「ROUTE66」清明様へ
サンゾロです。ご注意!
「いいかチョッパー、おまえは優秀な医者だ。でもちっとばかり人生経験が足りねェな」
穏やかな日差しに包まれた甲板で、ちょこんと座った小さなトナカイ相手にウソップお得意の弁舌が披露される。
彼自身もまた小さな村で生きてきたと聞くが、元来人間好きなのだろう、ウソップの人を見る目は確かでそして温かい。
サンジが声をかけにきたのは、長い鼻を振りながらの熱弁がちょうど興に乗ってきたところで、
話の腰を折るような野暮なマネはしたくなかったから、焼きあがったばかりのミートパイが冷めるのは気になったが、
サンジはしばらくそのまま待つことにした。
「患者は体はもちろん心も弱っているもんだ。医者ってのはそんな患者を丸ごと救ってやらなきゃいけねェ」
「わかってるぞ」
「だからな、おまえも人の心理ってもんもよく理解しとけ。この人間心理に長けたウソップ様がいろいろ教えてやるからな」
「うん」
全く上手く惹きつけるもんだと感心しながらサンジはタバコに火を点けた。
パイはもうしばらくお預けだ。
「じゃあ早速問題だ。愛情…知ってるよな?」
「もちろんだぞ」
チョッパーは嬉しそうに胸をはる。
馴染んだ相手は少なくても、どんなにチョッパーが深く愛され育てられたか、
一緒に過ごせばたちどころに知れるその素直な性質が物語っている。
「よし。なら愛情の対極にあるもんは何かわかるか?」
「簡単さ、憎しみだ」
「ぶっぶー」
ウソップの口から不正解のブザーが鳴る。
「えっ、じゃあ嫌悪」
「それもぶっぶーだな、残念」
「だって好きの反対なら嫌いだろ?」
「それが違うんだな、正解は『無関心』だ」
「えーっ?」
「考えてみろ、好きな相手に嫌いだの馬鹿だの言われんのと、まるっきり無視されんのとはどっちが辛い?」
あ、とチョッパーが思い当たったように声をあげた。
チョッパーを育てたあの老獪なるレディは、いつだって目を逸らさずまっすぐ向き合っていたのだろうと、サンジもまた思い至る。
愛情の対極は無関心・・・か。
心の中で呟きながら、サンジはキッチンへ戻った。
「ほら、そろそろ一息入れろ」
おやつだぞ、と頃合いをみて出したパイに話を止めて、二人はわあいと飛びついた
「なかなか面白ェ講義だったぜ、センセイ」
手渡しながら褒めてやれば、
「わはは、そうだろ。なんなら教授と呼んでもいいんだぜ、サンジくん」
鼻も伸びそうな勢いでウソップが得意げに笑う。
「…ったく、目ェ覚ましてしっかり聞いときゃいいのによ」
「ん?」
きょとんとしたウソップの頭を一つ叩くと、サンジは別皿を手に甲板を横切ってそちらへ向かった。
「やれやれ…保護色かよ」
芝生に転がる緑の頭を見下ろしながら小さく息を吐く。
固く閉じられた瞼は憎らしいほど開く気配もなく、ウソップ先生の名講義もこの寝惚けマリモには届いていなかったようだ。
全くこいつが起きるくらいもっと大声で喋ってくれりゃいいのにと、見当違いの抗議を呟いた。
近づくサンジの足音も船中に広がる焼いたパイの匂いも全部気づいてるだろうに、ゾロは微動だにしない。
気を許していると言えば聞こえはいいが、ため息がでる。
「おら、起きろ!」
皿を置くなり繰り出した蹴りは、緑の髪の端を竦めて芝生にめり込む。
こんな風にしっかりよけられるのはいつものこと。
もちろん想定内だから、このくらいでよろめくようなみっともないマネはしない。
あァ?とようやく目を開けて睨みつけてくるのを、負けじとさらに睨み返す。
「へェ、寝ぼけ頭でよくよけられたな。あァ、たぬき…いやマリモ寝入りだったか?」
「んなヘロヘロな蹴り、どんだけ熟睡してようがかわせるに決まってんだろ」
「ならもっかい試してみるか」
「ふん」
そのまま刀と靴のぶつかり合いになだれ込むのもまたいつものことだった。
