誰もいないはずの深夜のキッチンで明かりが揺れる。
部屋の隅にうず高く積まれた煌めく宝物の山。
それらを一つ一つ丹念に調べるのは、床や壁から生えたいくつものしなやかな手だった。
黄金郷は空にあった。
信じられないような体験も下界に下りてきてしまった今ではすでに過去のもの。
目の前に置かれた山のような黄金だけがその出来事を事実だと証明する。
冠、宝剣、首飾り、妙な形の置物、その他諸々エトセトラ。
それぞれが黄金を基調として設えられ、はめ込まれた色とりどりの宝石を中心に細かな細工が施されている。
保存状態もいいので、歴史的遺産としても宝飾品としてもその価値は高いだろう。だがひととおり調べてみたが、
やはりどれも自分が捜し求める真の歴史への手がかりにはならなかった。
「残念ね・・・」
ロビンは小さな溜息をつく。
それにしてもよくこれだけの量を持ってきたものだ。
「黄金だ、黄金―!」
背中に荷物をどっさり背負い、それはそれは嬉しそうな顔で走ってきたルフィたちを思い浮かべてロビンはくすりと笑う。
後で聞けばあの大ウワバミの腹の中から「盗んで」きたのだという。
「悪いだろー、何たって俺たちは海賊なんだから欲しいものは盗らないとな」
「よっさすが船長!」
横からウソップが声をかけ、ルフィの目が自分たちの犯した「悪事」に一層満足そうに輝く。
俺たちもやっと海賊らしくなったなとふんと鼻を鳴らすので、
宝を「盗まれた」空島の住人がどれほど彼らに礼をしたがっていたかというのは黙っていることにした。
ここにあるより数十倍は大きな黄金の柱をやっても惜しくないとまで彼らが感謝しているとは、気の毒でとても伝えられそうにない。
思い出すにつれてさらに可笑しさがこみ上げてくる。こらえきれずに吹き出かけしたそのとき、
「終わったか?」
突然背後から声をかけられてロビンはびくりとした。
思わず手にしていた王冠を取り落し、それがカタンと尖った音を立てて床に転がっていく。
「ルフィ・・・」
「悪ぃ、脅かしたか」
振り返ると、キッチンの椅子に両足を乗っける形でちょこんと座った船長がこちらを見ていた。
ロビンは驚いた。
ルフィに、ではない。今まで彼に気付かなかった自分自身に、だ。
闇の世界でずっと他人の声に耳をそばだて気配を窺いながら生きてきたのに、
不覚にも今のロビンは背後の存在に全く気付いていなかった。
理由は分かっている。
ここではそんなに神経を尖らせる必要がないことを体が覚えてしまったからだ。
屈託のない笑顔の船長に率いられるこの船の空気はとても優しい。
気付けばいつの間にかそれにすっかり心を許してしまっている自分がいる。
きょとんと首を傾げ大きな目でこちらを見ている船長に、ロビンは困ったような微笑を返した。
「おまえ随分熱心に調べてたな」
「ええ・・・でももう終わったわ」
小さく頷いたロビンに、そっかと頷いてルフィはぴょんといすから降りる。
そして一直線に向かうのはキッチンの戸棚。ごそごそ探りながら、だって腹が減ってさ、と悪びれもなく笑う。
「勝手に開けるとコックさんに怒られるわよ」
「平気だ、サンジは今日の夜番だから今頃は見張り台だ」
その見張り台からキッチンの入り口は丸見えだと言うことまでは考えていないらしい。
しばらく動いていた手はおおという声と共に戦利品を引っ張り出す。
夕食に出た照り焼きの肉をピクルスやよく炒められた野菜のソテーと共にバンズにはさんだ立派なバーガー。
きちんと手をかけて作られたそれはどう見ても残り物ではなく、
ちゃんと平らげてくれる誰かのために予め用意されていたように思うのは気のせいか。
「ロビンも食うか?」
「いいえ、いいわ」
じゃ遠慮なくとルフィがあんぐり口を開けて噛り付く。
「んで何か分かったか」
もぐもぐと口を休めることもなく宝物とロビンを交互に見比べながらルフィが尋ねた。自分たちのお宝にはやはり興味があるらしい。
「そうね、私はあまりこういうのは詳しくないけれど、シャンディアが栄えてた頃のものでしょうから大体千年くらい前になるのかしらね。
王冠や首飾りなんかは王様や貴族のだと思うけど、インゴットとか普通の人が使ってたような日用品も結構混ざってるの。
それも全部が黄金でできているんだからさすが黄金郷ね。
歴史的な価値も高いわよ。換金したら2億5千万はくだらないんじゃないかしら」
ひゃーっとルフィが目を真ん丸くして一瞬だけだが口の動きを止めた。
「すげえな。俺たち金持ち海賊団じゃん」
