「*3256BD'11」様へ
今年のサンジの誕生日は大層穏やかに始まった。
天気に恵まれ、敵船や海軍の来襲もなく、航海は非常に順調。
島に寄ったばかりなので食料庫も潤っており、これなら奴らの巨大胃袋も満足させられるだろう。
主賓ながら夜の大宴会(ホントに『大』なのだ)の準備に奔走するサンジは、
忙しいながらも十分腕をふるえることにひどく上機嫌だった。
香草をまぶした肉料理をオーブンに放り込み、だいたいの下ごしらえを終えた。
スープを煮込みながら、あとは料理の盛り付けを脳内に描く。
見目良く仕上げるのもコックの腕の見せ所。
ナミやロビンが、きゃあと喜ぶ顔を想像しながら迎えるこんな誕生日もなかなかいいものである。
こんな風に首尾よくコトが運ぶときは案外他も順調にいくものらしく、
サンジが一息入れようと思ったところ、ちょうどロビンがキッチンに顔を出した。
麗しの彼女に早速ハートを飛ばしながら、お茶でもどうぞと声をかける。
ええありがとうと、涼やかな目元でにっこり微笑んだロビンはやっぱり抜群に美しく、
すっかりメロリン状態に陥りながら、サンジは彼女の好きな濃い目のコーヒーを淹れて手渡した。
「美味しいわ」
「そりゃおれの愛がこもってますから」
よく通る彼女の声を耳に楽しみながらとりとめのない会話を交わす。
時折ふふっと笑う姿が、年上のレディに失礼ながらとても可愛らしいと思う。
こんなふうにレディとしっとりお茶を楽しめる時間があるなんて、さすが誕生日。
サンジは誰かと違って神に祈らない人間ではないので、降ってわいたこの幸運を心底神に感謝した。
なにしろこの船ときたら……などとサンジがひそかに考えていると、ばたーんと勢いよくキッチンの扉が開いた。
「サンジーっ、のど渇いたー!!」
走り回ってきた子犬のようにはぁはぁと息を切らしたルフィが飛び込んでくると、いっぺんにキッチンが海の香りで満ちる。
海上生活で今さらだが、ルフィはいつもそこに海を運んでくる。
「こぉのクソゴムっ、ドアは静かに開けろっていつも言ってんだろが!ロビンちゃん、騒がしくてすみません、今黙らせますんで」
当然ながらレディ至上主義をモットーとするサンジは騒がしい来客を睨みつけ、先客のロビンに詫びる。
いいえ構わないわ、とロビンが年長の女性らしいゆったりとした笑みを浮かべ、
その言葉が嘘で無いと示すように今までと同じ仕草でコーヒーを口に運んだ。
その姿にさすがだと見惚れつつ、
「ほら、まず汗拭け、船長」
賑やかさの件では叱ったものの、コックとしてサンジは当然ながらルフィのリクエストに応えるべくきちんと向き合う。
それがサンジのサンジたるところだ。
ぽんと放ったタオルで素直に髪を拭きながら、楽しさの余韻をまだ全身のあちこちから迸らせるその姿に、このお子様めと苦笑する。
「そんな真っ赤な顔しやがって。どうせずっとウソップたちと走り回ってたんだろ」
「え、見てたんか?」
「てめェの行動なんざお見通しだってーの」
冬島を過ぎたばかりでまだ肌寒さも残るのに、一体何をどうしたらそうなるのか、ルフィは上気しきった顔で汗もだくだくと息を弾ませている。
水分補給もせず限界まで遊んでいたツケが回り、
とりあえず今は一気に喉を潤したいだろうルフィに冷蔵庫に冷やしてあったレモン水を飲ませてやった。
「うめー」
と、嬉しそうな顔でお替りすること3杯。
その度に注ぎなおしてやりながら、その嬉しそうな顔に自然と顔もほころぶ。
「ありがとな、サンジ。でもこれもしかしてゾロのじゃねェ?」
「ああ、気づいたか。ま、構うこたねェさ」
元々は鍛錬後のゾロの体を潤すために用意してあったものだが、どうせこだわりのない男だ、別に構うまい。
と言うかルフィに飲んでもらえるならむしろヤツにとっても本望だろう。
そんなことを思いながらようやく落ち着いて腰を下ろした船長におやつの準備をするべく手を動かし始める。
傍ではロビンが相変わらず優雅に、そしてどこか楽しそうにカップを手にしていた。
それはルフィが、おやつにと出してやったドライフルーツいっぱいのタルト、
それも90度近い角度で切ったもの3切れをあっという間に口に押し込み、
