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彼方へ

~ そして俺たちは海に出た ~



わずか2人でありながら、お気楽船長の「じゃ今からそうしよう」の一言で、実にあっさり俺たちは海賊団となった。
町中の人間の感謝の視線と、海軍支部の全海兵たちの敬礼を受けながら帆を広げ海へと乗り出す姿は、 とても海賊の船出には見えないが、隣で能天気に笑っている奴の顔を見るとこれもありかななどと思えてしまった。


空は快晴、風は申し分ない。
航海術を持たない運任せ風任せの俺たちにとっては順調な船旅だった。
海賊団の船にしては少々貧相だがな。
そう言ってやると奴は「そうか?」と麦藁帽子に手をやって、けたけたと笑った。
まったく何が楽しいのだか。
辛うじて大の男2人が横になれるくらいのスペースはあり、小さな帆も張ってあるが、どう甘く見てもこれはボートだ。
俺はそう外見に拘るほうではないが、さすがにこの船で海賊団を名乗りこの先も航海をしようって言うのはちょっとばかり気が引けた。
「ま、でもなんとかなるさ。な、ゾロ」
何がどう何とかなるのか、俺には少しも解らない。
仮にも船長を名乗る分際で実に無責任なことを言いながら、大きな黒い瞳をくるくると回す。
奴のその目は苦手だった。
言葉も思考も全て吸い込まれてしまいそうで、俺は慌てて視線を逸らした。

モンキー・D・ルフィ。
それが俺の選んだ船長の名であり、今のところただ1人の連れだ。
出会ったのは全く偶然の気もするが、それでも当然のように俺たちは協力して戦い、そのまま仲間となり、共に旅立つことになった。
それにしても不思議な奴だ。
船首(この「ボート」の舳先をそう呼んで良いものならば)に片足を乗せ、右手を額にかざし、 その黒い目を一杯に見開いて前方を見つめている。
口元には、不敵な笑みを湛えながら。
大きな瞳がきらきらと輝いているのは、きっと水面の反射のためだけではない。
まだ見ぬ先にある未来を思い、期待と興奮に胸躍らせているからだろう。

奴はただ前を見つめ続ける。
はるか遠く、彼方を。

そこに先ほどまでの子供染みた無邪気な顔はなかった。
海賊王という究極の高みを目指し、ただ走り続ける強い決意を秘めた男の顔だ。
「おい」
何だか落ち着かなくなって呼んでみたが返事はない。
「おい」
もう一度、今度は少し強い口調で呼ぶと奴はゆっくりと振り返った。
「何だ、ゾロ?」
「何を見てるんだ?」
問いかけた自分に驚いた。他人にこんなこと聞いたのは初めてだったからだ。
普段他人の行動に興味も関心もない俺は、いちいち詮索するなんてことはしない。
たとえたった一人の同乗者だろうと、そいつが何していようが全く頓着しない・・・はずなのだ。
それなのに、何故か今は奴の見ているものが気になって仕方がないという、自分でも説明の付かない不思議な気分を味わった。

「見てるもの?・・未来だ」
俺を見た奴の表情が緩んだ。楽しそうにそう言って笑う。
「見えるのか?」
あまりにきらきらとした笑顔を返すものだから、俺は些か意地悪な気分になったのかもしれない。
少しばかり皮肉を込めて尋ねたが、奴には通じなかったようで、
「いーや、見えねえ。でも・・・それを追っかけてる俺の姿は見える」
躊躇うこともなく、さらりと返してきやがった。

「未来もちゃーんと俺は海賊王に向かって走ってるぞ。
そんでな、俺の隣にはやっぱりおまえがいるからな、安心しろよゾロ」
なに言ってやがる。何が「安心しろよ」だ。
図々しい物言いに一発どついてやろうと思ったが、あまりにいい顔をしているので毒気を抜かれた。
どうも情けないことに、俺は一瞬奴の屈託ない笑顔に見惚れてしまっていたらしい。
はっと気付けば奴が隣に腰を下ろして俺を覗き込んでいた。

