星に願いを

7月7日の夜に
長方形に切った紙に願い事を書き、色とりどりの飾りと一緒に笹の枝に吊るして祈る。


そんな遠い国の風習を、いつだったか本で読んだ。


星に願いを。
まるで子供の夢物語。 なんともロマンチックなことだと、ナミは冷ややかな思いを胸に浮かべて苦笑した。
願い事を紙に書くだけで星が叶えてくれるなんて、そんな上手い話を信じるほど、
あるいは信じるふりが出来るほど、もう自分は可愛くない。
世間の荒波に散々もまれ、そしてしっかり身についた泥棒家業の中で学んだのは、
望む結果を得るためには必ず見合った報酬が必要なのだということ。
得体の知れない星よりも、一億ベリー払えば村を返すと約束したあの男の方が、今の自分にはよほど信じられる交渉相手だと思った。


目指す先は長い。
一億ベリー貯めると決意して数年。まだその半分もたまってなかった。
海の上はただただ広く、暗く、伸ばした手はどこにもたどり着けぬまま空を彷徨うばかりだ。
故郷の村は遥か彼方にあり、懐かしいみんなの声は記憶の中からもももう聞こえてこない。
遠い。
何もかもが。


そんな長い航海の途中で立ち寄った島、そこではちょうど「七夕」という星の祭りの最中だった。
港から島の中央に向かって伸びた市場や、家々の軒先。
そのあちこちに赤や青や金銀とりどりの飾りをぶら下げた笹が置かれ、目にも鮮やかに風にそよいでいる。
市場の一角に設えられたテーブルの上には短冊形に切った紙とペンが置かれ、人々は大人も子供も競うように そこで願いを書いては、嬉しそうな顔でこよりを笹に結び付けている。
ナミが何気なくその短冊に目をやれば、


「世界一のケーキ屋になれますように」
「おばあちゃんの病気が治りますように」
「いっぱい泳げるようになりたい」
「家族みんなが幸せでありますように」


馬鹿みたい。


思わず呟いてしまった。
書くだけで願いが叶うなんて・・・そんな都合のいい話あるものか。
何を思ってこんな簡単に願いを書けるのかと、呆れるよりむしろ悲しくなる。
世の中はそんな綺麗なものじゃないのに・・・と。


「お嬢さんどうしたね」
呼びかけられて振り向くと、一人の老人がナミを見てにこにこと微笑んでいた。
「他所の国の人だね。七夕祭りは初めてかい?」
「・・・ええ、本で読んだけど見たのは初めて」
「せっかくだから、お嬢さんも何か願いごとを書いてお行きなさい」
「いえ、あたしは・・」


真剣な老人の目を見返すことが出来なくてナミはそっと目を伏せた。
自分の願いを星が叶えられるはずがない。
できるのは唯一つ、一億ベリーの札束だけだ。


「すぐには無理かもしれないがね、強く思った願いはきっといつか叶えられるよ」
「まさか」
ぶんぶんと首を振って必死に否定する。
そんなことありえない。
ありえっこない。


「大丈夫、しっかりと願い続けていなさい。星は誰の上にも平等に輝いているのだからね」
「本当に・・・?」


本当に。
本当に?
縋るように見つめた老人は優しく頷いてくれた。
本当に望んでいいのなら・・・。
震える手で、ナミはペンを手にした。



******



「これに願いごとを書くのか?」
「そうすると星が叶えてくれるんだとよ」
「なんでもいいのか?」
「おお、なんだっていいぞ・・・ってナミが言ってた」
「へ〜すげェ、それって不思議星だな」
「なあルフィ、ウソップ、オレにも短冊とってくれよー」


大騒ぎの年少3人組に、早く書いちゃいなさい、と軽く声をかける。
うひゃひゃと楽しそうに笑いながらこねくり回す短冊に、肉とか海の男とかドクトリーヌといった文字が見え隠れしているのを微笑ましく思う。


「はい、これサンジくんの分」
「じゃあオレはナミすゎ〜んとロビンちゃんがいつまでも美しくありますようにと願いますねぇ〜〜」
「はいはい」
「あああ、そんなそっけないナミさんも素敵だぁ〜っ」


「ロビンも書くでしょ?」
「ええ、もちろんよ」
「あら、どんなことを願うの?」
「内緒、ふふふ」


ゾロの故郷では七夕祭りの風習があったそうだ。
笹に飾りをつけて願いを短冊に書いて・・・なんてことをうっかり口にしてしまったものだから、それを聞いた面白いこと好きの船長が黙っていられるわけもなく、 案の定オレも七夕をやりたいと言い出した。
なんだかんだいっても船長に甘いこの船の面子、
大急ぎで次の島に船を寄せ、材料を調達して早速船長の願いを叶えてやることにした。
とはいうものの、如何せん唯一の体験者がゾロだ。
たぶんそんな感じだろうだの、よくわかんねえだのと、なんとも覚束ない。
結局は、おぼろげながらも知識として知っているロビンやナミが取り仕切る破目になっていた。


大きな笹に、色紙を切ったり貼ったり、様々な飾りを作ってそれらにこよりを通して枝に下げる。
ヤッホーといいながら、大きな星を持ったルフィが騒いでいる。
たぶんこんな感じかしら?
少し違う気がするんだけど・・・、と笹を見ながらロビンが首を捻った。
星や鈴やオバケ、色紙の輪っかやプレゼント、
皆で思いつくものを何でも下げたものだから、クリスマスやらハロウィーンやら、なんだかいろんな行事が混じってる気もするけれど、 これはこれで自分たちらしいと思うし、何よりもすごく楽しいからナミは充分満足だ。


「はいこれ、アンタの分の短冊」
船べりに凭れてじっとこちらを見ていたゾロに紙とペンを手渡すと、意外に素直に受け取りながらゾロはじっとナミの顔を見上げてきた。
「なによ」
「お前も書くのか?」
「当たり前でしょ」
「ふん・・・」
「なに?」
含みのあるゾロの態度に何ごとかと問いかける。
「いや、お前が何かに願いをかけるなんて珍しいと思ってな」
「あら、ばかね。ゾロ、知らないの?」


星はちゃんと願いを叶えてくれるのよ


例え時間はかかっても。
強く強く願いさえすれば。




あの日、東の海の今はもうどこだったかも思い出せない遠くの島で。
震える手でナミは短冊に願いを書いた。
望むことは唯一つ。


「自由になりたい」


数年の歳月を経て、願いは本当に叶えられた。
時間は要したけれど、ナミは今、こんなにも自由だ。
笹と短冊と星と・・・そして目の前にいる大好きな仲間たちのおかげで。


「今度はなんて書こうかしら?」
あん?と聞き返してきたゾロに向かって、ナミはひらひらと短冊を振ってみせる。
「やっぱりお金、かしらね」
そう言ってくすりと笑った。



= 終 =

atogaki
今年もナミ誕に寄せてSSをv
ありふれたタイトルと内容で申し訳ありません。
とっても素敵な彼女の誕生日を心からお祝いいたしますv
                  2006.7.5


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