それを温めの紅茶で流し込むように平らげて、些かサンジを切ない気分にさせた直後のことだ。
「そういや、サンジってさ」
ちょこんと小首をかしげ、悪戯を思いついたような子供の顔でにっと笑うルフィにちょっと嫌な予感がした。
「あん?」
「おれわかっちゃったんだけど、おまえ、ゾロのこと好きなのな」
「!!??」
いきなりの爆弾投下に、サンジはコンソメの具合を見ようと手にしていたスープレードルを取り落としそうになり、
料理人としてのプライドでどうにかそれを回避した。
テーブルの向こうではロビンのごほごほと咽こむ音が聞こえ、ああすぐにタオルをお持ちしなければとか、
替えのコーヒーを淹れて差し上げようと頭は働くのに、麻痺した手はレードルを横に置くのが精一杯だった。
深呼吸を2回。
胸の動揺が声の震えになって外に出ないように…すでに無駄かもしれないと思いつつ、サンジは上着の前を合わせなおすと
「てめェ、本当に…そう思うか?」
ルフィにキッとした視線を合わせた。
悪戯っぽく笑っていたルフィは、思ってたより返って来た反応が剣呑だったせいだろう、
驚いて笑いを引っ込めたが、えーっと相変わらず緩い声を出して
「そんなん、見てりゃわかる」
と胸を張った。
サンジの動揺に自分の指摘が図星だったことを見て取ったお子様は、得意げな顔を隠そうともしない。
へぇ、見てりゃわかるときたか…。
おかげでサンジのイライラメーターの針は一気に振り切れる。
「ほぉぉ…じゃあ、そんな聡明かつ洞察力溢れる船長様に質問するが、
おれは、いつ、どこで、どんなふうに、内に秘めたその思いの一端が垣間見えるようなヘマをやらかしたってのかね」
むにっと、柔らかなゴム製の頬を片手で掴み上げ、顔を寄せる。
1本調子な声と表情を消した顔がとても怖かったと後からロビンに言われ、
サンジはそれに関してもちろん丁寧に詫びたが、しかしあの態度は取って然るべきだったと今でも思っている。
それがあのときお気楽な超ニブチン野郎に抵抗でき得る唯一の方法だったのだから。
「え、おれ間違った?」
頬を掴まれる手にじたばたとしながらルフィが慌てる。
「さてね」
「だってサンジってば、いっつもゾロのこと見てるじゃんか」
「…おれが?」
「ああ、すげェ真剣な目でさ」
言葉まで失ったサンジに構うことなく、そしてルフィは、な、ロビン?と同意を求めて、ようやく咳を治めたロビンに向き直った。
「ええ…まぁね」
いきなり話を振られたロビンは常に冷静な彼女にしては珍しく曖昧な笑みを浮かべて頷きながら、
気の毒そうな色を滲ませてサンジをそっと伺う。
「あのね、ルフィ…」
気を取り直したロビンが話しかけようとしたそのとき
「おーい、ルフィ〜!」
「おーい、どこだぁ〜」
ちょうどドアの向こうからルフィを探して呼ぶウソップとチョッパーの声が聞こえ、
散々爆弾を投げこんだ張本人はけろっとした顔でコップを置くと
「あ、また鬼ごっこすんだった。じゃごっそさん、サンジ!」
ばたばたとゴムぞうりの音も高らかに駆け出して行ってしまった。
いつもなら食べ終わった後の食器は絶対にそのままにしておかないサンジが、シンクにがっくりと顔を伏せたまま動かない。
ロビンはそのダメージを慮ってそっとため息をつくと、ルフィの残した皿とカップを自分の分と重ねて立ち上がった。
「たまには私が洗うわ、少し座ったら?」
「いえいえいえ、ロビンちゃんの綺麗な手を煩わせるなんてとんでもない!!」
慌てて食器を受け取ろうとするのを軽い仕草で拒み、その腕を取ってカウンターの椅子に座らせた。
それ以上抵抗することなく素直に座ったサンジはやはり相当疲れているのだろうと、ロビンは小さくため息をつく。
ほんの数個の皿とカップだ、洗い物はすぐに終わった。
けれどそこで席に戻って隣に座るのは彼にとってあまり好ましい状況ではないのかもしれないと、
ロビンはそのままカウンター越しにサンジを見やる。
その視線に気づいたのだろう、サンジが顔を伏せたまま声を発した。
「ねぇロビンちゃん…おれ、そんなにあいつのこと見てました?」
「ええ、確かに真っ直ぐで…切ない目をしてたわね…」
