サンルで6つのお題   1 「・・・悪りぃ」


新しい船のこれまた新しくなったキッチンには、サンジがかねてから切望していた大型鍵つき冷蔵庫がでんと備え付けられている。
中には船長垂涎ものの肉の塊やらなんやらがどっさり眠っているのだが、そのドアをがっちりとガードする重厚な鍵には、さすがに未来の海賊王もお手上げらしい。
おかげでサンジはこの一味のコックとなって以来ずっと頭を痛めていた「船長の夜中のつまみ食い対策」という課題から、ようやく解放されたのであった。


無事、一日が終わろうとしていた。
夕食を済ませた皆はそれぞれの部屋に引きあげ、賑やかだった食堂も今はサンジ一人が、翌日の仕込みと仕上げの片付けをしているだけだ。
今日の航海を終え、錨を下ろして静かに漂う海の上。
百獣の王をなぞらえた船を照らす月は明るく、舳先にあたる波は穏やかだった。

静かだったキッチンに不意に正時を知らせるメロディが鳴り響く。
ふっと手を止めて壁の時計で時刻を確認したサンジは、視線をそのまま右に移した。
視線の先、新品のキッチンの一番右端には縦4段に並んだ引き出しがある。
その下2段は、ほとんどの時間をここで費やすサンジ専用のスペースだ。
レシピを書き留めるメモやペン。
買い置きのタバコ。
身だしなみに使う小さな鏡と櫛。
そんな私物のあれこれをサンジは一番下に入れている。
そして下から2段目には・・・。

「サンジ」
まるで頃合を見計らったようにドアが開き、ひょいと顔を出したのはとっくに部屋に戻ったはずのルフィだ。
「腹減った」
「おう」
予想していた声に、サンジは軽く笑って返す。
「ほらよ」
くいっと顎をしゃくれば、ルフィはたたたっと軽い足音をたててサンジの引き出しに向かう。
「今日はなんだ?」
「さてね」
いいから見てみろと続ければ、素直に開けたルフィからおおおっという歓声が上がった。
「・・・ったくてめぇは」
何が出てこようと、食い物を目にすれば決まって返ってくる最上級の喜びの反応に苦笑する。
船が変わろうが、新たな仲間が加わろうが、賞金額が増えようが、ルフィは何も変わっていないと実感するのはこんなときだ。
オレの船のコックになれと、こちらの言い分も聞かずに強引に誘われたバラティエでのことを重ねて思い出すと、その変わらなさが何故か嬉しくてたまらない。


かつてメリー号にあったのは鍵のない小さな冷蔵庫だ。
そして腹を減らした船長が夜な夜な人気のないキッチンに忍び込み、こっそりと食料を失敬する行為が日常茶飯事。
おかげで、きちんと配分していたはずの食料が急に不足し、クルー全員を青ざめさせたたこともしばしばだったが、鍵つき冷蔵庫の登場でもうその心配はない。
だが、代わりにルフィが切ない顔を見せる回数が格段に増え、結局のところルフィではなく、サンジのほうが先にこの事態に我慢できなくなってしまったのだった。
あれこれと悩んだ挙句、サンジはルフィに一つの提案をもちかけた。
キッチンの一番右端、下から二段目。
その引き出しに、サンジはルフィのための夜食を用意することにした。
ルフィはそれを無条件で食って良い。
ただし条件は二つ。
中味や量に文句はつけないこと。
そして(他の者への手前)誰にも言わないこと。
もちろん夜食が食えるルフィに何の不満があるはずもなく、こうして二人の間には秘密の約束ができあがった。

そして今夜もまた、約束は果たされている。
本日のメニューは、ローストチキンとベーコンをたっぷりはさんだクラブハウスサンド。
当然ながら大盛り。
「うまそーだな♪」
「誰にモノを言ってる、クソゴム。『美味そう』じゃなくて『美味い』んだよ」
睨みつけられて軽く首をすくめたルフィは、皿を手にしてそそくさとテーブルにつき、早速一口齧りつく。
はむっ。
もぐもぐもぐ。
「ほらよ」
タイミングを計ってちょうどの温度に冷ましたミルクを置いてやる。
微かに漂う甘い香りは特別サービスの蜂蜜だ。
「ん」
頷いて口をつけたその唇からもきっと甘い香りがするのだろう。

はむっ。
もぐもぐもぐ。
ルフィがまたパンを齧る。
ひと口につき30回は噛んでから飲み込め。
噛む間も惜しげにがつがつとかき込むルフィなので、食事の度にちゃんと言い聞かせているのだが、その見事な『ちくわ耳』には右から左にスルーされてしまう。
だが、いつもこの時間だけは、ゆっくりと時間をかけて、ルフィは味わいながら食べてくれる。
ゆっくりゆっくり。
時折ちらりと向けられる視線を感じながら、サンジは贅沢な時間を噛み締めていた。



