アツイ★アツイ お話

その日、船の中は朝から茹だるような暑さだった。
ほとんど雲のない空。
陽射しは頭上から容赦なく降り注ぎ、洋上をわたる風は取り合えず吹いていると言うだけで涼しさを望むには程遠く、 狭い船の中でクルーたちはただぐったりとして、この凶器のような熱波が過ぎ去るのを待つしかなかった。

「ねえ・・・夜になったら涼しくなるよね・・・」
濡れタオルを頭に置いたチョッパーが消え入るような声で呟く。
雪国育ちの上、もこもことした毛皮に覆われたトナカイにこの暑さは拷問に等しい。 可哀相に、目に見えて弱っているのがわかる。
「多分ね」
溜息とともにナミが答えた・・・かと思うと、彼女はいきなりがばりと立ち上がって叫びだす。
「・・・っとに何よこの暑さは! 夏島でも近いっての!? ううん夏島じゃないわ、真夏島よ、真夏島!! 冬島は近くにないの!? 誰か見てきて!」
日頃、豊富な知識と観察に基づいた論理的な思考で、船を的確に運航する有能航海士も暑さのためかなり混乱をきたしている。

「まあまあナミさん、冷たいものでも飲んでお気を楽にしてください」
サンジが彼女の前にアイスティーを置き、穏やかに声をかける。その優しい声音に苛ついていたナミもふっと我に返った。
「ありがと、サンジくん。でもあなたの方こそちょっと座って休みなさい」
「ええ、そうします・・・」
チョッパー同様やはり北国育ちのサンジにもこの暑さはかなり堪えているようで、 普段は常にキッチンの中をくるくると動き続けている彼だが、 今回は素直にナミの言葉に従って椅子に腰を下ろすと、ぐったりと頭をテーブルに凭せかけた。

「・・・・・」
ウソップはすでに声もなく床に倒れている。(床は多少ひんやりしてるらしい)
「暑いわね」
ロビンが事も無げに口にしたが、いつになく露出の多い服を着ていることから彼女もかなり暑さを感じているのが分かる。
「ナミさんも暑いでしょう、もう少し脱いだらどうですかv」
「はいはい、そんだけ言えるなら大丈夫ね」
サンジの言葉を軽くかわしたナミが、ふとあと2人足りないことに気付いた。

「アイツらは・・・?」
一堂を見回したが皆力なく首を振る。
「いやね、こっちがぐったりしてる隙にどっかにしけこんでんじゃないでしょうね」
「止めろ、ナミ。考えただけで暑苦しい」
足元からウソップの苦情が飛んできた。
確かに今のこの状況で男2人が絡み合ってる図など、想像するだけで暑苦しさに倒れそうになるが、 しかしあの2人ならありえそうなだけに何となく腹立たしい。

と。
ばたばたばたばた。
突然けたたましい足音が響き渡り、これまた大きな音を立ててばたーんとキッチンの扉が開け放たれた。
むわんとした外の熱気が一気に船内に入り込み、皆がうおっと身を引いたと同時に船長が勢いよく走りこんできた。
さぞかんかん照りの太陽をその身一杯に浴びてきたのだろう、ルフィの体からはものすごい量の熱が放出されている。
「ルフィ、近寄るな、おまえ熱ぃ・・・」
ウソップの抗議は最もで、彼が入ってきただけで室温がおそらく3℃以上は上がっている。

「ちょっとルフィ、あんた何してたのよ」
「俺か?ゾロの筋トレ見てた」
うえーっと心底嫌そうなウソップの声が聞こえ、サンジもナミも顔を顰めた。
この炎天下に筋トレ!?
心頭滅却すれば火もまた涼し、などとは言うが、アイツは暑さを感じる神経がないだけじゃないかと、 口にこそしないものの思ってしまう彼らだった。
(それを傍でじっと見ていたらしいこの能天気船長も同類だ。)

