ゴールはまだまだ先だ。それまで俺たちはずっと一緒だぞ!!」


「・・・だってよ、未来の大剣豪様」
そう言ってサンジはポケットを探り煙草を取り出した。火を点けずにそれを咥える。
すぐ隣をゾロもまた、ルフィの腕に掴まれてゆっくりと引き上げられている。
「俺たちの決着もそれまでつかねえってことかよ」
「それもまたいいってか」
「俺はごめんだね」
そう言いながら、ゾロもまたどこか楽しげだ。


全てを包み込んで高みへ登ろうとする未来の海賊王。
それを自分だけの手に抱きたいと思うと同時に、その大きさに惚れ込んでいるのもまた事実だから。
「おまえにアイツはやらねえよ」
「奇遇だな、俺もだ」
あるいはそんな苦しくも心踊る状況を楽しんでいるのかもしれない。


崖の上に引き上げられ、2人してどさりと地面に投げ出される。
見上げた目に入るのは満面に顔一面に笑みを浮かべたルフィ。
「ゾロ、サンジ、おまえらナミのゲンコツ覚悟しとけよ」


ししし、と楽しげに笑う船長の姿に、互いに顔を見合わせてそっと肩を竦めた。

- END -

2004-11-26

ゾロとサンジの組み合わせは好きですが、特にvs、対決ってのはなかなかツボですv
しかも船長を巡って、と言うシチュエーションは本当にいいですね、うん。
まぁゾロとサンジにとっちゃ生殺し状態とは思いますけども。