「マジか…」
頭を抱えて声を絞り出すサンジに、その自覚が無かったことを驚きながら、
場を取り成す言葉一つ思いつかない自分が申し訳ないと思うロビンだった。
あのルフィが気づくほどだ。ロビンはもちろん当然他の皆も気づいていると、サンジは思い至った。
そんな不覚を取った自分を心の底から罵りたい。
サンジってば、いっつもゾロのこと見てるじゃんか。
ルフィが言った。
そうだ。自分はいつも見ていた。
でも仕方ないだろう、自然に目がいってしまう、それくらい好きなのだから。
胸一杯に膨らみ、やり場すら見つけられないどうしようもない思いを抱え、
ロビンの指摘した切ない視線を無意識に向けてしまっていたのだと、今にして気づきのた打ち回りたいような気分になる。
それでもそれほどに心惹かれていたのだ。だから見つめていた。
ゾロの…いつもそのすぐ隣にいるルフィを。
初めて向き合う真剣な思いだった。
幼いときから女性は大好きだ。あれほどに美しく素晴らしい存在は無いと思う。
そうやって恋だの愛だの口にしながら、たくさんのレディ達に砂糖菓子より甘い言葉を囁き、時にはその手を取ってもみる。
それなりに体験してきた蕩けそうなほど甘美な記憶もあるが、
しかしその全てを乗せてもルフィと出逢ってからの日々とに天秤は釣り合わない。
ルフィとの、濃くもあり、甘くもあり、切なくもある日々にあるのは恋でも愛でもない。
ただ「好き」という素直で原始的な感情のみだ。
そんな思いをサンジは知らない。だから口で罵り足で蹴り飛ばし、その一方で切なく見つめているしかできなかったのだ。
「どうかしてる…」
自嘲気味に呟くしかなかった。
そもそも、サンジがルフィに出逢ったときにはすでにあの緑色の物体が当然のような顔をして彼の傍らにいたのだから。
はぁ…とサンジが幾度めかのため息を漏らしたとき、再びばたばたと足音が響いて
「そういやさ、サンジ」
ひょいっとルフィが顔を出した。しかしその顔はどこか神妙だ。
「てめェ、またかよ…」
「どうしたの、ルフィ?」
すっかり萎れたサンジに代わってロビンが声をかける。
「んー…ゾロに聞いたんだけど…」
「?」
ロビンとサンジは珍しく言いよどむルフィに何事かと続きを待つ。
「あのな、ゾロは他に好きな奴がいるんだって…」
らしくなく、声を潜めて気の毒そうな色を含ませた言葉にサンジは落ちそうなほど目を見開き、
ロビンはコーヒーもないのにげほげほと咽こんだ。
「サンジ、がっかりすんなよ。おれもそんなん全然知らなかったんだからな」
全く見当違いの方向にサンジを励ましてまたばたばたと去っていったルフィに、今はおいおいととツッこむ役のウソップもナミもいない。
その場に沈黙だけが残される。
ゾロは他に好きな奴がいる…。
そんなのそれこそ見てりゃすぐにわかる、だ。
あの馬鹿マリモの思考は常に駄々漏れで、ただ一直線にルフィに向かっている。
ルフィルフィルフィ。
一にも二にもとにかくルフィが好きだ大事だのオンパレード。
もちろん口に出しはしないが、全身でそう叫んでいるから、どこの誰が見たってゾロがルフィに心底惚れているのは一目でわかった。
まぁ当のルフィ本人はまだ気がついていないようなので、そこに溜飲を下げつつ唯一の慰めを見出してる自分がまた切なくなる。
そしてそんな恋心駄々漏れマリモと同レベルなことを自分もしてたのかと、
これもまた当人であるルフィから見当外れの指摘を受け、そこにサンジはずんと落ち込む。
「大丈夫?」
どっぷりブルーな気持ちに浸ったサンジに、心配そうなロビンが声をかけてきた。
ああいけない、彼女にお替りのコーヒーをあげるんだったといつもの使命感に立ち上がりかけた肩を軽く制して
再びサンジを椅子に座らせると、
ロビンはカウンターを回りこんでサンジの隣に腰掛けた。
背に触れる優しい手のひらはこんなときでなければどんなに心躍ったことだろう。
「すみません、おれには何の心配も要りませんから…」
それが強がりなのは語尾の震えが何よりの証拠。
こんなみっともない姿を愛しいレディに見せるとはラブコックの名が泣く。
