しろいよあけ




昨日までのふぶきがうそのように、明るい太陽があたりをてらしていた。
ぽすぽすとつもったばかりの雪をふみしめて外にでてみれば、
朝の光がキラキラとそこら中にはんしゃして、目が少しいたい。
それでも、むねにすっとしみこんでくる晴れた空のあたたかさに、
ルフィは、大きくいきをすいこんだ。


体中にしんせんな空気がおくりこまれる。
とてもきもちがいい。
もうふぶきはやんだ。
きっと今日はいい一日になるはずだ、と思う。


それにしてもゾロはどこに行ったのだろう。
昨夜、たしかにいっしょにねむったはずなのに、
目がさめたとき、となりにゾロのすがたはなかった。
えさをさがしに行ったのだろうか、
それともトイレかな?
そう思ってルフィはしばらくじっとほらあなの中でまっていたけれど、
いくらたってもゾロは帰ってこない。
もしかしたら道にまよっているのかもしれない。
だって、ゾロが自分にだまっていなくなるなんてことがあるはずないのだ。
あんなに、あんなに、
ずっといっしょにいようとちかいあったのだから。



ルフィは外にでて、ほらあなのまわりをぐるっと回ってみた。
ゾロの足あとがないか、注意ぶかくさがしたけれど、
そこにはまだだれにもふまれていない、まっ白な雪があるだけだった。


「ちっきしょう、ゾロのばか。どこいったんだよ」
思わず口に出してつぶやいた。
太陽はさっきよりだいぶ高く上っている。
こんなにさがしているのに、ゾロのけはいがしない。
「ゾロのばか。見つけたらただじゃおかねえ」
ルフィはぶつぶつとくりかえす。
だまっていたら、不安でたまらなかった。




ばさり、とうしろで雪のくずれる音がして、ルフィははっとふりかえった。
「ゾロ!?」
だが、そこにいたのはゾロではなく、大きな角をもった青い鼻の動物だった。
「おまえ…だれだ?」
「オレはチョッパー。この山にすんでいるんだ」
チョッパーと名のるその大きな角のもちぬしは、
やさしい目をしてルフィにこたえた。
「あんたは、ヤギだろ?よくこんな山の上まで来たね。
それにこのごろはずっとすごいふぶきだったから、
歩くこともできなかったんじゃないか?」
「うん、でもゾロといっしょだったからぜんぜんこわくなかったぞ」
「ゾロ?」
くびをかしげたチョッパーに、ルフィはせつめいした。
自分のこと、ゾロのこと。
そして、どうして自分たちがこの山にきたのかということを。


「オオカミ…?」
チョッパーがわずかにまゆをひそめたので、ルフィはあわててつけくわえる。
「あ、オオカミっても、ゾロはすげえいいやつだから、
ぜったいおまえのこと食ったりしねえぞ」
あんなにおなかがすいて弱っていたのに、ゾロはついに自分を食べなかった。
ゾロになら食べられてもいいんだってルフィはいったのに、
ゾロはこまった顔をして、そっとだきしめてくれただけだった。


「ちがうんだ」
ルフィのあわてぶりを見て、チョッパーはしずかにくびをふった。
「あのね、ルフィ…」
そしていいづらそうに口をひらく。



チョッパーの話はこうだ。
昨日の夜おそく、遠くでしきりにオオカミたちの声がした。
それがしだいに近づいてくるので、年よりとくらすチョッパーは不安になって、
ようすをうかがいにふぶきの中を外にでた。
するとギラギラとぶきみに光るたくさんの目が、
ふもとからものすごいいきおいで山を登ってきていた。
オオカミのむれだ。それもすごい数の。
チョッパーがおどろいていると、目の前を黒いかげが走りぬけて行った。
それもまたオオカミだと気づいたのは、しばらくたってからのことだ。
黒いかげは、ためらうことなく一直線にオオカミのむれにつっこんで行った。
ルフィー、と風のむこうからそんな声が聞こえた気がした。
はしりさったかげは、そのままひとつの雪のかたまりになり、
それが大きななだれをよびおこした。
あたりをゆるがす、ごごごごごという音が鳴りひびく。
チョッパーの見ている前で、なだれはオオカミたちをいっぴきのこらずのみこんだ。
そしてようやくしずかになったあと、そこには何ものこっていなかった。



「オレが見たのはそれだけだよ。
明るくなったから、今もう一度ようすを見にきたんだ…」


ルフィは自分の体がふるえているのがわかった。
足ががくがくして力が入らない。


ううん、ちがう。
それはゾロじゃない。
ゾロはずっとルフィといっしょにいるって言ってくれた。


「ルフィ…」
チョッパーのしんぱいそうな声がとおくから聞こえてくる。
なぜだろう、すごくとおい。
自分の心まで、体をはなれてどこかとおくにいるみたいだ。
「ルフィ、とにかく山をおりよう。山の天気はかわりやすいんだ。
またふぶきになるといけない。オレが下までおくっていくから、早く行こう」


