昼の間は穏やかだった気温も日が落ちればさすがに下がる。
甲板を渡る深夜の風は、酒のせいか騒ぎのせいか火照った肌に少しだけ涼しかった。
夜更けまで続いた賑やかな宴もいつの間にかお開きとなった。
酔いつぶれた年少3人組を粉の入った麻袋のように担ぎ上げ、
片っ端から男部屋に叩き込んで甲板に戻れば先ほどまでのごちゃごちゃに入り乱れた雰囲気が嘘のように、
その跡はあらかた綺麗に片付けられていた。
自分もそこそこに飲んで疲れているだろうにそんなそぶりは微塵も見せず、サンジは最後の食器をキッチンに運び込んだところだった。
水と油、自分とは対極に位置する気に食わない奴ではあるが、どんな時でも自分の職務を全うするそんな姿には密かに感心していた。
適当なところで女性陣の退出をサンジが促したので、その気遣いの下、ナミとロビンも些か眠い目を瞬かせながら部屋に消えた。
後に残るは本日の主賓であった(らしい)ゾロだけだ。
「あっちは全部部屋に放り込んどいたぞ」
肩を竦めて顎で指せば
「ああ、お子様どもにゃいい時間だ」
取り出した煙草に火を点けて一服吸いながらにやりと笑った。
「あとは台所だけだ。てめえも手伝え」
「・・・わかった」
珍しく素直に従うゾロにおやと言う風にサンジが一瞬顔をあげたが、さすがに夜も更け時間も惜しいのだろう。
それ以上茶化すこともなく黙ってキッチンに向かい、ゾロもその後に従った。
「なあ」
2人並んで皿を洗う。
ゾロが汚れを落とし、渡した皿をサンジがすすぐ。
黙々と続けられる皿のリレーの中、不意にサンジが話しかけてきた。もちろん手は休めないままで。
「てめえ、今日はちょっと機嫌よくねえ?」
「・・・・・」
期待もしてなかったが、返事はない。それでもサンジは続ける。
「仏頂面の剣豪様も自分の誕生日にはさすがに楽しくなるか」
「・・・・・・」
「サンジ様特製ケーキもどうだ、美味かったろうが」
「・・・・甘ぇよ」
思い出したようにゾロが顔を顰め、それを見たサンジは心中密かにVサインをだす。
そしてもう1つ、ここでサンジは切り札を切った。
「ところでルフィのプレゼントのことだけどよ・・・」
途端にガチャガチャとけたたましい音を立てて皿が崩れた。
あからさまに手元を狂わしたその反応が面白すぎる。ひっくり返って笑いたいのをサンジは必死に堪えた。
夜更けの風に身を晒しながらゾロは1人甲板にいた。
台所の片付けを終えたサンジは
「どうせ『夜うーんと遅く』なるまでアイツを待ってんだろ。ついでだ、見張りもてめえがやっとけ」
そう言い残してさっさと部屋に戻ってしまった。
それからどのくらい時間が過ぎたろうか。
夜はうーんと遅くなったと思う。深夜は過ぎ、すでに夜明けも近いのではないかと微かに変わった空気からそんな気がする。
傍らに先ほどナミたちからもらった酒を置き、ゾロは黙々と手のダンベルを動かしていた。
そんなことでもしてなければどうにも気の紛らわせようがなかった。
今ので何千回目だ、いやもう万の位にはいったか
――― そんなことはどうでもいい
今は何時ごろだ
――― もう夜も明けるんじゃないか
アイツは・・・どういうつもりだったんだろう
――― 本当に来るのか?
『おまえだけに俺からのプレゼントをやる』
――― 何だよそれは・・・・
心が千々に乱れるとはこんな状況なのだろうか・・・柄にも無い文学的な表現にゾロは軽く頭を振った。
いつもならこうして体を動かしている最中は他のことなど考えることも無く精神を集中できるのに、今は一向にダメだ。
深く溜息をつくと瞑っていた目を開けた。
見上げればそこには何を思うのか、いつもと変わらぬすまし顔の羊頭。
ここは船長の指定席だ。
危ないと注意する声を他所に、ここに座っていつもまっすぐに前を見ているルフィの姿がふと見えた気がした。
ルフィ。
誰にも属すことをよしとしないゾロが、この世で唯一認めた自身の船長だ。
ルフィは強く、そして純粋だ。まっすぐに夢を追い続け、それが叶うことを疑いもしない。
真っ白なその姿はいつしかゾロの心の大半を占めるようになっていた。
自分はルフィのことを、多分「好き」・・・なのだと思う。
それも方向性としてはちょっとヤバイ「好き」だ。
だからさっきのルフィの言葉にこんなにも反応している。
まさか自分をプレゼントするなどと言い出すことはないだろう。
日頃のルフィの言動からしてそんなことはありえない(はずだ)。
・・・頭は明確にそう思っている。
それなのに無責任な周りの輩に煽られた心中は期待と不安が交互に押し寄せてしまっているのだ。
俺は馬鹿か・・・
そんな自分に次第に腹が立ってきた。
「くそ、ルフィの奴、来るなら早く来やがれ」
「お、悪ぃ、遅くなったか?」
独り言に返事をされ、危うくダンベルを甲板に落としかけた(ウソップを卒倒させるところだ)。
