ラムボール(2005年バレンタインネタ)

いつもの時間にいつもの場所で、
いつもの如く昼寝を決め込んでいたゾロはいつもと違う気配に目を覚ました。
片目を開けて窺えば、自分の隣に腰を下ろしてのんびり煙草をふかすコックの姿がある。
「居眠り剣士のお目覚めかよ」
こちらも見ずに口元だけでにやりと笑う態度が気に食わないと寝惚けた頭で思った。
「珍しいな」
ぼりぼりと頭をかきながら身を起こし
「てめえがこんなとこにいるなんてよ」
ゾロは率直な感想を述べた。
サンジが昼間にこんな風に座ってのんびり煙草をふかす姿はあまり見たことがない。
職業上、食事だおやつだと常に忙しなく(そして楽しそうに)動き回っている彼だから、 一服するにしろキッチンの外でちょこっとという程度だ。だから何だか違和感があるのかもしれない。
「あそこにいなくていいのかよ」
くいっと顎でキッチンをしゃくって示すと、まあなとサンジは笑って大きく煙を吐き出した。
「今日のキッチンはご婦人方の貸切だ」
「あ?」
ゾロは首を捻った。
「クソ鈍感」
「?」

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「今日は2月14日だ」

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「この匂いは何だ?」

言われるまでもない。さっきから甲板には甘ったるい匂いが充満している。これは・・・
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「チョコレートだ」

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ふとゾロは顔を上げた。

「バレンタインか」
「クソ遅ぇよ、・・・ていうかおまえも一応知ってたんだな」
失礼なサンジの言葉だが、ゾロにだって一年に一度何故かやたらに女がチョコレートをよこす日と言うくらいの知識はあった (実際ゾロは子供の頃から結構もてていたので)。 最もそれが「女が好意を持つ相手にチョコレートを送って気持ちを伝える」という まだるっこしい日だと知ったのはつい最近のことだが。
「ナミさんとロビンちゃんが俺たちに愛vのこもったチョコを作ってくださるんだそうだ。てめえもじっと待ってろ」
「・・・・・俺は後が怖いが」
あの航海士がただで物をくれるはずがない。ぽつりと漏らしたゾロの呟きは、もちろんうきうきとしたラブコックには届かなかった。

のんびりとした時間が過ぎていく。
いけ好かないコックが隣にいる閉塞感と、止むことのない甘ったるい匂いにゾロが幾分うんざりしてきた頃、
「ほらよ」
サンジがゾロの前に小さな箱を出した。
「何だ?」
「特別に中を見せてやる」
誘いに乗るのは癪だったが、ゾロも暇だったので興味を引かれて箱を受け取り開けてみる。
中には丸くて小さな粒が1つ入っていた。周りにうっすらと白いものがまぶしてある茶色い塊だ。
「何だこれは」
「チョコレートさ」
「・・・・やめろ、気色悪い」
「誰がおまえにやるか!」
飛び上がらんばかりの勢いでサンジはゾロから箱をひったくる。
「鳥肌もんの勘違いすんな、クソまりも!!」
そしてこれは俺のだ、と大事そうに箱を内ポケットにしまう。
普通ならここで誰にもらったんだとか聞いてやるのが大人と言うものだが、もちろんゾロにそんな気遣いはない。
コックの惚気に付き合うのは馬鹿馬鹿しい、と思い再び横になったくらいだ。

が。
「こいつはルフィにもらったんだ」
その言葉にゾロはがばりと跳ね起きる。いっそ見事な反応に横ではサンジが腹を抱えて笑っていた。
「てめえ、エロコック…」
「わっかりやすいな、おまえは」
目に涙すら浮かべて笑うコックにゾロは心底殺意を覚えた。
「もう一度言ってやろうか。これは、ルフィが、お・れ・に、くれたチョコレートだ」
「何でルフィがてめえにやるんだよ」
「さあねえ、俺が好きだから、とか・・・うおっと危ねえ!」
閃く刀身を、咄嗟にサンジは身を捻ってかわす。
「妬くな、クソ剣士」
「誰がだ!」

「これはラムボールっていうのさ。ベースはビスケットでも何の種類のケーキでもいい。
つなぎはクリームでもジャムでもいい。混ぜる酒もラムでもブランデーでもリキュールでも何でもいい。
ナッツ、マシュマロ、レーズン何を入れてもいい。
混ぜて丸めて、周りにはナッツでもチョコでもココアでも好きなものをまぶしていい、そんな自由な菓子だ」
ナミたちにチョコレート菓子のレシピを相談されたとき、横で聞いていたルフィがこのラムボールの話に目を輝かせた。
「わがまま船長め、これは絶対自分が作るって言い張るんだぜ」
「男が男にチョコやって何が楽しいんだ」
そのときのルフィを思い出してかどこか楽しそうなサンジだが、 一方いまだサンジの内ポケットにあるものが引っかかるゾロは眉間の皺も深くサンジを睨みつける。

「ばーか」
サンジが笑った。
「だからおまえは天然記念物なんだよ」
「んだと!」
「相手を好きだって気持ちに男も女も関係あるかよ。 作るにしろ買うにしろ、贈り物ってのは好きな奴に向けて自分の思いををありったけこめてるんだ。 まりもごときが四の五の言ってんじゃねぇよ」
言い返すことができない。サンジの言ってることはおそらく正しい。
だがそれをちゃんとわかっていることすらも実は悔しくて簡単に認められない。
「ルフィは船長だ。特にあいつは乗組員を大事に思う船長だぜ」
ゾロの内心の葛藤を見透かすかのようにサンジが、な?とそのブルーの瞳を向けた。