チョッパーはなんて言っている?
山を下りる?
どうして?
ゾロはまだそこらでまよっているかもしれないのに。


「ルフィ」
「だめだ。オレは行かない」
「ルフィ」
「ゾロをおいてなんて行けねえ!」
「ルフィ!」


きびしいチョッパーの声に、ルフィはびくっと体をふるわせた。
「ごめん。でも…だめだよ、ルフィ。山を下りよう…」
チョッパーはしずかにくりかえした。
その目がふかい色にそまりながら、じっとルフィを見つめている。
そのやさしい心が、ほんとうにルフィを思ってくれているのがわかるから、
だからルフィは、小さくうなづいた。




さくさくと、ふみしめるたびに、ふたりの足もとで雪がかすかな音をたてる。
山はしずかだった。
ルフィのまわりに、もう音はない。
そこらで雪がとさりとえだから落ちる音も、
ときどきチョッパーが話しかけてくれる声も、
何も聞こえない。
目は前を見ているけれど、そこには色もない。
すべてがしずかで、すべてが暗い。
だって、ゾロがいないから。
なんでいない。
なんでオレをおいて行った。
ただそればかりを考えてしまう。


「ルフィ」
チョッパーが足をとめた。
「いつまでそんな顔してるんだ」
「オレ…どんな顔してる…?」
「ひとりぼっちだって顔」
だってしかたない。自分はもうひとりなのだから。
「ひとりじゃないよ」
チョッパーがほほえんで、とんとルフィのむねを指さした。


え、とルフィは自分のむねを見る。
そこはルフィの心ぞうの場所。そっと手のひらでふれてみる。
とくん、とくん。
きそく正しくうごいている。
それはルフィが生きているあかし。


顔を上げたルフィにチョッパーはうなづいた。
「それはルフィの命。ゾロが守ってくれた命の音だよ」
とくん、とくん。
小さいけれど、しっかりと命をきざむ音。
ゾロが守ってくれた、ルフィの…命。
ぎゅっとむねの前で手をにぎりしめる。


見つけた。
ゾロはこんな近くにいた。


「ゾロ…」
そっと名をよべば、とくんと、ルフィの中で命が答える。
大丈夫だ。
ルフィは歩いていける。
ゾロはずっといっしょにいてくれるのだから。




やがて山のふもとに着いた。
ルフィたちのふるさととはちょうど山のはんたいがわ、
ルフィにとっては初めて見る場所だ。
とおくにはあざやかなみどりいろのけしきが広がっている。
「あれが『みどりのもり』。ここをまっすぐに行けば、お昼ころにはつけるよ」
ゾロとふたりで行こうとやくそくした場所は、目の前にある。


「ありがとう、チョッパー」
ルフィの声にまよいはなかった。
「元気でね、ルフィ」
やさしいチョッパーにもう一度おれいを言って、ルフィはみどりのもりに目をやった。
早くおいでと、やさしいみどりがよんでくれているようだ。


高い空から、太陽が白い雪をのせた山をてらしている。
山はきらきらととてもきれいに光っていたけれど、もうルフィはふりむかない。
むねに手をあて、まっすぐに前だけを見つめる。
「行くぞ、ゾロ」
そしてルフィは、一歩をふみだした。

= 終 =   

  
 

名作の続きを書くなど、大それたことをしてしまいました…。
娘たちがあのラストシーンに号泣し、ガブは絶対死んでいない、絶対メイと幸せになる、と 言うので、せめてものなぐさめにと思い、二匹が再会できる続きを書こうとしたのです。

これはそのプロローグ。
このあとみどりのもりで二匹は再会します。
…が、そこまでは私の力では無理でした。あうう。
いろいろ展開は考えていたんですよ。
実はガブがメイの記憶を失くしてたとか、ギロが再登場したりとか。
でもそこまでやると、あまりにベタな同人的展開なので、
さすがに子供には読ませられないな〜と断念しました。(笑)
チョッパーはオリジナル設定ですが、ぴったりなキャラで助かりましたv

ぜひゾロル変換で…というお声を頂いたので、 名作の続きと言うよりも、ただの文字書きのお遊びにしようと、ゾロルで書き直してみましたが、 ルフィが(メイの役柄なので)ちょっとどっちつかずの性格になってしまいました。どうもすみません。

 2005.8.5  

素材をお借りしました