「やめろよー、二人とも」
「ったく、どうしておまえらはいつもいつもそうかねェ…」
ウソップとチョッパーがもぐもぐ口を動かしたままのんびり声をかけてくるのも、もうサンジの耳には届かない。
さっきウソップが教えてくれた、愛情の対極は無関心というロジック。
ならば、関心があるということは。
ちょっかいをかけたくてかけたくてたまらないということは。
サンジはゾロにちょっかいをかける。
食事時は勿論、目を合わせれば毎度のお約束のように、手を出し、言葉で煽り、ついでに蹴りも繰り出してみる。
来る日も来る日も、飽きもせず。
言葉や視線、自分の全てを向けたそれを、ゾロはどう受け止めているのだろう。
「毎度毎度いい加減にしろよ、クソコック」
「へっ、楽しいだろ」
「だれがっ」
「忙しいこのおれが寂しいマリモを構ってやってんだ、ちっとは有難く思え」
そしてそこにこめられた意味に気づけ、と。
「なにが有難くだ、てめェがちょっかいかけてくれば、なにがあろうとおれは相手してやってんだろが」
「え?」
「それこそ戦闘中だろうが、どんなときでもだ」
「おい、それって…」
「おら、ぼんやりしてんじゃねェ!」
それはどういう意味だと聞き返したサンジの言葉は、鼻息も荒く撃ちかかってくるゾロの前に一切スルーされた。
「…てめェ、自覚ねェのかよ」
「何がだ」
ぐっと繰り出してきた刀を避け、その腕を掴む。
ゾロが振り払おうとするが、コックの握力舐めんなよとばかりに、そう簡単には外させない。
「離せ、コック」
「おまえ、さっきのウソップの話聞いてたか?」
「あ?何だ、知らねェぞ」
「そりゃ残念…」
強く腕を引き寄せ、ウソップたちに背を向ける形に重なりあい、睨み合うままに顔を寄せる。
ぎりりと噛み締めた唇の真剣さに、ふっと笑いながら自分のそれを重ねた。
「なっ…!」
「そんな顔したらあいつらに気づかれちまうぜ」
耳元でこっそり囁けば真っ赤になった顔を引くが、しかし背けようとはしないのがゾロらしい。
「てめ…っ、な…にしやがる」
目を見開いた顔があまりに可愛くて、もう一度キスしようか迷ったが
「マリモ頭でよーく考えな」
とだけ言い残して掴んでいた腕を離した。
続きはゾロが答えを見つけてからでいい。
そうと気づきさえすれば、それはすぐそこにあるのだから。
モモイロの島で、オカマたちとの戦いに明け暮れる日々はサンジの心身をひどく疲労させる。
周囲にアンテナを張り巡らしつつ、ぐったりした体を横たえながら月を見上げた。
お互いがどこにいるかもわからないまま、無事でいることだけは信じている。
この尋常でない状況で、一時たりとあの緑頭を忘れたことはない。
それが愛でなくてなんだと言うんだ。
己の思いの深さが改めて身に染みた。
今ごろてめェは何食ってんだ?馬鹿マリモ
大層鈍い頭の持ち主に呼びかける。
サンジが作らないものを食べながら、
今まで必ず傍で聞こえてた声がしない寂しさを、思い知っているだろうか。
食事をするたび、唇に何かが触れるたび、自分を思い出せばいい。
思い出し、そこにいないことにじりじりとすればいい。
あのとき拒否するでもなくただ強面を真っ赤に染めてたゾロの姿に、そうであれと願う。
いい加減気づけ。
暇さえあればおれに構われてたことと、毎度それに応え続けてたてめェの行動の、その意味を。
今度会えたらどう料理してやろう。
まずはキスして、もう一度あの真っ赤な顔を拝ましてもらうかね。
2年間の残りの日を数えながらサンジは小さく笑った。
- END -
2011-03-04
初サンゾロに挑戦!(笑)
GLCでサークルに入れてくださったお友達へのささやかなお礼です。
受けゾロはなんだか銀子さんみたいだというお言葉もいただいたのですが、
さて、どうですか?