天気は良好、波も穏やか。
こんなときの船長と剣士はものすごく暇だ。
航海士やコックや狙撃手兼任船大工や船医は、こんなときでも何かしら用事があるもので、皆それぞれ忙しく立ち働いている。
考古学者も暇だから本を読むわけではなく、職業上の知識を増やすために本を読むのだからもちろん暇では無い。
戦闘時ならいざ知らずこんな平和な時間、普通の生活面での常識が若干欠如している感のある2人は、
穏やかな日常のルーティンワークから放り出されてしまう。
とは言えゾロはさっさと甲板で昼寝の体勢に入っており、船長と違って暇をもてあましているわけではない。
困っているのは船長1人。
いつもの遊び相手たちは忙しく、といって自分のする仕事は無い。
殊勝にもコックに何か手伝おうかと聞いたものの、その手が出来立てのスープに伸びたのですぐさまキッチンから蹴りだされた。
さっきからあっちへうろうろこっちへうろうろ。
そんな船長の姿に、まるでガキだな・・とゾロは思う。
結局誰からも弾かれてすっかりしょ気てしまった船長に、さてどうしたもんかと思っていたところ、
やはりその姿が気の毒に映ったか、ヒールの軽い音を鳴らして航海士がやってきた。
はいこれ、と紙と色鉛筆をルフィに渡す。
これで絵でも書いてろということらしい。
まるでつまらないとごねる子供を宥める母親だ。
2人を見ながらゾロはそんなことを思ったが、船長が大事そうに紙と色鉛筆を抱えて彼女に礼を言うので、
上手く誤魔化された船長のお子様っぷりにそれはそれでいいかと苦笑した。
ぺたぺたと草履を鳴らす音が近づいてくる。
紙と鉛筆を抱えたルフィはゾロの傍までくるとすとんと腰を下ろし、嬉しそうにごそごそとその荷を広げ始める。
ここですんのかよ・・・
何故わざわざ傍に来るかと思ったが、そっと開けた目に飛び込んできた、いかにも楽しくてはちきれそうな笑顔に、
結局まあいいかとまた目を閉じた。
一方準備万端整ったルフィは、さて何を書こうか首を捻って悩み始める。
うーんうーん・・・
えーとえーと・・・
隣でいつまでも悩み続ける唸り声を聞かされるゾロはたまったものではない。
少々イラついてきたそのときだ。
突然ぐらりと船が揺れて、グランドラインではすでに何度も出会っている大イルカが船のすぐ脇でジャンプした。
小振りな彼らの海賊船くらいの大きさはゆうにあるイルカだ。
イルカの飛び出す勢いにはじけた水飛沫が船全体に降りかかる。
あちこちで水滴が太陽の光を受けて鮮やかに輝き、反射した光のプリズムが空中に虹を描いた。
うおっ
子どものような単純な歓声を上げて船長が笑う。
よーし
続いて聞こえた声にああ今の虹を書くつもりかと得心した。
カツカツとかサカサカとか、軽い音を立てて鉛筆が紙の上を滑る。
絵の下手な船長ではあるが、さすがに虹くらいはそこそこ描けるのだろう、順調な筆捌きだ。
ちらりと薄目を開けて見れば、白い紙の上に広がる幾筋もの色の帯。
微妙に色が違う気がする。
「何だ、これは?」
つい疑問が口をついて出た。
ルフィは顔を上げ、ゾロ起きたんか、とその目を輝かせる。
「虹だ」
虹・・・?
「虹の色とは違わねえか?」
率直に尋ねれば
「いいんだ、これは俺の虹だから」
そう言って笑った。
さっきまでの妙な色合いの5色にあと2色。
茶
紫
2本の帯を描き加えて、満足そうにルフィは色鉛筆を置いた。
完成した虹の絵を手に持って、どうだ?と意気揚々とゾロの前にかざす。
どうだって、おまえこの色は・・・
そう言おうとして気付いた。
よく見知った7つの色。
「・・・おまえの虹か」
「ああ俺の虹だ」
ようやく気付いたゾロにルフィがにっと笑ってみせた。
キッチンから甘い匂いがする。
あれはサンジが船長のために焼いているおやつのケーキ。
もうすぐドアが開いて、黄色の髪がルフィを呼ぶのだろう。
すごい飛沫だったわね
橙色の髪を揺らしてナミがやってくる。
ルフィ描けた?とその手元を覗き込む。
ルフィ、お待たせー
船室から仕事を終えたウソップとチョッパーがかけてくる。
黒いくせっ毛と茶色の毛が絡まりあいながら真っ直ぐにルフィを目指す。
手すりにもたれたロビンが静かに微笑んでこちらを見ている。
紫水晶のような深い色の瞳は穏やかに船長を見つめていた。
いくつもの色に彩られた、この船の優しい空気がルフィを包む。
「次は何色だろうな」
ルフィがゾロを見て嬉しそうに笑った。
「虹は7色じゃねえのか?」
わざと意地悪く言ってやったのに
「俺の虹の色は無限なんだ」
返ってきたのは得意げな言葉。
へえ。
さも当然と言った無邪気なありように思わず笑いがこぼれてしまった。
そりゃあ広い広い虹の帯ができることだろう。
その広い虹の帯を渡って、ルフィは夢の終点まで走り続ける。
何色ものある虹の全ての夢も共に引き連れて
いつものようにその顔には満面の笑みを浮かべながら
そうしていつか夢が待つその地へ降り立つのだ。
・・・その光景が容易に想像できるから、ゾロは改めて目の前の細っこい船長の大きさを思い知る。
無限に増えるという色の帯。
そのスタートとなる彼の赤い色の隣に、自分の髪と同じ緑の色があることが他愛もなく嬉しい。
どこまでも広がり続ける彼の虹の中で、自分はずっと隣にいることを許されているのだと、
自惚れでもなく信じられるから。
そんな自分の単純さに苦笑しながら、それでも思いを馳せるのは
海賊王の隣に立つ大剣豪。
悪くない光景だった。
「おまえとは一番に約束したからな」
まるでこちらの心の中を見透かしたかのように、虹を手にしたルフィが笑った。
= 終 =
ルフィの、俺の虹=クルー。
何色まで増えるんでしょうね。
今ある7色は髪や服の色から私が勝手なイメージで決めました。すみません。