甲板T


ころりと、わざとらしく大袈裟に甲板にひっくり返ってみた。
途端に飛び込んでくる真っ直ぐな光に目を貫かれ、うおっと軽い叫び声を上げてルフィは目を閉じた。
閉じた瞼の裏も真っ赤。
今日は本当にいい天気なのだと改めて実感した。



早々に追い出されたキッチンはすでに船長出入り禁止の厳戒態勢がひかれていた。
ウソップ工場を覗いたらウソップとチョッパーにすごい剣幕で追い出された。(船が爆発するとウソップは騒いだが全く失礼な言い方だと思う)。
ナミやロビンの後を付いていこうとしたら「あとでね、ルフィv」とひらりと手を振って追い払われ、
結局居場所をなくして甲板に出たところ、いつものようにいつもの場所で、遠慮もなくでかい体をごろりと投げ出して目を閉じたいつものゾロを発見した。
何となくほっとして、ルフィはぺたぺたと軽い草履の音を立てて走り寄る。
見下ろせば、しっかりと閉じられた瞼に規則正しい息遣い。
こんな時のゾロはしばらく起きそうにない。
傍に来たはいいもののさてどうしようかと少し迷った挙句、ルフィはえーいとばかりにゾロの隣に横になったのだ。



視覚を遮断すれば自然他の感覚が働き出す。
いやそこまで鋭敏にしなくても、さっきから船中に漂う常ならぬ甘ったるい匂いと、 トンカントンカン聞こえる派手な音は、充分すぎるほどルフィの感覚を刺激している。
先刻ウソップに聞かされた誕生パーティーのココロガマエというものは正直半分も理解できなかったが、 どうやら本人に気付かれないよう密かに準備するものらしいということだけは解った。
しかしこれのどこが「密かに」なんだろう?その点に関しては首を傾げたくなるルフィだった。



隣から静かな寝息が聞こえる。
ゾロが眠っている。
ルフィは、んしょ・・と反動をつけて体を反転させうつ伏せになった。
肘をついて上半身を起き上がらせれば、ちょうど目の前にゾロの顔がある。
筋肉質のでかい図体に、寝ながらも眉間に皺を寄せているお世辞にも愛想のいいとはいえない顔。
そんなゾロを見ていたらまた可笑しくなってきた。


今日はゾロの誕生日、つまりはおぎゃーと生まれた日だ。
こんなゾロにも赤ん坊の頃があったなんて、さすがのルフィもびっくりだ。
ルフィが出会ったとき、ゾロはもうゾロだった。出会う前のゾロは知らない。
ルフィは大きな声でびーびーよく泣く赤ん坊だったとマキノが笑っていたけれど、
ゾロは・・・ゾロはどうだったのだろう。


赤ん坊のゾロ。
泣いたり笑ったり、それにおしめもしてただろうし、母親のおっぱいだって飲んでたはずだ。
おしめ・・・?おっぱい・・・?
・・・そんなゾロを想像すればするほど可笑しくて堪らない。
腹を抱えて大笑いしかけたところでよく眠っているゾロを起こしては可哀相だという神経が働いた。 ルフィは必死に声をかみ殺して笑った。



ひとしきり笑った後、ルフィは改めて顔を上げてゾロを見る。
目の前には風に撫でられそよそよと靡くゾロの緑色の髪。
手を伸ばして触れてみた。
ルフィと同じく潮風に傷んではいるが、短く刈りそろえられたゾロの髪は見た目の印象とは裏腹に実はとても柔らかい。
ふわふわとした感触は春に萌え出す若草のようで、それはルフィに故郷のフーシャ村を思い出させる。


フーシャ村は小さな港と畑しかないのんびりとした田舎の村だった。
いつでも優しい風が吹き、村の至る所を覆う緑の草をそっと撫でていく。
ルフィにとって故郷の記憶は草と風。
村はずれに広がる野原は一面草に覆われていて、ぽすんと投げ出した体をふんわりと受け止めてくれた。
悲しい時も嬉しい時もルフィはいつでもそこにいた。


エースとの喧嘩に負けたとき
飼っていた小鳥が死んだとき
シャンクスが海へ去っていったときも


くすぐったいようなさわさわした感触と体の下でつぶれた草の青いにおいに心が慰められていく。
小さな頃からずっとルフィを包んでくれた優しい草の海。
こうして風に靡くゾロの髪にルフィはそんな懐かしい映像を重ねてしまう。



シャンクスを追って、ルフィは海に出た。
海は広く青く、たくさんの冒険に満ちていて大好きな場所だけれど、そこにはもう昔ずっと傍にあった草色はどこにもなかった。
海賊王を目指す大いなる旅。
それは胸躍るような楽しいものだったけれど、唯一それだけがぽつんと欠けた気がしていた。
・・・やがてルフィはゾロと出会う。
かつてルフィが大好きだった草と同じ色の髪を持つゾロと。



だから。
―――よーし、今日はゾロの誕生パーティーするぞーー!!
嬉しくてルフィは大声で叫んだ。
ゾロが生まれてきてくれて、こうして出会うことができて本当に良かったと思うから。
ゾロの誕生日。
それは自分にとってもすごく特別な意味を持つ日なのだと改めて思い、 ゾロの髪に手を入れ、幾度もくしゃくしゃとかき混ぜてその感触を確かめながら、ルフィは笑った。



今日はゾロの誕生日。
何かに導かれるように出会った楽しい仲間たちが乗る船は何とも賑やかな様相を呈してきた。
フーシャ村の人々はみな仲が好かった。
誰かが誕生日などと言おうものなら一晩中飲めや歌えで大騒ぎをし、ルフィも何度その騒ぎの渦中で腹がはちきれそうなほど 食いまくり、賑やかに過ごしたことか。
今日もきっとそんな日になりそうな気がする。
記憶の中の村人の笑顔と優しい草の色は、仲間の笑顔と無愛想な緑の色に新たに書き換えられながら、 それでもルフィの中に幸せな時を刻んでいくのだろう。
それは確かな予感だ。

「ゾロ、ありがとな・・・」
生まれてきてくれて。
ルフィは静かに眠り続けるその顔にそっと呟いた。



ところで。
―――あれ・・・・?
ルフィははたと気付く。
―――そういや俺はゾロに何あげるんだっけ?







さて本人は・・・  →  甲板U

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