ゴミをまとめ、シンクを擦り、水気を拭き終わる。
あとは今ルフィが使っている皿とカップを片付けて終いだ。
それくらい明日に残してもいいし、当人に洗うよう言いつけて先に出て行ってもいい。
だがそうしないでルフィが食べ終わるのを待っているのは、サンジもまたこの時間をゆっくりと味わっていたいからだ。
ルフィの姿に目をやりながら、胸ポケットから煙草を一本取り出し火をつけないまま咥える。
まだ食事中の奴がいるのに煙を出さないのは当然だが、今の自分の嗜好品は煙草ではなく、 嬉しそうに食っているその笑顔なのだからどうでも構わなかった。

「ごっそさん!」
元気な声に我に返る。
いつの間にか食べ終えたルフィが、まだ幾分口をもぐもぐさせながらカウンターの前に立っている。
「片付けは終わったのか、サンジ?」
「ああ、あとはそれ片付けたらオレも部屋に戻るから、おまえは先に行って・・・」
そう口にした途端、いきなりルフィの顔がむっと顰められた。
「どうした?」
「別に」
今まで和やかだった部屋の温度が一気に下がるほどの不機嫌な声で、ルフィはつっけんどんにカウンター越しに皿を差し出す。
「ルフィ?」
いつもそうだ。
この上なく幸せそうにルフィはメシを食い、サンジもその姿を見て心を和ませる。
なのにこうして言葉を交わした途端、いつもルフィは不機嫌になってさっさとキッチンを出て行ってしまうのだ。
不意に怒り出すその理由がわからないのだが、それでも日が変わればルフィはいつものようにサンジに接してくれるし、夜になればまたここにやってくる。
「おい」
だから今日、サンジは皿ではなくその手首の方をつかんだ。
「痛ェよ、サンジ」
「前から聞こうと思ってたんだが、てめぇ何が気に入らないんだ?」
「別に」
「じゃあ何を怒ってる」
「怒ってねぇ」
「うそつけ!」
ポーカーフェイスなどその辞書にあるはずもないルフィのこと。
なにか意に沿わぬことがあるのは一目瞭然だ。
皿を受け取り先に行ってろと促す、いつものやりとり。それの何がどう悪いというのか。
「言えよ、ルフィ」
つかむ手に僅かに力を込めると
「一緒に帰ろう、サンジ!」
ルフィが叫んだ。

「は・・・?」
きっとサンジはきょとんとしていたに違いない。
「なんでおまえ、いつも先に行ってろとか言うんだよ。オレ・・・せっかくおまえが終わるの待ってんのに・・・」
堰を切ったように続けるルフィの言葉が、温かな湯のように胸にしみこんできた。

「ルフィ」
サンジは残りの手でルフィから皿を受け取ると、急いで台に置いた。
そしてルフィの腕を思い切り引き寄せて浮いた体の両脇に手を突っ込み直し、カウンターを飛び越えさせるように一気にこちら側に引っ張り込んだ。
いきなりのことに目を丸くしているルフィを、流し台と自分の体の間に挟んで身動きできないようにしてから、ぎゅっとその体を腕の中に抱きこむ。
「なんだよ」
目を細め、むっと睨みつけてくる顔は、まさか凄んでいるつもりなのだろうか。
怖いどころか可愛すぎると、サンジは思わず漏れそうになった笑いを急いで噛み殺した。
ここで笑ってしまっては、プライドの高い船長が更にご機嫌を損ねること間違いない。
「そうだったのか・・・」
「なんでわかんねぇんだ、ばかサンジ」
つんとそらされた顔は、逆に全てを雄弁にサンジに伝えてくれている。

「悪りぃ・・・気付かなかった」

謝りながらも困ったな、と思う。
可笑しすぎて、可愛すぎて、嬉しすぎて、どうしていいかわからない。
ぴったり寄せた体を、もっともっとと目茶苦茶にかき抱きたくてたまらなかった。

「サンジ」
「なんだよ」
「離せ」
ルフィの声がこんなに近く聞こえるのは初めてだ。
どこか上ずった調子に、より一層刺激される。
「了解・・・と言いたいとこだが、それは聞けねぇな、船長」
訴えを却下し、もがく体を押さえつけてさらに強く抱きこんだ。

「サンジ・・・」
だからそんな甘い声が逆効果なのである。
「困んなら目ェつぶってろ」
負けずに甘い声で囁いて、サンジはそっとルフィに唇を寄せた。


< end >


atogaki
「スケルトン」モリ様のサン誕企画に捧げさせていただきました。
拙い話で本当にすみません。
若干修正して再UPさせていただきます。

2007.03.07