「3256BD'10」様よりお題拝借
高校の卒業式は早い。
3月に入ったばかりのこの時期、もちろんまだ桜は咲いていない。
せっかくだから満開の桜に見送られて旅立ちたかったという思いはあるが
、ルフィにとっては次のステップへの扉がようやく開いた、ずっと待ち焦がれていた日だ。
まだ固いつぼみをつけた校門前の桜の大樹は、今まで何年何十年とたくさんの顔を見送りながらこうして立ち続けてきたのだろう。
その太い幹の感触を背に感じながら、ルフィは卒業証書の筒をぶんぶんと振り回してみる。
18の春。高校の卒業式は滞りなく終わった。
唯一の滞りといえば、式直後にこの筒を刀みたいにウソップと剣術ごっこをして担任から最後の大目玉を食らったことくらいか。
「あんにゃろ、思いっきりやりやがって」
頭のたんこぶを摩りながら、それでもそれすら急速に思い出に変わりゆくのを実感する。
小学校から中学校そして高校と少しずつ同級生との別れを体験してきたが、
さらにここでそれぞれの道を進むために皆ばらばらになっていく。
小中高とずっと一緒に過ごしてきた仲良しのウソップも遠くの美術大に進学が決まっていた。
それでも生来の楽観主義が働いてか、ルフィは悲しいとは思わない。
ウソップとはきっとまた会える、それも少しも変わらぬ仲良しのまま。
それに、ウソップにしろ自分にしろこの先に続くまだ何も見えない真っ白な道、
そこをどんな風に自分色に染めていくのか、そのことを想像するだけでわくわくしてたまらない。
「それにしても遅ェな…」
手遊びに筒をいじるのも飽きてきた。
さっきまでは部活仲間やクラスメイト、
担任を見つけて写真を撮ったり挨拶をしあう卒業生やその保護者であふれかえっていた校庭や中庭も、
さすがに時間と共に少しずつ捌けて今はもうほとんど残っていない。
けれど、あいつはここで待ってろといった。だからルフィはいつまでも待つつもりだ。
今まではルフィが待ってろという側だった。
どんなに焦れても埋まらない年の差。
今までのルフィは高校生という非常に安全、かつ社会的には無力な身分だった。
制服もカバンも、それが今持てる装備アイテムの全てでありながら、
あいつといるときは間にある溝をはっきり思い知らせる邪魔物でしかない。
だからいつでも繰り返し告げた。
おれが学校を出るまで待ってろ、と。
そうするとあいつは、「・・待ってる」と穏やかに笑って返すのだが、
それが却ってじたばたと一人で足掻く自分の子供っぽさをますます際立たせるようで、
やり場のない怒りのような焦りのような負の感情がいつもルフィを追い詰めていた。
そんなここでの学園生活。
けれど昨日、こっそり呼び出したルフィを抱きしめて、
「式の後、校門の桜の下で待ってろ」
あいつは今までにない優しい声と優しいまなざしでそう言ってキスをしてくれた。
初めてその口から聞く言葉が心に強く染み入り、本当に嬉しかった。だからルフィは
「ああ、待ってる」
笑って大きく頷いたのだった。
思い人を待ちながらの時間は、じりじりとしながらもどこか甘酸っぱくそれが心地いい。
見上げた頭上にある大きな枝ぶりに、まだ来ないなら卒業前にこのままてっぺんまで登っておこうか、そんなことを企んでいると
「悪ィ、遅くなった」
駆け込んできたスーツの胸に飾られたコサージュが揺れている。
「遅っせーぞ、サンジ……先生」
待たされたお返しに、卒業証書の筒でコツンと頭を叩いてやった。
「仕方ねェだろ、卒業生の担任なんだ…って、てめっ、これはそういうもんじゃないってさっき叱っただろうが」
「卒業式に生徒に踵落とし食らわせる担任なんて聞いたことねェよ」
「ふん、今日が最後だ。今後のために必要な指導はきっちりしとかねェとな」
「うん…今日で最後だ」
サンジの言葉を繰り返しながら、ルフィがその手をとる。
「ずいぶん待たせたな…サンジ、遅くなってごめん」
「いや、生徒と担任て関係も悪くなかったぜ」
「おれは…いやだった。だって全然二人きりでいられなかったし」
「はは」
「思うようにキスできなかったし」
「おい」
「おまえがどこまでおれのこと本気で見てくれてるかわからなかったし」
「・・・」
「ホントに、ホントに早く追いつきたかった」
一途な思いをこめた目を向ければ、サンジの目元がふっと和らいでその指がルフィの髪を優しく梳く。
「ルフィ…おれは楽しかったよ。おまえの大切な高校時代って時間を誰よりも傍で見ることができた」
その声がいつもホームルームで聞くのとは違う深い響きで、ルフィの耳に届けられた。
「そりゃ我慢も半端なかったが、それでもおまえの旅立つときにこうして共にいられることがすげェ嬉しい」
「先生としてか」
「ああ、担任として、大人として。そしてこれからおまえの人生を一緒に歩く恋人として」
「サンジ…」
「サンジ先生だ、あの門を出るまではまだ終わってねェ」
こつんとその額を指で弾いて笑いながら、サンジがルフィの手を握り返した。
「行くぞルフィ、もう待ちくたびれた」
「おう!」
手を繋いだまま、一緒に校門を踏み越える。
その瞬間から自分たちは生徒でもなく教師でもない新しい関係を築いていく。
前に広がる真っ白な道は、きっと自分の色に染め上がるだろう。
そこにサンジの髪と瞳、ルフィの大好きな金と青の色を重ねながら。
- END -
2010-03-22
ちょうどこんな季節なので、珍しく学パラに挑戦。
付け加えておくと二人はまだキス止まりの関係です(余計な情報)。