「そうね」
きっと上空10000Mの地で頑張ったご褒美だわね、とそういいかけて止めた。
それを聞いたらルフィはむっと頬を膨らませるに違いない。
何故ならこれは褒美なんかではない、ちゃんと「盗んで」きたものなのだから。
そんなロビンの気遣いなど知らぬまま、ルフィはにこにこと嬉しそうに黄金の山を眺めていた。
「ごっそさん、サンジ」
さっさと食事を終えたルフィは、その場にいないコックにきちんと手を合わせて頭を下げた。
そして皿を流しに置くなり
「さあ次だ次」
語尾にハートマークでもつけそうな明るさで今度は冷蔵庫に手をかける。
「まだ食べるの?」
半ば呆れて聞いたロビンにもちろんと済ました顔で答え、ルフィは冷蔵庫に頭を突っ込んだ。
「えーと、これは多分明日の分だから食ったら絶対蹴られるよな。うーん、じゃあこっちにすっか」
つまみ食いでも一応は気を遣っているらしい。
一人ぶつぶつと呟く後姿を見ながら、その無防備さにロビンは嘆息する。
もし自分が裏切ってその背にナイフを突き立てたら、などとルフィは考えないのだろうか。
いつもそうだ。
清も濁も。
彼はこうして全てを大きく受け入れる。
あの砂漠の国で、全ての国民の命を救いたいと甘い理想を唱えた青い髪の皇女を、
弱いくせにと言葉では切りつけながらルフィは決して見捨てなかった。
彼女が願った国民の命ごとその思いの全てを背負って、彼は臆することもなくクロコダイルに立ち向かったのだ。
彼自身がクロコダイルに刃向かう理由は何もない。
たまたま知り合った皇女、その思いを叶えるためだけに圧倒的に格上の敵に拳を向ける、そんな馬鹿げた無謀さをロビンは初めて目にした。
案の定力及ばず、冷たい金属の鈎針にあっさり腹を貫かれたルフィは流砂に飲み込まれていく。
自らの力量を省みない無謀さの代償は大きかった。
その鮮やかな命の灯が消えるまでたいして時間はかからないだろうと思いながら、ロビンはどこか冷めた目でそれを見ていた。
やがて息絶えた彼の体はこの無限の砂の中に埋もれていくのだと、見つめながら考えた。
流れる砂に飲み込まれ、ルフィの死体は遥か底へ押しやられる。
その上に幾重にも砂は降り積もり、ルフィを覆い隠す。
そして数十年、あるいは数百年、数千年という長い年月を、彼は砂の下で眠り続けるのだ。
気の遠くなるほどの時の彼方で、物好きな考古学者が彼を掘り返すまで。
長い時を経たルフィの髑髏は、遥か未来に誰かの手によって掘り出され、ただ過去の資料の1つとして人々に撫でられ乾いた視線の元に晒される。
彼がどんな夢や野望を抱いていたのか、どれほど大きな心で全てを背負おうとしていたのか、そこでは取りざたされることもない。
その事実を思い、ふと胸に沸いた嫌悪感にロビンは眉をひそめた。
敵の立場にありながら彼がそんな風に扱われることが何故か許せなかった。
今ならわかる。
おそらくこのときもうロビンはルフィという存在に取り込まれてしまっていたのだ。
何もかもを取り込み、その身に背負い、ルフィはどこまでも大きくなろうとする。
その純粋な貪欲さにロビンは負けた。
気付けば手を差し伸べてその命を救っていた。
そして今では同じ船に乗り込み、仲間のような顔をして彼を船長と呼んでいる。
自分の過去を振り返ればこれもおそらく一時的なものなのだろうと思いつつ、
その一方で彼の下で初めて知った穏やかな時間を、すでに心地よく感じ始めてもいる。
そんな自分に戸惑い、さてこれからどうしようかとロビンは小さく首を振った。
「ルフィ・・・」
その名を口に上らせて、ロビンは彼の両肩に2本の手を生やす。
そのまま身体に触れようとした手を思い直してふっと消し、
代わりにその背後まで歩み寄るとロビンは自らの手でルフィを抱きしめた。
ん?と冷蔵庫に手をかけたまま、ルフィが首を巡らせロビンを振り返る。
「どうした、ロビン」
いつもと同じ、優しい声がゆったりとロビンを包み込む。
「ルフィ・・・」
触れた身体もそのままに温かい。
「もう1つ分かったことがあるわ」
その髪に顔を寄せ、そっと口付けながらロビンは囁いた。
「黄金を換金したら、コックさんは真っ先に鍵付き冷蔵庫を買うわね」
ちぇっと腕の中のルフィが笑った。
= 終 =
10のお題の最後は、おっとびっくりのロビ→ルでした。
ちょっと苦しいかもしれませんが、ロビンの求める歴史にも通じる悠久の時、
その大きさ=ルフィの大きさと言うことで。
ロビン誕生日おめでとう♪ (←遅刻だけど)