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一生のお願い

「32BD with S×L 5」様 参加作品

気候の穏やかな島に着いた。
ログが貯まるまでに2日。
メインの買い物は明日にして、今日はとりあえず様子見だ。
船を下り港からまっすぐに伸びた道沿いに広がる市場を、サンジは歩く。
コックの使命感から若干解放される、こんなのんびりした買い物もたまにはいい。

軽い足取りであちこちの店を覗いていると、市場の一角から
「おかあさ〜ん、あれ買ってぇ〜!!!」
子供の大きな声がする。
人々が振り返る先には、どうやら露店に並べられたおもちゃを欲しがっているらしい子供と、ほとほと困り果てた表情の母親らしき女性。
首を縦に振らない母親に焦れた子供の声が次第に大きくなり始める。
「ねぇ買ってよぉ〜〜、一生のお願いだからぁ〜〜」
やれやれ。
サンジは唇の端を上げて小さく笑うと、足をだんだんと踏み鳴らし腕を振り上げて騒ぐ子供に歩み寄った。
「おい、坊主」
声をかけるが早いか、その頭をぽんと叩く。
見知らぬ男にいきなり叩かれた子供は身を固くし、怯えたようにサンジの顔を見あげる。
「母さんが困ってるだろが。おまえも男ならちっちぇえことで騒ぐんじゃねェよ」
そしてサンジはポケットから飴菓子の包みを取り出した。
甲板に降った飴玉雨を綺麗な紙に包みなおしただけのものだが、キラキラと輝く包みは一瞬にして興味をひいたようで、 子供はそれに負けないくらいキラキラとした目をサンジの手元に向ける。
その隙に抱き上げて肩にひょいと乗せてやれば、 長身のサンジの肩車に一気に視界の広がった子供が頭上でわぁと歓声を上げた。

まぁ、ざっとこんなもんだ。
すでに目の前のおもちゃなどすっかり忘れ去った子供に、サンジは小さく笑う。
毎日のように駄々をこねる「お子様」と戦い続けてる自分だ。
叱ったり宥めたり、あるいは気を紛らわせる何かを用意してやったり。
積み重ねられた日々のおかげで、こんな欲求だらけの言うことを聞かない相手の扱いは心得たものだ。
「もう我慢できるな?」
下ろした子供の位置まで身をかがめ、目でしっかり言い聞かせる。
小さく頷いた子供の手に飴玉を握らせ、よしよしと頭をなでてやるとサンジはその場を後にした。

お節介なのは重々承知。
それでも、子持ちとは言え麗しいレディが往来で困る姿は忍びなかったし、何となく見ていられなかったのだ。
たかだか露店のおもちゃに一生のお願いを使う子供を。


どっかの緑頭と違ってサンジは無神論者ではない。
神頼みに縋る気は無いが、それでも海賊王だの大剣豪だの自分で道を切り開く夢(野望と言った方がいいか)とは違って、 どうやったって自分の力だけでは叶えられない願いがこの世に存在することをサンジは知っている。
絶海の孤島に船が通りかかって救われるなんてこと、何がしかの「手」が働かなければ叶うはずもなかったはずだ。

人が一生のうちに叶えてもらえる願いの量は決まっているのだろうか。
だとしたら自分はもうとっくに使い切ってしまった。あの時、あの孤島で。
二人で生きてここを出たいと、もしそれが叶うならばもう何も要らないと、ゼフの失われた足を目にしながら、何度至上の力を持つ「何か」にそう願ったことか。
あれこそが一生のお願いだとサンジは思うのだ。

それはギリギリではあったけれど聞き届けられ、生き延びたゼフと二人で海上レストランを開くまでになれたし、 さらにルフィとの出会いにより、過分にも一度捨てたはずのオールブルーの夢を追って旅立つことすらできた。
あとはオールブルーをこの目で見るという夢を自分で叶えさえすればいい、もうそれ以上願うことはない。
自らに言い聞かせるように頷きながら、サンジは油断するとすぐに沸々と沸きあがってくる思いに蓋をする。
そして目の前で待つ麦わら帽子の彼に笑顔でひらひらと手を振った。


「お待たせ、船長」
「おー」
離れる前に買い与えた菓子の大袋はずいぶん小さくなっていた。
その包みを手に、もぐもぐと口を動かしている相手からは気軽な返事が返ってくる。
「用は済んだ。おら、買いもんの続きすんぞ、ルフィ」
「また美味ェもん買ってくれるのか?」
「ばーか、そうそう無駄に使う金はねェ」
軽口をたたきながらも胸がつきりと痛むのは、こうして二人きりでいる時間が嬉しくて同時に叶わぬ願いが切ないから。