振り向けば、毛布を肩からかけたルフィがそこに立っている。
「ルフィ・・・」
「ほい、ゾロこれ持ってろ」
ゾロの気など知らぬ気ににこにこと笑みを浮かべながら、ルフィは毛布を手渡すとすたすたと船首に近づき、
手を伸ばしていつもの如くひょいと飛び乗った。
羊の頭にやはりいつもの如く腰をかけ、まっすぐに船の行く先に顔を上げる。
眼下には夜の真っ暗な海が不気味に広がっているのに、ルフィは一向に構いもしない。
「危ねえぞ」
「へーきだ」
ゾロの注意も飄々と憎らしいほどの気安さでルフィは返す。
「おまえぐーすか寝てたんじゃないのかよ。よく起きられたな」
「んー、サンジに起こしてもらった」
キッチンに目をやればいつの間にか明かりがついている。
ごそごそとした気配はサンジが今朝の仕込みをしているところだろうか。
「その毛布は寒いからってロビンが貸してくれた」
これか・・・。
少しばかり苦々しい思いで手の中の毛布を見る。
「船が今どっちに向かってるか、ちゃんとナミに聞いて確かめてきたんだぞ」
あいつもか。
何だか保護者同伴のデートをしているような気分だ。
ゾロがどう答えたものが戸惑っていると、急に、おっとルフィが声を上げた。
「よし、いいぞゾロ来い!」
どうしたと声をかける間もなく、自分は船首からぴょんと飛び降り、代わりにゾロに乗るよう促した。
わけのわからぬまま、気が付けばゾロはルフィの言葉に従い初めて羊の頭に乗っていた。
さぞ不安定だろうと思っていたそこは、想像していたよりは安定していたし座り心地もよかった。
「ゾロ、前見てろ!」
下からルフィが叫ぶ。
ゾロは顔を上げた。
漆黒の闇の中、遥か水平線の彼方に不意に一点の光源が現れた。
光の点は次第に金糸となり、水平線一面に広がる。
夜明けだ。
金糸はやがて光の帯となり、徐々にその太さを増し、そしてあたり一面を光の色に染め上げていく。
海も、空も、船も
ゾロの顔も
ルフィの顔も
全てが鮮やかな光の粒子に包まれる。
世界がそこに現れた。
「これがおまえのプレゼントか・・・」
もう辺りには朝が来た。
新たに生まれた世界を前に、湧き上がる感情を抑えるようにゾロが呟く。
「俺の世界だ」
それがルフィの答だった。
「俺がいつもそこから見ている世界。
いつか俺がその全てを手に入れる世界。
・・・今だけそれをゾロ、おまえに全部やる」
ルフィが常に抱き続けている羊頭の上で描いてる夢。
いつか手に入れる世界。
それがルフィがゾロにやれる唯一の、そして最大の贈り物だった。
「どうだ?」
朝の光できらきらと顔を輝かせながらルフィがゾロを見上げる。
それなのに
「足りねえな」
ゾロはあっさりとそう答えた。
「ダメか・・・?」
「ああ」
目に見えて落ち込んだルフィにゾロはくっと喉でわらう。
そして
「・・・ルフィ手ぇ寄こせ」
ゾロは船首の上から手を差し出した。
きょとんとしながらも伸ばされたルフィの手を掴み、ゾロは自分の元へ引っ張り上げる。
「落ちるなよ」
そう言いながら狭いその場所で、ルフィを膝の中に抱えその体に腕を回して後ろからしっかりと抱きしめた。
「ゾロ?」
「前見てろ」
囁かれたその言葉にルフィは従い、顔を戻して前を向く。
2人の目前に広がるのは朝日に輝く遥かなる海―――それは果てしない未来へと繋がっている。
2人で共にいると誓った未来へと。
「これでいい」
おまえがいてこの世界は完成するのだと、ゾロは笑った。
「ゾロ、誕生日おめでとう」
誰に言われるよりも聞きたかったその言葉を、ゾロの腕の中でルフィが告げる。
抱きしめた体から言葉と共に暖かな温もりが伝わってきた。
「ああ、ありがとう・・・」
顔を埋めたルフィの髪からは潮の香りがした。
<終>
ゾロ誕SS何とか終了です。
延々とクルーの人情話(苦笑)にお付き合いいただき有難うございました。
みんなにゾロ誕を祝わせたかったのですが、勝手な設定の過去話ばかりになってしまい恐縮です。
とにかく無事ゾロルで終わってほっとしました。
ルフィのプレゼントはこの世界。
いずれ自分が手に入れるものだから、堂々とゾロにあげることができるのです(宝払い)。
でも本来は、ゾロもひっくるめて世界は全て自分のものと思ってるルフィですから、ゾロにあげるのは誕生日である「今だけ」です。
指定席はすぐまた返してもらいます。
このプレゼントにあたって、ルフィは他のクルーにも相談したので
例えば船を進行方向を日が昇る東に向けてくれとか、
日の出の時間に起こしてくれとかですね、
残念ながらみんなゾロより先にプレゼント内容を知ってたのでした。
え、逃げましたか、私?
来年のゾロ誕にはきっとこれより進んだものをあげると期待して今年はこれにて失礼します〜〜〜(ダッシュ!)。
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