海に出た段階で決まっていたのは「海賊王になる」ことだけだった。
ちっこい船の上から一人見据えた海の彼方は、ただぼうっと霞むばかりで何も見えなかった。
まず欲しかったのは仲間だ。
幼い心に焼きついた海賊船には数え切れないくらいほどの男たちが乗り組んでいた。
誰もが陽気で、海が好きで、いつも大きな夢を語っていた。
そしてそいつらに「お頭」と呼ばれ慕われていた赤髪のシャンクス。
そんな奴らに憧れ、絶対俺も海賊になるのだと麦わら帽子に誓って数年が過ぎ、
なるからにはやっぱり一番だ、と思う俺の夢はいつしか「海賊王になる」ことまでに進化していた。
海賊をやるからには仲間が要る。
しかも未来の海賊王のクルーだ、とにかく強くなきゃいけない。
戦う強さじゃない。
俺の欲しいのは折れない強さ。
何があっても自分でいられる強さだ。
そんな強い奴らと船に乗り、「船長」とか「お頭」とか呼ばれながら航海をする夢の設計図ははっきり描けているのに、
一緒にいる奴らの顔はぼやけるばかりで全然はっきりと見えない。
ありったけの想像力を働かせたところでまだ会ってもいない顔が思い描けるわけもなく、
あのころの俺はその不鮮明な思いに、いつもじりじりと焦れていた気がする。
*****
腰を掴んだ手にぐいっと身体を引き戻された。
「…ん、あっ…」
まだ繋がったままの部位に走った新たな刺激に全身が震えて思わず声が漏れる。
「離れるな」
熱い息と共に耳に吹き込まれるゾロの声に俺はふるふると首を振る。
別に逃げているわけじゃない。
いつまで経っても慣れない行為に無意識にずり上がってしまうのはいつものことなのだから、少しは大目に見て欲しい。
ランプの明かりが一つ灯るだけの倉庫。
その薄暗い中で俺たちは、他のクルーの目を盗んで時折こっそりと身体を重ねる。
「離れたら顔が見えねえだろ」
暗闇が支配する夜の航海。
ゆらゆらと揺れるランプの明かりは頼りなくて、光源から少し離れたら互いの姿は暗がりに紛れてしまう。
それが嫌だとゾロは言う。
与えられる快感に善がりその一方でそれに耐えようとする俺の表情をずっと見ていたいのだと、こいつは恥ずかしげもなく言ってのける。
強い力で引き戻され、更に深く穿たれて素面なら赤面ものの声が出てしまったが、本当はこの感覚を嫌いじゃない。
むしろゾロのすぐ近くにいる気がして好きだった。
俺は両手をゾロの背に回してぎゅっと抱きつくと、子供が甘えるみたいに擦り寄ってみる。
ふっという微かな笑い声に見上げれば、そこには目を細めて俺を見ている穏やかな顔。
ゾロは愛想の良い方じゃないから、サンジやナミには悪人面だの凶悪犯の顔だのとしょっちゅう言われているし、
実際敵を前にしたゾロは正直かなり怖い。
けれど俺と一緒にこういうことしてる時のゾロの顔はとても優しくて、俺はそれが嬉しかった。
ゾロは俺の一番最初の仲間だ。
いい奴だったら仲間にしようと思って
そう言ったら、コビーに「悪い奴だから捕まっているんだ」と返されたが、
ゾロは俺が望んだとおりやっぱり「強くて」「いい奴」だった。(あとで「海賊にいい奴はねえだろう」と笑われたけれど)
その後どんどん仲間も増えて、今俺は俺の描いてた通りの海賊になりつつあるが、
ぼやけていた映像が初めて鮮明な輪郭を得た、ゾロと出会ったあの瞬間を俺は絶対に忘れない。
「何考えている」
すっと俺の唇を掠めてゾロが囁く。
「おまえのことだよ」
そう答えたらへえと笑った。
ゾロの眉が目が口が、全てが総動員されて俺だけしか見ることのない優しい表情を作り出す。
そう、今の俺にはこんなにはっきりとゾロの顔が見えるのだ。
俺を抱くその表情を作る筋肉の一筋までもが見えそうなくらい、それほど俺たちは近くにいる。
・・・・・・きっとこれからもずっと。
「動いていいぞ…」
「それじゃあ遠慮なく」
深く重ねられた唇がその合図。
ゾロが静かに俺の上に身を沈める。
「あ…ゾロ…」
倉庫が俺たちの熱い息で満たされるのは、たぶんもうすぐ。
- END -
2005-01-22
その手の描写に注意とか書きつつ、これが限界なチャイルドな私。
肩透かしを喰らわせてしまった方、申し訳ありませんでした。