ゾロver.
窓をあけた途端、新鮮な風がカーテンを揺らし一気に吹き込んできた。
いたるところに水路が張り巡らされたこの町は、水面を渡って涼しい風が吹く。
ベッドでひっくり返っている奴の、湯あたりした体を冷ますにはちょうどいいとゾロは思う。
×××
船を下りた。
血と泥と硝煙に汚れきったルフィを見た宿屋の主人が、早く風呂に入るよう急き立てた。
体を引きずるようにルフィが部屋に入ったのを見届けた後、皆は無言で別の方向に歩き出した。
疲れきった心身を休ませるために部屋へ行く者。
行く末を案じ情報収集のために街へ出る者。
まだ戻ってこない仲間を待つために外の岬へ歩き出す者。
誰も言葉は交わさない。
それぞれがそれぞれの心のままに行動を始めた。
ゾロは酒場へ向かった。
決着のついた今回の一件をこれ以上考えるつもりは無いが、このまま部屋で休む気にもなれなかった。
重い、と呟いて大粒の涙を零していたルフィの姿が脳裏に浮かぶたびに、もやもやとした嫌な気分が過ぎる。
いつになく不味い酒を数杯、気休め程度に流し込んでさっさと酒場を後にした。
ルフィはもう眠ったろうか。
部屋の前を通ればやはり気にならないはずがなく。
どうしてやろうと言うあてもなかったが、ノブに手をかけ、
「ルフィ」
声をかける。
返事がないのを、今日だけは寝てしまったと楽観的に受け止めることもできず、ゾロはドアを開けた。
そこでようやく腰にタオルを巻いただけの格好で床に倒れているルフィを見つけ
「おい!」
ゾロは慌てて部屋に飛び込むと、くたくたの体を抱き起こす。
洗いっぱなしの髪から雫が滴り落ちた。
赤く火照り朦朧としながらふにゃんと小さく唸る様子から、恐らく風呂でのぼせたのだろう。
ほっとしたのと腹立たしいのとで、頭を軽く小突いてからベッドに放り投げてやった。
×××
吹き込む風に、ルフィが身じろぎをする。
額に当ててやった濡れタオルがずれたので直したが、まだ目を開かないままうとうとと眠りの中を漂っている。
今日、ルフィは船と仲間を一人失った。
それも最終的には自らが手を下して。
直視せざるを得ない現実からほんの僅かな時間逃れるかのようにルフィは眠り続ける。
今なら少しは気も安らいでいるかと思ったが、眉を寄せて苦しそうな呼吸を繰り返す姿は、安らかな眠りには程遠い。
ルフィの寝顔は今まで何度となく見てきた。
荒っぽい雑魚寝の男部屋でも、甘い余韻の残る2人きりの情事の後でも。
まだ短くも深い付き合いの中、それでもこんな悲しそうな顔は初めて見る。
髪をかき上げ、額に浮かぶ寝汗を手のひらで拭ってやれば
「ゾロ…」
無意識にだろうか、動いた唇がゾロを求めてその名を呼ぶ。
ゾロは返事をしなかった。
ただそれに答えるようにもう一度優しくその前髪を梳き、額にそっと唇を当てる。
そして思い切ったようにルフィの体をうつ伏せにした。
「ルフィ…」
耳元に口を寄せ後ろからそっと囁いた。返事は無い。
「…抱くぞ」
ん…とルフィが呟いたが、それに気を払うことはなかった。
唯一着けていたタオルを取り去り、まだ赤みの残る体に手を滑らす。
ルフィの肌はしっとりとゾロの手に馴染み、慣れた感触に身のうちが一気に熱くなる。
それに押しやられるように身体を探る手には徐々に力がこもり、
「…ふ…っ…」
ルフィの息も次第に熱を帯びてくる。
「ルフィ」
舌で首の後ろをたどりながら、そういえば最初から後ろ向きで抱くのは初めてだなと思った。
×××
「ゾロ…!!」
ルフィの意識がようやく覚醒したのは、ゾロが自らをルフィの中に全て埋め込んだ後だった。
「お…ま……なに…やっ…て!」
身を捩って向き直ろうとするのを許さず、じたばたと動く頭を押さえつけてベッドに沈み込ませる。
「ちょ…や…ぁっ!」
「あっついな、おまえの中…」
のぼせた体は芯から火照り、ゾロを今までに無いほど熱く包み込む。
その熱に酔いながらゾロは前に回した手で、ルフィの体の全てを余すとこなく探った。
その手が中心に辿りついたとき、ぐ…とルフィの喉が鳴り、こんなときに…と微かな声が聞こえて動きが止んだ。
