その島の名産は鮮やかな色彩の花とその実から取れる油なのだそうだ。
気候で言えば冬島と春島の間くらいか、空気はひんやりとしているがそれでも真冬の鋭さはない。
島全体が穏やかな印象なのは白色から桃色系を経て紅色、黒紅色、紫色、それに斑入りやら絞りやら、
船を留めた小さな港からも見渡せるほど、辺り一帯に咲き誇る色とりどりの花々のおかげだろう。
ずっと青い空と海ばかりに囲まれていた海賊一行は、思わずほうと感嘆の息を漏らした。
「椿」の花に包まれた島に上陸した彼らは、その夜はそれぞれに宿を取った。
気付けば当然のように並んで歩を進めていたゾロとルフィ、2人が花に導かれるようにして求めたのは
小奇麗な宿だった。
これもまた当然のように同じ部屋を取り、当然のように同じベッドで体を重ねた。
繰り返された「運動」の適度な疲れに誘われ、そのまま2人は眠りに落ちる。
交わした熱の余韻が残る火照った体でしっかりと抱きあいながら、ルフィはゾロの心地よい温もりを存分に味わっていた。
このまま温かなその腕に全てを委ねて朝まで夢心地を彷徨っているはずだったのに、どうしたことか、まだ明け方なのにふと目が覚めた。
ほの暗い部屋の中でゆっくりとルフィは身を起こす。
昨夜のまま、つまり何も纏わぬ剥き出しのままの肩や胸に、早朝の冷気がぴしぴしと刺さるが、
しかしそれに構うこともなく、ルフィはひんやりした空気に身を晒し、きょろきょろと辺りを見回すとテーブルの上に置かれた一輪挿しに目を止めた。
そこには薄暗がりにもそれとわかる鮮やかな紅色の椿が一枝挿してある。
昨日町を歩いていて、せっかく島に来た記念だ、持ってけとか何とか言われ、通りすがりに貰ったものだ。
手にした一重で大振りの紅の花は、凛として純粋に綺麗だと思えた。
ほらと横を歩くゾロに見せれば、ああとゾロも頷く。
手の中でくるくると弄りながら宿まで持ってきてしまったので、主人から花瓶を借りてそこに挿しておいた。
だが昨夜あんなに誇らしげに咲き誇っていた花は、今あっさりともぎ取られかのように、花瓶の足元にぽとりと転がり落ちている。
・・・・まるで切り落とされた首のようだと、そんなことを思った。
ルフィが起き上がったので、その拍子に毛布が捲れていた。
当然の結果として隣で眠っていたゾロもまた、この夜明けの空気にせっかく温もっていた肌を晒す羽目になっている。
「寒ィ」
どこかまだ寝ぼけたような、もごもごと咎める声が下から聞こえ、同時に伸びてきた手がルフィの体をぐいと力任せに引き倒す。
「まだ早ぇ、もう少し寝てろ」
手早く引き上げた毛布ごと、ゾロはルフィの冷えた体を温めるようにそのまますっぽり包むと腕にしっかり抱き込んだ。
うわっとどこか楽しそうな叫び声をあげたルフィが、倒れた勢いのままにその胸に顔を埋める。
「温けぇな、ゾロは」
無邪気なその声音に、ゾロは眠気が遠ざかるのを惜しんで瞑ったままだった目をようやく開けた。
「てめぇの体が冷えてんだよ」
押し付けられた鼻先のひやりとした感触に身を竦ませながら、それでもゾロは更に腕に力を込めて自分に近く抱き寄せる。
「ちゃんと温まってろ」
「ゾロは寒がりだよな」
あんなに鍛えてんのに、とルフィがくっと笑い
「うるせえ」
それにゾロがむっとして答えた。
「いくら鍛えてようが寒いもんは寒いんだ」
「変な理屈」
「黙れ」
その言葉のままにゾロの顔がルフィのそれに重なり唇を覆った。
ルフィはおとなしくその動きに従う。
ほんの数時間前までの激しい熱を分け合ったものとは違い、啄ばむような優しいキスにほっと溜息が漏れた。
「ルフィ・・・?」
唇を放したルフィが、ゾロの腕の中から首を巡らすようにしてテーブルの上に目をやったので、ゾロも自然その後を追う。
「椿か・・・」
「うん、昨日貰った」
「この島はこれが有名らしいな。そこら中、花だらけだ」