こんな胸も尻もぺったんこな色気には程遠い、いやレディですらない野郎からいつしか目が離せなくなっていた自分。 それを恋心だなんて自覚しなければ良かったのに。
次第に加速を重ねる思いは止めようもなく、この胸に抱いた思いが届きますようになんて、 どこのうら若きレディだと我が身が恨めしくなる。
が、お医者様でも草津の湯でも……こればかりは自分の力でどうにもならないのが泣けてくる。
打ち明けるには相当の覚悟と勇気がいるし、諦めるには好きになりすぎてしまった。


サンジの愛しい船長は、
幼い頃もらった麦わら帽子の相手に心酔し、
緑頭の剣士と同じ視線で夢を追いかけ、
海の彼方の兄貴に全幅の信頼を寄せ、
そしてサンジの顔を見ればにっこりと笑って「腹減ったv」


相手の心を知る術など持ち合わせないサンジには、そのコンパスがどこを向いているのかなど、見極めようがない。
そんな苦々しい思いを噛み締めながら、こうして隣を歩くだけがサンジの今の精一杯だ。
こんなにも深く熱く、ルフィのことを思っているというのに。

「どうした、サンジ。難しい顔して?」
「なんでもねェよ、クソゴム」
そんな思いを知るはずも無いルフィは、露店の珍しい食べ物に次々と目を奪われながらサンジの手を引いて走り回る。
「おおっ、これすげェ美味ェ!!ほらサンジも食えよ」
手渡された試食品を珍しくも一口齧っただけでサンジに渡してくる。
これじゃ間接キスだろ、と意識しながら一齧りする自分がバカみたいにいじらしくて涙が出そうだ。


「一生のお願い…か」
先ほどの子供の駄々を思い出しながら、ふと呟いた。
一生分の幸運と引き換えにしても本当に叶えたい願い。欲しいもの。
自分とゼフの命以外そんなものありえないと思っていた。
それがもう一度こうして目の前に現われようとは。

「なぁ…」
「うわっ」
ふと気づくと真剣なルフィの顔がいきなり間近にあって、サンジは驚きのあまり僅かに身を引いた。
「サンジは『一生のお願い』が嫌いなのか?」
「え、いや…それは別に…」
「だったらそんな顔すんな」
す…っと頬に伸ばされたルフィの手の平は柔らかくほんのりと温かい。
その温かさに思わず願いそうになる、もう自分には残されてないだろうほどに過分な願いの成就を。
「あのな、ルフィ…」
ルフィの手を外す自分の手が微かに震えるのがわかる。
「『一生のお願い』なんてそう簡単に使っていい言葉じゃねぇんだよ」
「なんで?」
「人の願いが叶えられる持分なんてきっと決まってんだ…」
「そんなことねぇよ、何度だって願やいい。欲しいもんを欲しがっていけないことなんかねェぞ?」

海賊王という大いなるものを望みつつ、仲間を、友を、希望を、上手いメシを。
全てを手に入れようと願い続ける彼ならばそうだろうと思う。
「最もおれはぜーんぶ自分の力で手に入れるけどな」
ただ、そこでからからと気楽に笑うのが所詮ガキなのだ。
人の気も知らないでと、些かむっときたので両の頬をつまみながら言ってやった。
「ばーか、世の中には頑張ってもどうにかなることとならねェことがあんだよ」
「そっか?」
「だから例えばおれがおまえを好…」
「おれを?」
首を傾げたルフィに、サンジは慌てて滑りかけた口を噤んだ。
だが、なんで自分だけが一人こんな切ない思いを抱えていなきゃいけなんだろうと、そう思うと何かが一つふっ切れた。


「サンジ?」
くそっとがしがし髪を掻いて、サンジはルフィに向き合った。
「ルフィ…とりあえずおれの今の一番の願いを言ってやる」
「おう」
「おまえ耳ふさいでろ」
「ん?」

今はここまで。
素直に耳に手をあてたルフィに苦笑しながらサンジは言葉を口に乗せる。


…早くおれに気づきやがれ馬鹿野郎。 と。


炎の兄貴も緑のまりもも遠くの海の赤髪にも・・よそ見すんじゃねェよ。
そう続けようと思ったが、きょとんと純粋な目で自分を見るルフィにそれを願うのはおこがましい気がして、 サンジは手を伸ばして麦わら帽子に包まれた頭にぽんと手を乗せる。
腕に捕らえるのは難しくてもこのくらいならいいだろう、天のナントカ様。
サンジは悔しげに呟いて、その愛しい頭を引き寄せた。

- END -

2008-03-25

正確には参加作品ではありません。
お題に惹かれ書いていたものの、サンジの片思いが申し訳なくて投稿できず、ずっと温めていたのです。
温めすぎて雛に孵りそうなくらいでした。
モリさま、もらって下さって本当にありがとうございました。