「…慰めてる…つもりか…よ」
腰を高く上げさせられ、ぎゅっとシーツを握り締めたルフィの手が白くなる。
「お…れが…そんな哀れに…見えた…か…?」
背後から容赦なく穿たれながら、ルフィが切れ切れに漏らした言葉、
らしくもないそれが不愉快で、ゾロはその頭に拳骨を一発食らわせる。
「痛ェ!!」
あっちもこっちもいい加減にしろと、まだ深く繋がったままの体勢で怒鳴るルフィが可笑しくて、
あっちもこっちも痛くて悪ィなと笑って返した。
そしてゾロは動きを止めた。
「んぁ……っ」
無意識かどうか、ゾロを咥えたままのルフィの腰が咎めるように揺れるのに気付かない振りをしながら、
きつく体に回していた手を緩め、今度はそっと抱きしめ直した。
肩口に優しく唇を這わせれば、ルフィの体がぴくりと震える。
「慰めてるように見えるのか」
「だっ…て…」
「おれはいつもと同じだ」
きっぱりとした口調に、は…とルフィが息を呑む気配がした。
「何よりも大切なおまえを抱きたい、それだけだ」
「ばかやろ…」
言葉を途切れさせたルフィの表情を見てみたい気もしたが、今はその時でないだろう。
「迷うな、ルフィ」
あの時、と同じ言葉をもう一度ゾロは繰り返した。
「おれはここにいる」
何があっても変わらない事実を改めてその身に刻み込ませるように、
体の隅々を優しい手で触れた後、もう一度深くゾロはルフィを貫いた。
「あ、ぁ…っ!」
いきなりの衝撃について行けずルフィの体が跳ね上がる。上擦った声が部屋に響いた。
「隣に聞こえるぞ」
「ゾロ…ちょ……待っ…」
「待たねェよ」
そしてまた激しい律動が再開される。
ルフィが苦しさを訴える度に更に深く穿ち、幾度も突き上げる。
「ゾロ……ゾロ…!」
「しっかり感じろよ、おれはここに…こんなにおまえのそばにいる」
その身をしっかりと抱きしめ、熱く囁き続ける。
痛みか快感か、もしくは未だのぼせが残っているせいか、
すでにルフィの意識は朦朧としている。
言葉がどれだけ伝わっているかわからないが、それでもゾロは構わず続けた。
「ルフィ、聞こえてるか」
「あ……な…に…?」
律儀に返事を返すルフィに苦笑しながら
「おれの乗る船はおまえがいる船だけなんだよ、船長」
一番伝えたかった言葉を、熱と共にそう告げた。
「やっ…ぱ…ゾロ…慰めてんじゃんか…」
くくっと笑って、それきり後の言葉は意味を成さない喘ぎの中に消えた。
×××
「…無茶苦茶しやがって…」
激しい情交を終え、ぐったりとしたルフィは顔も伏せたまま、いまだゾロのほうを向こうとしない。
「いつもと同じだろ」
ゾロの答えは事も無げだ。
「ああ、おまえはそうだったよな…」
ルフィが苦々しげに言うが、その声にもう曇りは無い。
失くした物は計り知れないけれど、
それでも自分自身を責めずに真っ直ぐ立っていていいのだと、
いつでもゾロは傍らにいるのだと、
気づいてくれただろうか、それならもう十分だ。
いつもと同じにゾロはここにいる。
いつもと同じに朝が来るように。
それはどんなに辛い現実があっても、ルフィが信じていい
決して変わることのない真実なのだから。
長い夜は明け、もうすぐ朝日が差し込んでくる気配がする。
この宿に屋上はあるかと、背を向けたままルフィが聞いた。
あるだろとゾロが答えれば、じゃ朝日を見に行こうと小さく笑う。
今までが嘘のような健全な話に呆れながら、ゾロは横たわるルフィの背にもう一度圧し掛かった。
「おい…」
「その前にもう一回いいか?」
「馬鹿野郎…」
悪態はつかれたが、拒絶の言葉は返ってこない。
「ルフィ…」
大切なその名をそっと口にして、ゾロは強くルフィの体を抱きしめた。
- END -
2006-09-13初出 2011-9-14修正
「うしろから抱きしめ隊」様に捧げさせていただいた文です。(後日修正あり)
333話その後のこれはゾロバージョン。
ゾロがルフィを好きで好きで大事で大事でたまらない、とそれが書けてればいいのですが。