「みんな、ちょっと集まって〜〜」
キッチンから響いたナミの声に2人の間で張り詰めていた空気が揺らいだ。さすがのゾロも中断を余儀なくされ、ほっと息を継ぐ。
「はぁ〜い、んナミさゎ〜ん、ロビンちゃゎ〜ん、待ちかねてましたぁ〜vv」
さっきまでのゾロへの態度を豹変させ、ハートマークをあたり一面に飛び散らしながらサンジがいそいそと立ち上がる。
「ほらミドリムシ、おまえもさっさとしろ」
その一方でゾロには険しい顔を向けて軽く蹴りすら入れながらサンジはキッチンへ向かった。



* * * * * * *



ゾロが遅れてキッチンに入ったとき、すでにプレゼント贈呈は終わっていた。
サンジはもちろんウソップもチョッパーも嬉しそうに包みを開けながら、チョコを頬張っている。
「結構美味いな、ナミ」
「あったりまえでしょ。そうそう、来月はもちろん期待してるからねv」
Vサインを見せるナミにウソップがうっと喉を詰まらせた。

「なあなあ、この丸いチョコはロビンが作ったのか?」
ナッツをいっぱいにまぶした塊を手にしながらチョッパーが尋ねる。
「いいえ、これは船長さんが作ったのよ。 ・・・あら船医さんと私のは違うわね、私のは周りがココアだしカシスリキュールの香りがするわ」
「ホントだ、あたしのはチョコでコーティングしてるし、オレンジの香りがする」
「サンジのはココナッツか、俺とチョッパーはクルミがまぶしてあるぞ」
「中身もよく見ろ、ウソップはマシュマロでチョッパーはレーズンだ。俺たち一人一人みんな違うんだぜ、これは」
へ〜と全員が目を丸くして手の中のラムボールを見つめる脇で、 その送り主は体中をチョコでべとべとにしながら嬉しそうに立っていた。
チョッパーがルフィありがとなー、と飛びつくのを抱きとめ、へへへと得意げに笑う。

「あ、ゾロ!」
ようやく現れたゾロを見つけルフィが小箱を持って走り寄った。
「ほい、これはゾロの分」
「ああ・・・」
ゾロのはどんなんだ?とウソップが興味津々に近づいて覗き込むが、箱の中から取り出されたのは何の変哲もないただの茶色い塊。
「??????」
ウソップは首を傾げ、他のみんなもおやと見やる。
「あれってただのチョコの塊じゃないの?」
「ええ私にもそう見えるわ」
「いや中身が凝ってるってこともありますよ」
女性陣とコックがひそひそ話すのを聞きながら、ゾロはぱくりと口に入れた。
これまた何の変哲もないチョコレートONLYの味がする。
「悪くない」
みんながじっと見守る中、ゾロはそう言ってルフィに笑ってみせた。ルフィもその言葉に満面の笑みで応える。
「ありがとよ、ルフィ」
なあなあおまえのはどんな味がしたんだ???とまとわりつくウソップを払いながら、ゾロは右手を軽く振ってキッチンを出て行った。



* * * * * * *



「美味かったか?」
見張り台のふちに手をかけてひょいっとルフィが顔を出す。
ああと頷いて、こっちへこいとゾロは目で示した。
ぴょんと身軽に飛び越えて、ルフィはゾロの横に座る。
「なあなあ俺頑張ったろ?」
「ああ、コックも感心してた」
お世辞にも器用とはいえないごちゃごちゃした船長だが、 今回乗組員全員に手渡されたチョコは見事なほど綺麗に仕上がっており、サンジもかなり驚いていた。
合計6人分。いろいろ手を変え品を変え。
「みんなの顔を思い出しながら作ってたらあっという間にできたぞ」

ウソップはナッツが好きだ
ロビンは大人だからこんな香りのお酒が似合う
サンジはお洒落だから周りを綺麗に飾ってやろう

そんなことを考えたんだとルフィは言う。
大事な一人一人を思い浮かべて心を込めて。
あの時コックが言っていた贈り物の定義。テストがあるならルフィは満点だなとゾロは思った。
「で、俺はあれか」
何の飾りも他の中身もないただのチョコの塊。
ゾロという人間にルフィはそれを贈った。
「最後にゾロのこと考えたんだ。そりゃもう頭バクハツしそうなくらい考えた。 ゾロは何が好きだろうとか、どんなのを見て喜ぶだろうとか。
うーんとうーんと考えて、やっとわかった」
にっと、大きな瞳がゾロを見上げて笑う。

「ゾロが好きなのは俺だ」
取っておきの一言がその唇に上る。躊躇いもなく堂々と口にするルフィにゾロは苦笑するしかない。
「ご名答」
「だからなんもつけなかった。あれに入れたのは俺もゾロを好きって気持ちだけだ」
「ああ、わかってるよ」
それは口に入れた甘い塊を通してゾロにもしっかり伝わってきた。
飾らない、混ざりものもない、生のままの真っ直ぐな思い。
「かなわねえな、おまえには」
「お?俺の勝ちか」
しししとルフィが笑う。
この野郎とゾロがルフィを引き寄せその口の端をぺろりと舐めた。
「甘ぇな」
「まだチョコが付いてるんかな?」
洗ったのにとルフィが自分でも口の周りを舐めて首を傾げている。
「よくわかんねえ」
「じゃあ俺が調べてやる」
「少しだけだぞ」
そっとルフィが目を閉じた。



= 終 =

atogaki
甘〜〜〜いっ!!(スピードワゴン風に)
一日遅れのバレンタインネタは自分でもよくわからないまま何とも甘いゾロルテイストで終わってしまいました〜〜。 (ただ今逃走中)
ラムボールは残り物を活用できる素晴らしいお菓子です。
                 2005.2.15


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