「…あまり口出しするつもりは無いんだけど…」
躊躇いがちに口にしたロビンに、そのとおり、できれば放っておいてほしいと願うが、
その秀麗な目元が自分のために顰められるのを申し訳ないと思う。
何より彼女はルフィが気に入って連れてきた大切な仲間。
それはすなわちサンジにとっても大切な存在なのだ。
だから
「なんですか?」
と、少しだけ調子を明るくして答えた。
「気持ちはわかるけど、落ち込んでる場合じゃないんじゃない?」
「は?」
「早く何とかしたほうがいいと思うの」
「それはどういう…」
思考能力の高いロビンの言葉はいつも論理立って的確だ。
「あのね、さっきのルフィの言葉から考えると、ルフィはゾロに
『サンジはゾロのことが好きなんだ、いつもおまえのこと見てるぞ』みたいに言ったと思うのね」
ああ、何て屈辱的な状況だ…考えるだけで眩暈がする。
「でもあなたがゾロじゃなくてルフィを見てることくらい誰でもわかってたのよ」
衝撃的な言葉だが、もうすっかり麻痺してしまったサンジはそれに驚く余力がない。
「ゾロは鈍いけど…でもルフィに関しては恐ろしいほど勘が働くわ」
本当にそのとおりだ、あのケモノめ。
「だから当然あなたがルフィを好きってのも気づいてたはずよ。面白くなかったでしょうけど」
知るか、クソマリモ。
「でもルフィはあなたの視線に気づいてしまった。とはいえ、微妙にずれて認識してた」
ええ、全く悲しいことにね。
「だからそれを幸いに、もういっそそういうこと…つまりあなたが自分を好きだってルフィに思わせておけば都合いいし、
この際だから、ついでにこっちの気持ちも伝えてしまえと…」
がばっとサンジは身を起こした。
「ロビンちゃん!!」
「私ならそうするわ」
まだ間に合うとは思うけど…とロビンが言いかけたとき、
おい、ルフィ!とドアの外からルフィを呼びつけるゾロの声が聞こえた。
それになんだー?と気軽に答えるルフィの声はタイムリミットの間近い合図。
「すみません、コーヒーのお替りはまた後で!!」
「ええ、行ってら…」
ロビンの言葉も終わらぬうちにサンジはキッチンを飛び出していく。
開けっ放しのドアから聞こえてきた、まてマリモとか、なんだてめェとか、きけルフィとか、
賑やかな彼らの声に、しばし唖然と見送っていたロビンも笑いを堪えきれなくなった。
「一体どうなるのかしらね…」
その行き先はもしかしたら世界の謎へたどり着くより厄介極まりないのかもしれない。
それでも
『イイから聞けルフィ!』
『聞くなルフィ!』
『何だよ二人とも、おっかねェな』
言葉とは裏腹に楽しそうな船長の顔がすぐに目に浮かぶ。
きっとあれはあれで彼らは幸せなのだ。
それは見ているこちらにもちゃんと伝わってくる。
たとえすぐに決着がつくものではないのだとしても。
「まったく騒がしい連中なんだから」
読みかけだったらしい新聞を手にナミがキッチンにやってきた。
「ナミ、コーヒー淹れましょうか?」
「お願いするわ、ありがとう」
カップをもう一つ取り出して、ケトルに湯を沸かす。
しばらくここでナミと女同士、お喋りしていよう。
きっとサンジは当分戻ってこないだろうから。
『ちゃんと聞けルフィ、おれが好きなのは…』
『おれなんだろ、エロコック』
『邪魔すんな、マリモ! ルフィ、おれはおまえが…』
『待てコック!ルフィ、おれのほうこそおまえが…』
『あはは、仲いいなぁおまえら』
『『よくねェよっ!!』』
なにより当分退屈はしないだろう。
「ロビン、なんだか楽しそうね」
「ええ、今夜の宴会も賑やかになりそうだから」
外の喧騒を聞きながら、ふふとロビンは肩を竦めて笑った。
- END -
2011-03-08
親愛なるモリさまのサンル誕サイト【*3256BD'11】さまよりお題拝借いたしました。
ちなみにお借りしたお題は、
1.邪魔すんな 2.間違えた 3.またかよ 4.そう思うか? 5.どうかしてる です。
とりあえずコンプリートしてるのに、顔向けできない気がするのは、誕生日なのにサンジが全然報われてないからでしょうか。
ああ、すみません、手が勝手にゾロを…という言い訳は通用しますか?