ばしゃばしゃと、窓のワイパーはさっきから右へ左へ大忙しの活躍中だ。
朝からどんよりした空だったが、夕方になって突然の豪雨。
そういえば朝の天気予報でそんなこと言っていたかもしれないと思いながら、ゾロは車を側道に止めた。
「どうした?」
助手席からのんびりとした声がかかる。
「前が見えねえ。少しここで休憩だ」
どうせ急ぐわけでもない。
そっか、と頷いて隣から伸びた手がカーラジオのスイッチを入れた。
今日、ルフィを誘って初めてのドライブに出た。
流れてきた曲にあわせ、隣で楽しそうに鼻歌を歌っているルフィは近所に住む2歳年下の幼馴染。ゾロとはもう十数年の付き合いになる。
昔はいつでもルフィと一緒だった。
泥だらけになって日の暮れるまで一日中ずっと一緒に遊んだものだが、年を重ね2人はいつの間にか高校生と大学生になっていた。
別の学校、別の友人。
それぞれの環境で勉強や運動に忙しく過ごす日々に会う機会も減り、自然2人の距離は少しずつ遠くなっていくようだった。
昔は手を伸ばせばすぐ触れることのできた存在が次第に離れていくことに、ゾロが微かに焦りを感じて始めたそんな頃。
もうすぐ夏休みも終わりだと、盛りを過ぎた蝉の鳴き声がそう告げる。
久しぶりにルフィがゾロを訪ねてきたのはそんな頃だった。
溜まりに溜まった宿題を手伝ってくれと、久しぶりの再会にもかかわらず悪びれもせずそう言って笑う。
真っ黒に焼けた眩しい顔に、遊んでばかりいるからだと年長者らしく喝を入れ、久しぶりにゾロとルフィは並んで机についた。
「ゾロ」
「ん?」
「こうやって勉強すんの久しぶりだな」
「ああそうだな」
屈託ないルフィの笑顔に思わず笑いがこみ上げる。
「ゾロ」
「ん?」
「おまえ全然変わってねえな」
「そうか?」
それは自分の方だろうが、と思う。
「ゾロ」
「ん?」
「何か楽しいな♪」
「・・・まあな」
くるくると、よく動く瞳に吸い込まれそうな気がした。
「ゾロ」
「てめえいい加減にシャーペン動かせ!」
「・・・ってぇ!!」
すっかり手が留守になったおしおきにごつんと拳骨を一つ。
そんな会話を繰り返しながら、目の眩むほど大量にあった宿題を2人してどうにか片付けた。
「ありがとな、ゾロ」
語尾に音符のつきそうな声音でルフィが嬉しそうにゾロに飛びつく。実際80%はゾロのおかげによるのだから当たり前だろう。
「じゃあ礼をしてもらおうか」
「えっ!?」
突然のゾロの申し出に、まさかそう出られるとは思ってなかったらしく、ルフィは警戒してあとづさる。
ちょっとおびえた顔にゾロがにやりと笑った。
「んな顔すんな。ちょっとドライブに付き合ってもらうだけだ」
「おお、そんなことならいいけどよ。でもゾロ免許持ってたのか?」
「ああ、一昨日とった」
「げっ、じゃ初心者じゃんか」
「文句あるか」
「・・・ない」
さすがに世話になった手前、露骨に嫌な顔もできないルフィだ。
そして2人してゾロの父親所有の「練習用ボロ車」(ゾロ命名)で、少し離れた隣町までドライブに行くことにした。
その途中での激しい雨。
運転初心者にはさすがにキツイ状況だ。
果たして無事帰り着けるのかと言う不安も過ぎったが、
一方のルフィはそれを気にするでもなく相変わらずふんふんと鼻歌混じりの上機嫌なまま、額を窓に押し付けるようにして外を見ていた。
「すごい雨になったな」
「うん、そだな」
振り向いたルフィが、白い歯を見せてしししと笑ったのでゾロはぎくりとする。
昔からルフィがこの笑い方をするときにはろくなことが無いのを思い出したからだ。
