微エロで10のお題
そこはありふれた港町だった。
港の雰囲気も町の活気も行きかう人々の表情も、全てが良きも悪しきも雑多なものを取り込んだ、ごく普通のものとしてそこにある。
ゾロはこういった町は嫌いではなかった。
お高く留まってこちらを見下してくるのは論外だが、といってやさぐれた連中ばかりが集う町も、
高額賞金首を取り揃えた自分たちのような一味にとって、それはそれでかなり面倒だ。
だから補給と休息を兼ねたちょっとした寄港には、こういった「普通」の町が一番いい。
「普通」の港町ということは、海の男たちにとってお楽しみの場所もちゃんと用意されているわけで、
村を出て以来それなりに場数を踏んできているゾロは、そういう楽しみ方ももちろん心得ている。
上に宿屋を備えた場末の酒場。
一見してそれとわかる派手めな看板の店。
ちょっと入り組んだ薄暗い路地裏。
後腐れのない一晩限りの気楽な相手、商売女を買う手段はいくらでもあった。
そしてそんな女と過ごすために、こういう町の外れにはたいてい他の建物に紛れてひっそりと佇む、俗に言う連れ込み宿というものもある。
……そう、例えば今、ゾロがいるような。
なんで自分は今こんなことになっているのか。
持って行きようのない苛ついた思いを払拭するかのように、ゾロはぼりぼりと乱暴に頭をかきむしった。
腰掛けたベッドは清潔に整えられているが、座った尻を軽く動かせばぎしぎしと嫌な音を立てて軋む。
外見はともかくも、いわゆる安宿なのだろう。
そのせいか部屋の作りも簡素だし、壁も床も薄くできているらしく、聞き耳を立てなくてもあちこちからその類の喘ぎ声が漏れ聞こえて耳障りなのが腹立たしい。
腹立ち紛れにゾロは手にした酒ビンを開け、躊躇うことなく一気に煽った。
後からふわりと醸す上等な味や香りに、確かこの辺りの最高の地酒だと、港の市場で自分を呼び止めた酒屋が言っていたのを思い出した。
ああそうだ。
酒屋から是非にと勧められ、試しに一口飲んでみればそのとおりの上物で、かなり美味く気に入った。
ただしやはり値段もそれなりで、それを自腹で買うか、それとも思い切ってナミかコックのどっちかに頼んでみるかと、
店先で真剣に悩んでいたところに、「ゾロ」と、背後から声をかけられたのだ。
振り向いた自分を待ちもせず、ついて来いと言うなりすたすたと歩き出したその後を追うために、結局慌ててその酒を自腹で購入する羽目になった。
すでに目星をつけてあったのか、構いもせずそのまま町外れにある一軒の建物に入っていくのを訝しく思いながらも、命じられたままについて入る。
そんな成り行きのままに、気付けばゾロは一本の酒だけを手に、彼と一緒に安宿のベッドに腰を下ろしていた。
「…で、おれをこんなところに連れ込んでどうしようってんだ、船長?」
努めて冷静に尋ねたつもりだったが、出た声は掠れていた。
くそっと悪態をつきながら、また一口酒を煽る。
高い酒をゆっくり味わう間もなくただただ急いで流し込む自分に、勿体無い飲み方をしているとまた腹が立ってきた。
落ち着かずに酒を煽るゾロに比べて、ルフィは寛いだものだ。
部屋に入るなりゴムぞうりをぽいと放り投げ、マットレスも硬いベッドの上に飛び乗った。
きょときょとと部屋中を珍しそうに眺めたり、
ベッドサイドのテーブルなどあちこちを引っかき回して「備品」を取り出しすとこれもまた珍しそうに手にとってしげしげと眺め、
時折聞こえてくる艶っぽい声に聞き入っては楽しそうな笑みを浮かべる。
「面白ェな…こんなとこ初めて来たぞ」
「だろうな」
ルフィを前にしたら、恐らく100人中100人が抱くであろう感想をゾロも率直に述べた。
まるで太陽のように自らきらきらと輝き見るものを惹きつけて止まない日頃のルフィと、この淫猥な雰囲気のする安宿とはどこかそぐわない。
何故自分はここでルフィと一緒にベッドに腰掛けているのか、一体コイツは何を考えているのか。
そして、この後一体どうなるというのか。
酒になど酔ったことはないが、ただ脳内がぐるぐるとめまぐるしく回転するだけで一向に考えがまとまらない。
いい加減にして欲しい。
「ルフィ、一体どういうつもりなんだ?」
「どうって?」
「ここがどこだか知ってんのか」
頭を抱え搾り出すように告げる。だが
「知ってるぞ」
ゾロの期待を裏切るようにルフィはしれりと答えを返した。
「ここが何をするとこかくらいちゃんとわかってる…こないだ皆で話したじゃねェか」
「こないだ…?」
ああ、そういえばと思い出した。
ナミとロビンが部屋に戻った後、まだ飲み足りなかった男連中が顔をつき合わせていたらそんな話の流れになったのだ。
