朝か?




「何を見ているんですか、ナミさん?」
そういいながらどうぞといって差し出されたパイがあまりに見事な出来栄えだったので、
思わず「美味しそうね」と答えてしまった。
そんなつもりはなかったが、結果的に質問を無視された形になって軽くしょげるサンジに苦笑して、
あれよとナミは目で合図を送る。
そちらを見やったサンジがああという顔をしたが、ナミが微かに予想していた
『あーんなマリモ野郎なんて見ると目が腐りますよ』といった類の悪態は聞かれなかった。
一応今日の主賓に気を遣ってだろうかと、そう思うと可笑しくて、
ナミはサンジに気付かれないように小さく笑った。



11月11日。
本日めでたく誕生日を迎えたこの船の剣士、ロロノア・ゾロ19歳は、
いつものように暖かな日ざしの降り注ぐ甲板の上、遠慮もなく寝転がって爆睡中だ。
ごうごうと気持ち良さそうないびきが、風に乗ってこちらまで聞こえてくる。
こうなると敵襲でもない限り、そう簡単には起きやしない。
気の済むまで散々寝こけ、そして
「お、朝か?」
その一言と共にのっそりと目を覚ますのだ。
朝だろうと昼だろうと夕方だろうと、そのスタイルは天晴れなほど変わらない。



グランドラインに入ってすぐのころだった。
大嵐に巻き込まれ、皆が総動員で船を守るため立ち働いている中、
この男は最後まで目を覚まさなかった。
あとでゲンコツと共に文句を言ってやったら
「あ?だっててめえがいるじゃねえか」
そう言ってさも不思議そうな顔をした。


てめえがいるのに何が心配なんだ、ナミ?
ゾロはそう言った。当然のように。
それは彼が自分の航海士としての腕をこの上なく信じてくれているという、
最上級の褒め言葉だと受け取っていいのだろうか。
それにしても可愛げのない男なので、だからナミは言い返してやった。
「いいわよ、どうせあんたが起きてたって、たいして役には立たないもの」
いくらでも寝ていれば?寝ぼすけ剣士。
そんな言葉にも、ゾロはけっと笑って肩を竦めただけだった。



でも、本当は知っている。
昼間はただ寝こけるばかりで、生活能力ゼロ。航海にもまるで役に立たないこの男が、
皆が寝静まる夜中はいつも神経を研ぎ澄まし、万一の危機に備えていることを。
敵との戦いになれば、男だ女だに関係なく必ず弱い仲間を守ろうとすることを。



「アイツ早く起きないかしらね」
「そうですね」
そういいながらサンジはぷっと吹き出した。
寝ている剣士の隣では、船長が興奮を隠し切れない表情で、彼の寝顔を見つめている。
今か今かとゾロが起きるのを待っているその手には、ウソップ特製の造花でできた大きな花輪。
それはもう、カラフルで豪奢で、きっと本人が見たらげっと言ったきり言葉を失うことだろう。
ルフィは、これをゾロにつけさせて今日の誕生日を盛大に祝ってやるのだと張り切っている。


「楽しみね」
「ええ、そりゃもう」
甘ったるいケーキと派手な飾りと賑やかな祝いの言葉に包まれて。
いい加減にしろと眉間に皺を寄せながら、
それでも照れくさそうに、そしてまんざらでも無さそうに苦笑するゾロの顔が浮かんでくる。


早く起きなさいよ、ゾロ。
暖かな気持ちに包まれたまま、ナミはそっと口にした。


お、朝か?
サンジと並んでゾロを見つめながら、ナミはその言葉が聞こえてくる瞬間を待っている。








何気で皆に愛されてるゾロ…。


2005.11.25

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