そんな予感はずばり的中。
「ゾロ、外に出よう!」
一番考えたくなかった言葉がルフィの口から飛び出た。
「ああ!?」
「きっと面白ぇぞ、な、出よ!」
言うなりルフィはゾロの静止も聞かずドアを開けて外に出た。
ひゃーとか、うおーとか、実に楽しそうな叫び声が聞こえてくる。
成り行き上仕方なくゾロもルフィを追って車外に出た。
途端に大きな雨粒が頭上から叩きつけてくる。
「おお、来たかゾロ。すっげぇ雨だよな〜」
「バカ言ってんじゃねえぞ、てめえ」
拭っても拭っても顔の前に滴り落ちる水滴に苛ついて、ゾロの声に怒気がこもる。
だがそれもルフィに通用するわけもなく、
「面白ぇな、ゾロ」
けたけたとルフィは笑った。
確か車に傘が積んであったと思い出したが、今更それも無意味だと悟り、ゾロは諦めて嘆息した。
降りしきる雨の中を傘も差さず、全身びしょ濡れになりながら歩く2人連れ。
時折行過ぎる車はきっと何事かと思うに違いない。
ルフィと並んで歩きながらゾロはそんなことを思う。
それなのに何を気にすることもなく、ルフィは心底楽しそうにはしゃぐ。
水溜りに勢いよく両足で飛び込む。
街路樹にダイブし、さらに雨粒を撒き散らす。
雨が頭と言わず顔といわず全身に叩きつけてくるのに、全くお構い無しだ。
「ガキ」
「うーるせぇ♪」
そのあまりの子供っぽい仕草に思わず呟いたゾロに、ルフィが振り向いて笑った。
にっと、昔と全く変わらない無邪気な笑顔。
不意をつかれてゾロは固まった。
柔らかな黒髪は水を滴らせじっとりと顔や首に張り付き、シャツもズボンも濡れそぼってルフィの細身の体にまとわりついている。
その姿に・・・ドキリとした。
ゾロは自己嫌悪を覚える。
相手は幼馴染の男子高校生。
太陽みたいなキラキラした笑顔の健康優良児。
どこをどう叩いてもそれ以外の形容詞は思いつかない元気印の少年だ。
それが全身を濡らして雨の中を歩いている姿に「感じる」なんて、欲求不満もいいところだ・・・。
でも。
全裸の女より、SEXしているより・・・エロチックだと感じるのは気のせいだろうか。
何だよ、これは。
何だって自分の心臓はこんなに動悸を早くしているのだろう。
「おーい、ゾロ」
急に押し黙ってしまったゾロにルフィが呼びかける。
あ?と振り返れば
「な、楽しいだろ?」
とまたぐっしょり濡れたあの笑顔を向けられ、
ああダメだ、とゾロは観念した。
手を伸ばし、ルフィのびしょびしょの体を引き寄せ、しっかりと抱きしめた。
「ゾロ?」
わかっているのかいないのか、きょとんとした声でルフィがゾロを呼ぶ。
ゾロは何も答えない。
軽く肩を竦めると、ルフィはそっとゾロの背に手を回してきた。
「ルフィ・・・?」
だが今度はルフィが何も答えない。
そのまま雨の中、2人は無言で長いこと抱き合った。
くすくすと腕の中で声がする。
「どうした、ゾロ?おまえ震えてるぞ?」
ゾロに包まれたまま、ルフィが笑っている。
「雨が冷てぇんだよ」
更に腕に力を込めてルフィを抱きなおしながら、ゾロはそう答えた。
= 終 =
ダビィンチ9月号に載っていたジャパニーズエロティシズムについてのコラムにあったエピソードのゾロルバージョン。
一度やってみたかったのです、ごめんなさい。
タイトルは「冷たい」なのに熱々じゃん、て感じですね。
パラレルで学生設定を書いたのは実は初めてです★
書きやすいような難しいような。
この後ぐっしょり濡れた2人はそれでも車に乗って帰ったか、それともどこか(?)に寄って体を乾かしたか・・・・。
そんなこと考えると非常に長くなりそうです、ドキドキ。