333話その後…  サンジVer.

「引越し」には随分手間がかかった。
思っていたよりも多かった荷物にそれだけそこで過ごした時間の長さを思う。
少しずつ少しずつ。
スプーン一本、塩一ビンにしたところで手に取りやすいように置き換えて。
少しずつ少しずつ。
そこにいるのが当たり前のようになっていたのに。
「船を明け渡そう」
あっさりとそう言い放った奴の言葉に、仕方のないことだと充分承知していたけれど、その拘らなさが憎らしく思えた。



みかんまで引っこ抜いて持ってきたので、全身が土ぼこりにまみれていた。
割り当てられた部屋に行き、風呂のドアを開ける。
水の都の贅沢な造りにへえと感心したが、いろいろと気がかりが山積みで時間が惜しかった。
簡単にシャワーを済ませた後、片っ端から持ってきた残りの食材をチェックする。
宿の主人にいくらか渡し、その代わりに厨房を借りた。

「入るぞ」
言葉と同時にドアを開けた。
多分ノックしても返事は返らないだろうから。
ずかずかと踏み入れても、ベッドに横たわったままルフィは動かない。
それならそれでとワゴンを転がしてベッドサイドまで来ると、サンジは自分もどさりとマットレスに些か乱暴に腰をおろした。
スプリングの揺れにむうとしたようにルフィが顔を上げる。
「…んだよ」
いつも屈託のないその顔が今にも泣き出しそうに歪んでいるのは、恐らく本人は気付いていないだろう。

「メシだ」
「…いらねえ」
だが漂う香りに無意識にだろう、ルフィが鼻をくんと鳴らす。
ルフィは昼から何も口にしていない。腹は相当減っているはずだ。
なのにそう突っぱねる難くなさが腹立たしい。
食欲がないだなんて柄にもない言葉を、未来の海賊王のコックとして受け入れるわけにはいかないと思う。絶対に。

「食え」
「いらねえ」
「…てめえがいらねえなんて言うと、明日暴風雨がくるだろうが。いいから食え」
顎に手をかけて上向かせ、そういったらルフィがくっと笑った。
「いつもはそんなに食うなって怒るくせに」
「今日は特別だ」
そんな顔で見上げるな、何も言うな、早く食え、
サンジはただそう願う。

「…ホントはすっげぇ腹減ってた」
大好物の肉の塊を手に取りながら、へへと小さく笑った。
「だけど…」
「いいからさっさと食え」
ルフィが皿を差し出した。肉に添えたソテーを指差して苦笑する。
「キノコ、こんなに小さく刻まないでいいんだぞ」
俺は食えるから。
そう言うルフィに返す言葉が見つからない。
これからはもう、キノコを小さく刻む気遣いをする必要はないのだと、その事実を思い知る。
自分達の船に、もうキノコを嫌いな人物はいない…。

「悪ぃ…」
「何で謝んだ?サンジのメシはやっぱ美味ぇぞ」
ばくばくと口に運ぶスピードが次第に上がり、ようやくいつもの姿が戻ってきたような気がする。 見た限りでは。
重い…と搾り出すように呟いていた。
そのほそっこい肩にはどれだけのものがかかっているのだろう。
自分はあの剣士のように、それが船長だと背を押すことはできない。
抱きしめてやりたいと思っても、それを望む奴でないことも知っているから、
だからサンジはいつものようにメシを作り、そして
「こぼすな」
足をあげてその頭を軽く蹴る。
痛ぇ、といつもと同じように抗議の声が上がり、それでいいとほっとした。

「食ったらちゃんと片付けておけよ」
それだけ言い残して、立ち上がる。
返事は確認しないまま、さっさと部屋を後にした。
ロビンを探しに行こうと思う。
ウソップの様子を確認しに行こうと思う。
それが自分の大切な船長のために、サンジがすべきことだから。

「長い夜になりそうだな…」
誰に言うとも為しに呟いた言葉が夜に吸い込まれていった。


< 終 >

atogaki
ナミ・ゾロとはまた違うサンジの慰め方。 三者三様、「風呂」「メシ」「寝る」です(おい)。 三つの話はそれぞれ独立してるということで。
             2005.6.20


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