ルフィがゾロを誘ったのはこの町の東端に位置するT神社だ。
神主が常駐するような大きなものではなく、小さな社があるだけのはっきり言って寂れた神社だが、
入り口には何々神様を祭っていると由来をしたためた高札も立っているし、まあまあちゃんとした由緒正しいものではあるらしい。
だが。
そんなもの子供たちにとっては何の関係もない。
一応しっかりした鳥居をくぐって本社まで、参道の両側にはずらりと桜の木が植えられ、境内もそこそこ広い。
車も入って来ないここは、つまり子供たちの絶好の遊び場なのだ。
春は薄桃色の花がまるで霞をかけたように咲き誇り、夏は蝉時雨が虫取り網を下げた子供たちを挑戦的に誘う。
秋は祭の準備に活気付き、冬の寒さに人気のないときですら、絶えず子供たちの声が聞こえている。
そしてもちろん、ゾロにもルフィにもここで過ごした子供時代が存在する。
ここで登ったことのない木は無いし(ルフィの左目の下の傷は右から2本目の木から落ちた時の痕だ)、
夏になれば2人で競争するように一日中蝉取りに明け暮れた。
虫かごいっぱい捕った蝉をルフィが得意になって母親に見せ、
「まるで佃煮ができそうね」とマキノが笑うのに、この親子なら本当に食いそうだと隣で聞いていたゾロは腹を抱えて笑った。
蝉の羽化がすごいと誰かに吹き込まれて興味を持ったルフィに朝早くから起こされて見に行ったこともある。
白い柔らかな物体が地上を這い回り桜の木を登る。
透明な羽がやがて力強く伸びて空に飛び立つまで何時間もルフィと2人、手を繋いだままじっと並んでそれを見ていた。
社の裏手には大きなクスノキ。
ご神木・・・という大袈裟なものまでいかないが、それなりに皆に大事にされているらしい。
昔そこで背比べをした馬鹿ガキが2人いた。
互いの背のところにしっかりと印を刻みつけ、あとで自治会長のプードルさんに追っかけまわされて捕まり、
罰だといって1ヶ月間神社の掃除をさせられた。
・・・・・・・・・・・・・・
久々に訪れたこの神社に足を踏み入れるなり、ゾロの脳裏を数え切れないほどの思い出が駆け巡る。
それはこんこんと湧き出る泉のようにいつまでも尽きることなく、ゾロはそれに軽い目眩を覚えた。
ついさっき5時に鳴る「夕焼け小焼け」の放送が聞こえた。
子供たちはすでに帰った後で、夕方の神社に今は2人。他に人影はない。
足の向くまま2人は裏手に回り、例のクスノキを見に行った。
「何だよ、昔はこんなちっこかったのか、俺ら」
くっくっと笑うルフィの声にゾロは我に返る。
長い年月に掠れながら、それでも今だに木肌に残る馬鹿ガキが刻んだ2本の線にルフィがそっと手を触れている。
その位置は今の2人にとって遥か目下だ。
「仕方ねえだろ、あの頃おまえなんてまだ学校も入ってなかったんだ」
「あーあ、こんなしっかり痕刻んじゃって。そりゃあのおっさんも怒るよな」
箒を持って追いかけまわされた。思い切り尻を叩かれた。縄でこの木にぐるぐる巻きに縛られ、延々と説教された。
そんな昔を思い出したのか、ルフィがぷっと吹き出す。
「とんでもねえおっさんだ」
「俺らもな」
ゾロはルフィの手にそっと自らの手を重ねてみた。
ここには2人の時が刻まれている。
一緒に笑って一緒に泣いて、喧嘩して遊んで、共に過ごした貴重な時が。
「あのさ、さっきおまえんちで気が付いたんだけど、階段の一番下の隅っこのドクロマーク・・・あれ昔おれが描いた奴じゃねえ?」
悪いと思ってか、少し上目遣い気味なルフィに、よくわかったなとゾロは答えた。
それはルフィが5歳のときだ。
絵本か何かでルフィは初めて海賊というものを知ったらしい。
その絵本の海賊は悪党でも敵役でもなく、純粋に数々の冒険を楽しむ者たちだった。
子供心にルフィはそれにえらく感動し、自分も海賊になるのだと言い出した。
そしていつか船の帆に描く時のためにと、ドクロマークの練習をしだした。
クレヨンで画用紙いっぱいに描き、それはテーブルにもはみ出し、ついには壁の一部をも侵略した。
しかもお世辞にも(ルフィに甘いと自覚していたゾロですら)絵は得意とはいえないルフィだ。
ドクロはひしゃげ、その頭には不気味な物体がついている(本人は麦わら帽子だと主張してたが)。
それでも、未来の海賊船の船長は他所の家に堂々と未来の自分のシンボルを残し、意気揚々とゾロの家から帰っていったのだった。
後に残ったゾロと母は壁を見て唖然とし、そして同時に笑い出した。