コックが女の魅力をさも知った風に語る。
どこまで本当かは知らないが、それでもそこそこの経験はあるらしい。
ウソップは故郷の彼女に操を立てているらしく、あくまでも他人から聞いた話として披露した。
チョッパーがあまりにも目をきらきらと輝かせて聞き入るので、サンジの興が乗ってきたあたりからは耳を塞いでやった。
フランキーも伊達に三十路は越えてないようで。
もちろんゾロにもお鉢が回ってきたので、馬鹿馬鹿しいとは思ったが場の雰囲気を損なうのも大人気ないと、今までしてきたことを淡々と語った。
へぇとウソップが感心し、何故かサンジがけっと呟いたのは覚えている。
あのときルフィはどんな顔をしていたか…。
「ゾロも女を抱くんだな…」
「まぁな」
男である以上仕方なかろうに、何故ルフィは縋りつくような、そんな切ない顔を見せるのだろう。
「おれ…まだシたことねェんだ」
ぽつりと漏らした言葉にゾロはやっと得心した。
なるほど。
ルフィはまだ未経験な自分に焦っているのか。
ゾロにこんな町での大人の楽しみ方を教えて欲しかったのだろうと、理由がわかってほっとはしたものの、
ほのかに抱いた期待が外れたのを惜しむ感があるのは否めない。
ルフィが女を買って抱くという行為を想像するだけで、どこか嫌悪感を抱いてしまう自分にも呆れた。
ゾロはルフィが好きだ。
意思に溢れたまっすぐな瞳も、生き様も、笑顔も、可愛らしささえ漂う些か抜けたところも。
眼差しや仕草、全部ひっくるめて好きだ。
体に触れてみたいと思う、そんな対象の目で見たことも正直幾度もある。
だが同時にずっと無垢なままでいて欲しいと望んでいるのも嘘ではなかった。
肉欲など知らず、ただ夢だけを追い求める純粋な存在でいてほしいなんて、どれだけ勝手な押し付けだろう。
ルフィはゾロのものではないのに。
「まあいい」
思いを振り払うように、わざと口に出した。
「いつまでもこんな場所で野郎同士向かい合ってたって仕方ねェ。女を呼ぶのは金かかっちまうから、とりあえず外に探しに行くか…」
酒をサイドテーブルに置き、ルフィを突き放すようにして立ち上がる。
だが。
「違うぞ、ゾロ」
ルフィが首を振ってゾロの服を引き寄せる。
「何言ってんだ、おれはゾロとここに来たんだぞ?」
ルフィの言葉に、一気に辺りの空気が変わっていく。
ごくりと唾を飲み下す音がやけに大きく聞こえた。
「…ルフィ、おまえ意味わかって言ってんのか?」
「ああ」
「こんなとこに来る目的なんざ、一つしかねェんだぞ?」
わざと煽るようにその顎を捉え、意地の悪い笑みを浮かべたのは今のゾロの精一杯の虚勢だ。
いっそこれでうろたえたルフィが部屋を飛び出してくれたらと、そんな情けないことすら願う。
しかしルフィは出て行かなかった。
それどころか挑むように逆にゾロの目を見返してくる。
二人を包んでいた今までの世界にぴしりと亀裂が入った。
「いいのかよ…」
「ゾロだから」
世界が壊れていく音がする。
今、ルフィの手を離さなかったら崩壊は止められない。
なのに、ゆっくりとゾロの手は伸ばされる。
「壊れるぞ」
だから触れる前に一度だけ忠告した。
「そんなヤワな体はしてねェ」
「そうじゃねェよ」
やっぱり意味のわからなかったルフィに苦笑して、腕に抱きしめた。
そっと後ろに回された腕に眩暈がする。
「壊れてもいいんだ…」
「何がだ」
顔を伏せそっと唇を重ねながら、息の合間に漏れたルフィの言葉に問いかける。
「壊れても…おれたちは何度でも作り直していける…そうだろ、ゾロ?」
普段ぼうっとしてるくせに時折核心を着いてくるのはこんなときでも健在で。
壊れても二人にとっては何一つ変わりはしないのだと、笑顔で告げてくるのがまた憎らしくも愛しい。
「ルフィ…」
「来いよ、ゾロ…」
のしかかるようにしてそのまま後ろに押し倒すと、二人分の重みを受けたベッドがぎしりと鳴った。
「……ベッド壊れたらやっぱり弁償かな?」
背後を気にしながらルフィが動きを止めた。
弁償という言葉に一瞬借用書を手にしたナミの顔が浮かんだが、今この状況で拘ることでもない。
「それも後で直しゃいい、だから今はおれだけ見てろ…」
「…だな」
回されたルフィの腕がゾロを引き寄せ、それに誘われるように深い深いキスを交わした。
-- end --
2008-01-18
微エロお題最後を飾るのは、ルフィの誘い受けでした。(おい)
私のゾロルのスタンスは、多分二人は何も変わらないってこと。
どんな関係になろうと、最初の「ナイスゾロ」「お安い御用だ、船長」
このまんまでい続けるだろうと思うのです。
全くエロくもない微妙な話たちに、長い間お付き合いいただきありがとうございました。