わかりきっていたけれど、湿ったマッチでは何回やっても火は点かなかった。
それでもなんとなく口寂しいので、仕方なくサンジは「葉を巻いてあるだけの紙の棒」を咥えることにする。
唇で挟んだ拍子にじわっと染みてきた水をいつもの癖でふっと軽く吸い込んでしまったので、口の中に生臭い味が広がった。
貴重な一服を台無しにされむっとしたけれど、それも諦めてしまえばたいしたことはない。
こみ上げた一瞬の怒りが通り過ぎればいっそどこか達観して淡々とすらなる。
「このクソ船長。てめえ自分が悪魔の実の能力者だって自覚はあるのか?」
「お?」
ぐったりと往来に横たわったまま、ルフィがぼんやりとした視線をゆっくりとサンジのほうに向けた。
「毎回毎回、性懲りもなく海に落ちやがって…。これで何回目だ?」
「そんなの数えてねえよ」
くくくっと軽い笑い声がする。
「でも相手がサンジってのは珍しいよな」
ルフィが答える。
「いつもはゾロだから」
ゴーイングメリー号は物資補給のためとある島に寄港した。
今回サンジの買出しに付き合ったのはルフィだ。正確には夕食を一品増やすという交換条件の下、荷物持ちとしてつき合わされたのだが。
メシメシ〜と上機嫌でついてきたルフは船への帰路、その途中どこでどうバランスを崩したものか、町を横切る水路にあっという間に転落した。
どぼんという派手な水音に前を歩いていたサンジが振り返ったとき、すでにルフィの姿は消え失せ水面にいくつもの波紋が広がっているだけだった。
水路とは言え海から引き込んできたものだからそこに流れるのは海水だ。当然の如く、そこには海と同じ結果が待っている。
この馬鹿と考える間もなく、サンジは即座に靴を脱ぎ捨て飛び込んだ。
たいていは、危機感など一切持たないルフィが、凝りもせずに座る船首からまっさかさまに海にどぼん、というのがいつものパターンだ。
そしてその場合、常に船首の一番よく見える位置に陣取っているゾロがすぐさま飛び込んで助けるというのが自分たちのお約束のようになっていた。
ようやく騒ぎに気付いてサンジがキッチンから飛び出すころには、ゾロに抱えられて引き上げられた船長を、
皆で取り囲んでタオルだ飲み物だと走り回っている。
ゾロが傍におらず、サンジが真っ先に飛び込むこんなケースは珍しい。
おかげで自慢のスーツも最愛の煙草も、ぽたぽたと水が滴ってる有様でどれもこれも台無しになってしまった。
おまけにものすごくだるい。
疲労感の理由はわかっている。精神的に参っているのだ。
落ちた一瞬、ルフィの命の危機に肝を冷やし、
水の中、沈んで行く姿を必死に追いかけ、
さらにようやく助けあげた今も、サンジはじわじわと追い詰められていた。
ルフィのだるそうに投げ出された手足。
ボタンが外れて肌蹴た赤い上着から覗く胸は今だ激しく上下し、
興奮のためか頬は軽く上気している。
口は軽く開けられたまま、酸素を求めてはあはあと忙しない呼吸を繰り返していた。
困ったことにサンジはそんな姿に「事後」を連想してしまったのだ。
まずいな、と思う。
『相手がサンジってのは珍しいな』
『いつもはゾロだから』
そんな言葉ですら、妙な方向に想像が働いてしまうのだ。
いくら打ち消しても暴走していく思考を苦々しく思いながら、
それが表に出ないように注意を払うのが精一杯だった。
ルフィを助けに飛び込んで、気付いたことがある。
海に嫌われた悪魔の実の能力者。
手足を海に絡めとられ浮かぶこともできずにゆっくりと沈んでいくのを必死で追いかけた。
とにかくつかもうとただただ手を伸ばせば、サンジ、と自分を見上げるルフィの表情にぎょっとした。
力を奪われ息もできず苦しげに眉を寄せてるくせに、それに包まれることを心地よく感じている顔は、
海にとらわれることに抵抗しながら、その一方でその手に手繰り寄せられることを
望んでいるようにも見えた。
奪われる恐怖と同時に存在する快感。
このまま包まれていたい、それほどに好きだと全身で呼びかけてくる。
もっともっと近くに来い、オレの全てを満たせ。
そう囁きながら、そのくせ自分が取り込まれることは望んでいないのだ。
どんなに好きな相手にも、融合し一つにはなることは頑なに拒んでいる。
溺れはしない。
自分は必ずまた己の足で大地をしっかりと踏みしめるのだ、と。
それはまるで……。
「おまえは抱かれるときそんな顔すんのか」
ルフィはそんなセックスをするのだと、わけもなく確信した。
「あ?」
ぽつりと漏らした言葉は聞こえなかったようだ。
「なあ、今度はサンジも一緒に溺れてみねえ?」
「やなこった」
気持ちいいぞと笑う誘いを間髪いれず却下する。
これ以上何かに溺れるのはごめんだと思った。
= 終 =
いつものパターンのサン→ル。
一人で妄想爆発させているのはサンジくんではありません。私です。