「・・・・そだな」
「おまえ随分と気に入ってたな」
宿について早々水に挿して活けていたのを見て、ルフィにしてはマメなことをするとゾロも内心珍しく思っていたらしい。
「うん・・・・ゾロと一緒に見てたかったんだ・・・・でももう花が落ちてた」
ぽとりと、潔いほどにあっさりと。
「どうした?」
ルフィの言葉に含みを捉えてゾロが尋ねる。
「ロビンが言ってた。椿の花は花びらがぱらぱら散るんじゃなくて花ごと落ちるから、不吉だって嫌う人もいるんだって」
一度にとさりと落花する姿に、まるで首を切り落とされるようなイメージを重ね、忌み嫌う者がいるのは確かに頷けるところだ。
「でも俺はこの花好きだぞ」
いくらかの沈黙の後、ルフィがぽつりと呟いた。
「いちいち散るのなんて面倒くせぇよ。いくなら一気にすぱっといきゃあいいんだ」
すぱっと、と。ルフィが手で首を掻き切る真似をする。
いつになく深い色を湛えた漆黒の瞳が真っ直ぐにゾロを覗き込んできた。
「・・・・何か俺たちらしくねえ?」
その瞳の深さから目を逸らせずにゾロは一瞬言葉に詰まった。
「ルフィ・・・」
「海賊の最期なんて、そんなもんだろ?」
この世の全てを手に入れたゴールド・ロジャー。伝説となったかつての海賊王さえ、その最期は処刑台の露だ。
処刑台――――――
脳裏に蘇る苦々しい記憶を必死に押さえつけたのはルフィの瞳が、未だ真っ直ぐゾロに向けられているからだ。
だからゾロは笑ってやる。
「ああそうだな。特におまえみたいな性質の悪いゴム人間はあんなふうに首でも切り落とさなきゃ殺せねえ」
「ひでえ言い方」
くっくとルフィが笑いゾロに擦り寄った。
寄せられた体を抱きとめながら、ゾロは指先でその肌を辿る。時折ふっと漏れるルフィの息に心が揺らいだ。
「どうした未来の海賊王。夢の先が怖くなったか」
「馬鹿言え」
俺は簡単にゃ死なねえ、悪びれもせずそう言うのが小憎らしいと思った。
「どうだかな」
『おれ死んだ』、そう言ってのけた前科物のくせに。
人の気も知らず気楽に笑うルフィの肩を悔し紛れに軽く噛んでやった。
「ゾロ」
与えられた刺激に煽られて、くっと息を詰めていたルフィが仄かに上気した顔を上げた。
「そのときが来たら・・・俺の首はおまえが取れよ」
いつか生を終えるその時には他の誰でもない、世界一を掴んだその腕ですっぱりと首を切って欲しいとルフィは言う。
切り口からは一滴の血も出ないまま。
いつ逝ったのかも気付かないまま。
ぽとりと、潔いほどにあっさりと、逝けるように。
それは願いか命令か。
「・・・・了解、船長」
唐突な、究極の言葉を予想していたのかどうか、動じた気配もないゾロの声にルフィがにやりと笑う。
「サンキュ、ゾロ」
それでもう、お互い言う言葉は何も無い。
ゾロはルフィの首に顔を寄せるとゆっくりと唇を這わせた。
「・・・くすぐってえ」
拒絶にもならない抗議の言葉は届いているのかいないのか。
時折強く吸い付いて、鮮やかな紅の痕を残しながら、幾度もゾロの唇はルフィの首筋を辿る。
「ゾロ・・・」
「約束の印だ。俺が切り落とすまで、この首が落ちねえように」
「接着剤代わりか」
「そんなとこだ」
熱い吐息がかかり、首筋をちらちらと舐める舌の濡れた感触がぞくりとルフィの背筋を震わせる。
「ゾロ・・・・」
はあ・・と堪えられない声を漏らしながら筋肉質の鍛えられた背に回したルフィの手に力がこもる。
「ゾロ・・・もうそこは首じゃねえぞ」
「ついでだ」
首を離れた唇で、ルフィの体のあちこちに刻印を落としながらゾロはそう答えた。
- END -
2004-12-10
失礼しました。
書きたいことが充分に入れられず、力不足を痛感してます。R指定つけるのも申し訳ないくらいだし。
それにしてもこの宿は暖房もついてないのか? (ツッコミどこはそこ!?)