筋金入りのド方向音痴




通勤帰りの客でごった返すホームをわき目も振らず疾走する。
少しでも早くと気は焦るのに、肩幅広く胸板厚い体格はこんなとき邪魔だ。
人にぶつかっては顔を顰められるばかりで、ちっとも思うように進めやしない。


ルフィから電話がかかってきたのは約束の時間から1時間が過ぎたころだった。
「ゾロ、おまえ今どこにいる?」
苛ついても怒ってもいない、いつもと同じ声が尋ねてくる。
今いる駅の名を告げたら、電話の向こうから、はぁぁぁという大きな溜息が聞こえた。
「そりゃ3つ先の駅だって。しょうがねえ、ゾロそこで待ってろ」
「いや、いい。オレが行くからおまえは動くな」
とゾロが宣言したちょうどそこで携帯のバッテリーが切れた。
携帯電話はただの小箱と化し、これでもうルフィとは連絡が取れなくなった。
バッテリーをそこらで充電すればいいという頭は、今のゾロにはない。
とにかくルフィに会うためには、ゾロがなんとかして待ち合わせの場所に行き着くしかないのである。


それから1時間。
電車でわずか7分先の目的地まで行くのに、ゾロが要した時間だ。
いくら慣れない場所とは言え、さすがにかかりすぎだろうと自分でも自覚するのは、ルフィを待たせているという罪悪感があるからだ。
とにかく方向の見当がつかないのだからどうしようもない。
どの階段を登ればどこに着くとか、どのホームにどこ行きの電車が来るとか、はっきり書いていてもらいたいものだと思う。(書いてます)
よく悪友のサンジや従妹のナミから「筋金入りのド方向音痴」と評されて笑われるが、ゾロは別にそれを気にしたことはない。
自分はちゃんと真っ直ぐ進んでいるのであって、たどり着けないのは目的の場所が分かりにくかったり相手の説明が悪かったりするからだと思っている。
だから、そんな酷かねぇぞとサンジたちに対して睨み返してやるのだが、今日のこれは少々まずい。
すでに2時間近くルフィを待たせている。
ひょっとして「そんなに酷かねぇ」という認識は改めた方がいいのだろうかと内心ちらりと考えてしまった。




今日はルフィと一緒に出かけることになっていた。
というかルフィから「美味いメシ食いに行こう」と誘ってきたのだ。
しかも「今日はお前の誕生日だからオレがおごってやる」ときた。
いつになく珍しい展開と、いつもどおりの明るい笑顔に、知らず胸が鳴った。
ルフィはゾロの幼馴染であり、親友であり、相棒であり、
そして。
幼いころからずっと、ゾロが思いを寄せてきた相手である。
最近ようやく互いの思いを伝え合い、幼馴染以上の関係になりつつあるのだが、そこはまだ始まったばかりの2人。
初々しいというかたどたどしいデートを繰り返していた。


いつもは近場や互いの部屋で過ごすのだが、今日はルフィおすすめの店に行くために遠出をすることになった。
剣道の稽古とバイトで互いの予定がすれ違ったため、店の最寄の駅で待ち合わせることにしたが、それがまずかった。
ナミやサンジが聞いていたらきっと止めただろう。
何といっても、誰かさんは奇跡のファンタジスタ、筋金入りのド方向音痴なのだからと。




とにかく急ぐ。ひたすら走る。
鍛えた体にも汗が滲む。
こんなに頑張っているのに何故着かないんだと腹立たしい。


待ち合わせは改札を出て、地下街を抜けたとこにある大きなからくり時計の前…っておい、
一体この駅に改札はいくつあるんだ!?普通は一つだろうが!(違います)
東口、西口、北口、…なんだ乗換え口ってのは?
ゾロはしばし途方にくれる。


洒落にならない遅刻だ。
それでもルフィは自分を待っていてくれているはず。自惚れでもなくそう思う。
何故ならルフィはルフィだから。
くきくきと体を揺すったり、ぴょんぴょんと飛んでみたり、ちぇっと舌打ちをしたり、
それでもずっと自分の来る方向から目を離さずにいてくれる。
そんなルフィがすぐに想像できてしまうから、ゾロは余計に気が気でなかった。




地下街を抜けた。
からくり時計が8時を告げる音が聞こえる。待ち合わせたのは6時だった。
はあはあと息を弾ませて駆け込み、人ごみの中、求める姿を探す。
「ゾロ!」
自分の名を呼ぶ元気な声を、ゾロはこんなにごった返す中でもちゃんと聞き分けられる。
「ルフィ!」
「おっせーよ、ばかゾロ!」
そういいながらその声に咎める色は少しもなく、むしろ嬉しそうに、ルフィはぽんとゾロに向かって飛び込んでくる。
「あったけーな」
ゾロの胸に顔を埋めながらほっとしたように呟いた。

「どうせ道、間違ったんだろ」
「ああ…」
「おまえ、信じられねえくらい迷いすぎ」
「悪ぃ」
「すげぇ待った」
「すまん」
「オレもう腹すきすぎて一歩も歩けねぇ」
「悪かった」
「店までおぶって連れてけ、ゾロ!」
「そりゃダメだ」
「なんで?」
「また迷う」


くっとルフィが噴きだした。
「やっと自覚したかよ」
このド方向音痴め。つんつんと可笑しそうにルフィが突っついてきた。
「うるせぇ」
この野郎と軽く小突いて首締めをかければ、触れ合った場所からほわっとしたルフィの温もりが伝わり、それがゾロの全感覚をくすぐる。

ルフィの体を腕に包むのは気持ちがいい。
「このまま抱いちまいてえな…」
「え、なに?」
「いや、何でもねえ」
思わず口に出てしまっていた男のホンネを、ゾロは慌てて否定する。
会話すら方向を見失うとはどうしようもない。
ルフィと歩くこの道だけは、決して間違えるわけにいかないのだ。
一歩ずつ、ゆっくりとでもいい、ルフィの手を取りながら一緒に足を進めていこうと思う。


微かな苦笑を浮かべながら、
「会いたかったぞ、ルフィ」
ゾロはもう一度、ぎゅっとその体を抱きしめた。








こんなやつおらんやろ。(ちっちきちー) ←O木こだま師匠

2005.11.24


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