自分たちの愛した少年の大らかさを改めて思い知らされ、それが妙に嬉しくてたまらなかったからだ。
口ではやれやれと言いながら楽しそうに壁を拭いていた母は、落書きを1つだけ消さずに残しておいた。
何たって海賊船長の幼い頃の作品だもの、将来絶対値打ち出るわよ
それが母の口癖だった。
どうやらルフィは今日初めてそれに気付いたらしい。
「何で消さねえんだよ」
「気にするな」
12年間ずっとゾロの家の壁を飾っていたそれは今も変わらないルフィの真っ直ぐな心そのものだ。
だからそれでいいとゾロは思っている。
「う〜〜〜〜ん」
とは言うもののどうにも気になって仕方ないのか唸り続けるルフィだったが、
「でも・・・」
思い返したようにふと。
「この町のあちこちに俺のことが刻まれてるんだな・・・」
聞こえた呟きに、その通りなのだとゾロも小さく頷いた。
良いことも悪いことも。
物心ついたころから今までも。
この町のあちこちに、ルフィとの思い出がある。
「町だけじゃねえよ」
ゾロの言葉にルフィが顔を上げた。
「おまえのことはたくさん刻まれてるんだ」
ここに。
そう言ってゾロがとんと指したのは自分の鍛えて厚い胸。
「ガキの頃から一緒だったんだ。おまえのことは何でも知ってる」
「・・・・・・気障」
「ほっとけ」
せっかく少しばかりムードを出してみたというのに相変わらずのお子様にするりとかわされた。
「ルフィ・・・」
「ん?」
秋色だった空は赤く染まって一日の終わりを告げ始め、うっすらと辺りには日の落ちていく気配。
木々に囲まれた神社はさわさわと風が鳴り、薄闇が降り始めていた。
「ルフィ・・・」
2人の時のつまったこの場で、ゾロはルフィを呼ぶ。
少し掠れた声がいつもと違っていると自分でもわかった。
ずっとルフィと一緒にいた。
少し遠ざかっていた時期もあったけれど、やっぱりこうして並んでいるとその空気の心地よさに酔いそうになる。
あの夏の日の豪雨の中で。
冷たい雨に打たれながらも、ルフィと触れ合った場所はとても熱く溶けそうな錯覚すら覚えた。
あの瞬間、恐らくゾロの胸には今までで一番、一生消えないほどの強さで深く深く、ルフィのことが刻みつけられたのだ。
ルフィを好きなのだと、普通は女に対するような感情で好きなのだとあのときはっきり自覚した。
それなのにその感情が逆に怖くなって、愛しく思いながらもあれ以来自分はルフィをどこかで避けていた。
はっきり向き合うこともないままにただ仲の良い幼馴染として過ごし、何も言わないままうやむやにしようとしていたのかもしれない。
だが。
「ルフィ・・・好きだ」
思いはついに堰を切り、ゾロは今、初めてこの言葉を口にした。
「ゾ・・・」
突然の告白に驚いたようにルフィが大きな眼をさらに見開く。
ゾロ、と言いかけた声が口の中で戸惑っているのを感じ、ゾロは思わず乱暴に引き寄せるとその唇を塞いだ。
ルフィの抵抗はなかった。
しばし後、はっと我に返ったゾロが恐る恐る体を離すと
「馬鹿ゾロ」
ルフィの目がきっとゾロを睨みつけている。
「ルフィ・・・!」
やばいと思った瞬間、全身を滝のような汗が流れるのを感じた。
思い切っての告白、そして勢いに任せたキス。
その答えが馬鹿ゾロだ。これはかなりやばい。
ルフィは今だゾロを睨んだまま、ゆっくりと口を開く。
「やっとかよ」
「え?」
「さんざんほっときやがって」
「ルフィ・・・?」
「ただの幼馴染で済ませるつもりならそっとしておいてくれりゃいいんだ」
それなのに中途半端に煽るから俺は少し怒ってたんだぞ、とルフィは言った。
「それって・・・」
「いーや、何でもねえ」
伸ばされたゾロの手をするりとかわし、ルフィは早くメシ食いに帰ろうと告げた。
メシと口にする顔はすでにいつもの屈託ないルフィのもので、ゾロはそのギャップについていけずただただ困惑する。
大体今のルフィの発言は何だ?
もしかしてさっきの告白の答えではないのか?
「ルフィ、今の・・・」
「知るか、メシだメシ」
焦るゾロを残してすたすたとルフィは歩き出す。
その首筋がほんのり赤く見えるのはゾロの気のせいか。
「・・・あとでゆっくり話そうぜ、ルフィ」
「ゾロの態度次第で考えてやる」
振り向きながらルフィがべーっと舌を出して笑った。
= 終 =
幼馴染シリーズ第2弾。
母親まで出して細かい設定まで考えて、私は何してるんでしょう。
SSなのに・・・、お題のうちの1つなのに・・・。