「なんだ?」
「んーや。ゾロ、おまえってかっこいいよなあ・・」
しみじみと、何言ってるんだ、こいつは。
「さっきの闘いなんて、すげえ強かったし。刀3本使う奴なんて初めて見たぞ、俺」
「ありがとよ」
他にどう言って良いか解らず、取り敢えずぶっきら棒な礼を返したが、 それに気を悪くするでもなく、奴はまだ一人でうんうんと頷いている。
「やっぱ、ゾロはすげえ。強いしかっこいいし。
おまえが仲間になってほんとに嬉しいぞ、俺」
奴の基準はよく分からないが、その言葉にまた俺の悪意が頭をもたげた。
また少し意地の悪いことを口にしてみたくなったのだ。

「おまえ、俺がなんて呼ばれてたか知ってるか」
「知ってるぞ、野獣だろ」
「魔獣だ!・・・そんな俺をおまえは飼いならせるのか?」
僅かに目を細めて挑むように見てやった。

そう、俺はこれでもそこそこは腕が立つ。
人の血を食らう「魔獣」と呼ばれ恐れられ、今まで一人でこの海賊時代の海を渡ってきたのだ。
誰かの下に付いてやっていくタイプではない。
おまえが気に食わなけりゃ平気で叩き切って飛び出していく、俺はそんな奴なんだぜ。
そんな俺を欲しがって、おまえは仲間に引きづり込んだ。
さあ、どうする?

・・・・そんな脅しをかけてみたのに、
「は?何言ってるんだ、おまえ馬鹿か」
返ってきた声は実に間の抜けたものだった。
「なんだと!」
いきなり馬鹿呼ばわりされて思わず腰のものに手をかけたが、奴は飄々として続ける。
「俺はおまえを飼うつもりなんかねえぞ。俺は仲間になれって言ったんだ、部下になれなんて言ってねえぞ」
俺の苦手な大きな瞳が、一層大きく見開いて俺を射る。
「だからおまえが船を下りたくなったらいつでもそうしていい。
俺は止めるけど・・・それこそ命をかけてでもな。
おまえが俺を斬って出て行くか、俺がおまえを殺してでも引き止めるか、 どっちかわかんねえけど、やりたいようにやりゃあいい。おまえが決めろ」
その顔に不釣合いな物騒なことを平然と口にする。
しかも決定権をこっちに投げてよこしやがった。
ズルイ奴だ。
離れたくなったらいつでもそうすりゃいい、と言いながらそう簡単に離してくれるつもりはないらしい。
そのときはこっちも命を懸ける覚悟をしろということだ。

「ゾロ、俺はおまえには負けねえ。死んでも離さねえから覚悟しろよ」
不適に奴が笑う。
俺を見る瞳は黒く深く、しかしその奥にはギラギラとした野生の獣のような危険な光を宿している。
またこいつの違う顔を見たと思った。

無邪気に笑う子供のように無垢な顔。
一途な夢を追う男の強さに溢れる顔。
野生の獣の本能を秘めた危険な顔。
そのどれもがモンキー・D・ルフィ、こいつだ。

面白い、・・・俺は心底そう思った。
こいつにはあとどれだけの顔があるのだろう。
誰よりも傍にいて、まだまだ底知れぬこいつを見ていたい。
そう思う自分に気付いた瞬間、俺はこいつからもう離れられないのだと悟った。

「どうしたゾロ?」
再び子供の顔に戻った奴が、きょとんと俺を覗き見る。
「何でもねえよ」
奴の手管にあっさり陥落した悔し紛れにその頭に拳骨を落とし、そして俺は目を海に向けた。


俺たちの行く未来は水平線の彼方に遠く霞んでいる。
だが不安は何もない。

「今日からは2人で冒険だな、船長」
そう言って振り向くと奴が嬉しそうに笑っていた。


= 終 =

atogaki
ゾロが落とされた瞬間の話(笑)


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