「それ見てて楽しいのか、ルフィ?」
チョッパーは純粋に疑問を感じたらしい。質問は率直だった。
「おお、体鍛えてるときのゾロはカッコいいからな」
この上なく嬉しそうに答えるルフィだが、その言葉に今更もう誰も反応しない。
ロビンがくすりと笑った声だけが空気を揺らした。

「で、終わったのね」
「うん。あ、思い出したぞ。聞いてくれよナミ、ゾロの奴ひでえんだ」
正直あまり首を突っ込みたくないと思ったが、成り行き上仕方なくナミははいはいとだけ答えた。
「トレーニング終わってさ、ゾロが汗拭くだろ。それがまたカッコよくて俺思わず抱きついちゃったんだ」

暑・・・・っ!
声なき声が部屋中に満ちた。
「そしたらゾロ何て言ったと思う、『暑いからくっつくな』だってよ、な、ひでえだろ、それ?」
いや普通はそうだ・・・とはもうウソップでさえ突っ込まない。

と、そこへまたばたばたと重苦しい足音が聞こえ
「ルフィ!!」
ルフィを追ってきたらしいゾロがキッチンに現れた。
運動で上気した体はやはり熱気をむんむんと発し、室温が更に上がった気がした。

「何を怒ってんだ、おまえは!」
「なんだよゾロ、俺がいたらイヤなくせに」
「誰がおまえのことを嫌だって言ったかよ。くっつくなっつったんだ」
「同じことじゃん」
「おまえがくっついてくんのは嬉しいんだよ。ただ俺は汗でべたべただから少し待てって言ったんだ」
すでに2人は傍らで見てる他人の存在など失念している。
喧々囂々(けんけんごうごう)、他の言葉で言えばいちゃいちゃと(苦笑)。
本人たちはそうと自覚してないのだろうがこんなの痴話喧嘩以外の何物でもない。
そういうことは他所でやってくれと、ポツリとサンジが呟いたがもちろんその願いは彼らに届くこともなく、 はた迷惑な言い合いは延々と続く。

「俺がいつおまえにくっついたっていいじゃねぇか!」
ついにルフィがたまりかねたように叫んだ。
「だってなあ俺は・・・えーと俺は・・・」
うーんと口ごもり、視界の先にふとウソップを見て取った船長はぽんと手を打つと、 その顔をきらきらと輝かせ満面の笑みでこう口にした。


「俺はなあ、『ゾロに触ってないと5分で死んでしまう病』なんだ!!」





・・・・・・





「あー暑い暑い」
立ち去る彼らの後姿に心底嫌そうにナミが呟いた。
ルフィの可愛い病気宣言を受けたゾロはうっと微かに顔を赤らめると、 得意満面で見つめてくる船長を小脇に抱え、すぐさまキッチンを後にした。
「何だよ、ゾロ、どこ行くんだ?」
荷物のように抱えられたまま、じたばた暴れてルフィが聞くがゾロは答えない。
来たときと同じようにばたばたと慌しく去っていく。
どこへ行ったのか残された者たちに大方の予想は付いているが。

「お風呂かしらね、それとも男部屋?」
ロビンの問いに、どこでもいいのよアイツらは、と投げやりに答えるナミ。
「・・・あの天然船長のセリフが見事下半身を直撃したってわけね」
「ケダモノは辛抱ききませんからね・・・」
「なあなあルフィたち何しに行ったんだ?」
「よせチョッパー、聞いたら倒れるぞ」


それからしばらく、ゾロとルフィ、2人が潜り込んだ船内のごく一部の部屋の温度は急上昇したとか何とか。
午後になって夏島近海を無事通り過ぎ、元気を取り戻したナミに2人揃ってお仕置きされたとか何とか。

暑い暑い日の、これまた熱い熱い出来事。
そんな一件はもちろん、遥か彼方を目指す彼らの大いなる航海には何の影響もない。


=  ちゃんちゃん♪ =


atogaki
暑苦しい話になってしまいました…。どこが暑中お見舞いなんだか、もう自分でもわかりません。
こんなバカップルがお嫌な方、ごめんなさい…


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