Daydrem 1

その夜はいつになく静かで、舳先にぶつかる波の砕ける音とか帆にはらむ風の音、
あるいは時折船の軋む音とかがやけに耳についた。
とは言え広い海と船を常の住処とする者にとってそれは脳に届いて音と認識されるまでにもいたらず、 ただ寝床に潜り込んだ内の幾人かが今夜は眠りにくいと、とろとろまどろんだ中で考えながら毛布を引き上げるような、そんな夜だった。

深夜の航海。
数人の見張りと大人の遊びに耽る者を除いて、船は寝静まっていた。
その中をこつこつと足音を響かせながら歩く者がいる。
申し訳程度に灯されたランプの明かりに揺れる人影の腰元に見え隠れする3本の長い影。
それは現在世界一の剣豪である彼の最たる特徴であった。
彼――ゾロにとっても、もちろん今夜の静けさは大して気に留めるようなものでもない。
いつになく響く足音を頓着するでもなく、大股でゆっくりと歩を進めていた。

いくつかの角を曲がり、薄暗い廊下を歩く。
なかなか目的の部屋に着かないのは彼が方向音痴なせいばかりでもなく(船内にはゾロの迷子防止用に至る所に標識がついている)、 船が広いせいだ。
今のこの船は、昔おこがましくもたった2人で海賊団を名乗り海に乗り出した小船の何倍くらいあるのだろうか、面倒で考える気にもならない。
そして初めて手に入れた羊頭の陽気な船。
かつて船員全員の息遣いすら聞こえそうだったあの頃に比べると、今は会いたいと思う相手を捜し当てるのも一苦労で、 自分たちの船は本当に大きくなったと今更ながらに思う。
船の規模に比例して船員の数も増えた。
数だけではない。その力量と団結力、何より船長への忠誠心は恐らくどの海賊団よりも優れていると自負できる仲間たち。

当たり前だ。
今この船を率いるのは、この世の全てを手に入れた海賊王、
モンキー・D・ルフィなのだから。


ゾロの向かうのは船長室。
いつ聞いてもこの単語は彼には似合わなくて、つい苦笑してしまう。
今の船に変わるとき、これだけの海賊団になったからには船長室は必要だと言うナミの意見は最もで、誰も反対はしなかった。
本人はめんどくさいとかそんなの要らねえとかぶつぶつ言っていたけれど、当然のことそれは一切無視された。
とは言っても、あのルフィだ。
誰もが内心予想していた通り、本人がこの部屋にいることは滅多にない。
あっちへちょろちょろ、こっちへちょろちょろしては、ロープに絡まっただの皿をひっくり返しただの、 昔のままにあちこちで騒ぎを引き起こし
「船長、邪魔です!」
と新参の船員たちに泣きつかれている。

居場所がなくなると、キッチンに潜り込んではサンジに食べ物をねだり、
医務室でチョッパーの手さばきに茶々を入れ、
武器庫でウソップに絡んでは仕事の手を止めさせる。
船では終日あちらこちらからルフィ〜〜〜と言う怒鳴り声が響いていた。
けれど誰もが邪魔邪魔と口では言いつつ、決して彼を追い払おうとしないのは、皆がこの船長をこよなく愛している証。
何年経とうがどんな立場になろうがルフィはルフィであり、それを囲むゾロたちの彼に対する思いも何ひとつ変わっていなかった。

ルフィは今でもよく船首に登って海を見ている。
昔のGM号の羊頭をえらく気に入っていたルフィは、その後幾度か変えた船でも舳先には必ずメリーの頭をつけるよう命じ (と言うか駄々をこね)、
冒険を続けた10年と言う年月の間中、彼の指定席であるそこに座ってただ見つめる。
前を、これから行く未来を――全てを手に入れた今でも――見つめ続けている。
そしてゾロもまた、そんなルフィを見つめている。
この何年もの間、揺らぐことのない真っ直ぐな思いで。

ルフィはともかく、ゾロはここ最近格段に忙しくなった。
新参の船員たちの訓練や指導に追われているためだ。
世界一の大剣豪直々の教えを請うものは後を絶たず、正直面倒で仕方ないのだが、放っておいて実戦で役に立たず死なれても後味が悪い。
渋々ながら一日の大半を費やす羽目になってしまった。
これに一層増えた日課のトレーニングを加えれば、後は食事に刀の手入れについ眠ってしまう時間に・・etc。
結局暇な時間はほとんど無くなった。
おかげでルフィと顔を合わせなくなって久しい。
もちろんふらふらしているルフィを見かけることはしばしばだし、船首でその後姿を見ることもある。
だが何故か声をかけるのも憚られ、今ではかつてのようにゆっくり話すことも、 ・・・そして触れ合うこともすっかりなくなった。
だから、今日の夕方
「ゾロ、今夜船長室に来い」
ルフィからこう言ってきたときには、心底驚いたのだ。
「何だ?」
「忘れんなよ、船長命令だぞ!」
ゾロの質問には答えず、ルフィはにやりと笑ってキッチンに消えた。



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atogaki
10年後、すでに夢をかなえた後という未来設定です
ゾロ29歳、ルフィ27歳(おおう)。もちろん他の皆も一緒で大海賊団になっています


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