キッチン


せっかくの仲間の誕生日だ、ぱあーっとお祝いしよう!・・・なんて最初に言い出したのは誰だったか?
まったく怪物並みによく食う面子を抱えてただでさえ苦労しているというのに、 これ以上俺の仕事を増やさないでくれ、と愚痴る間も手は休めない。
狭い船のキッチンの中をサンジはくるくると動き回る。
幸い補給したばかりで買い置きの食材が多めにあったので、ちょっと豪華なパーティーにしても大丈夫だろう。
「アイツが嫌がるほど派手なことしてやる」
クリームを泡立てながらサンジは改めて自分に誓った。
何しろ主賓は無口で無愛想な「アイツ」だ。
恐らく、いや絶対そんな席は苦手なはず。
困惑し動揺する「奴」の顔を思い浮かべるだけで、作る手にも力が入るというもの。
言葉どおりサンジの両手はフル活動だ。
テーブルには次々と垂涎もののご馳走が並べられていった。



カレンダーを見て、何とはなしに今日はゾロ目の日だとそんな話になった。
「ゾロ目?」
聞きなれない言葉に麦藁帽子の船長が首を傾げた。
「同じ数字が並んだのをゾロ目って言うの。今日は1が4つ並んでいるでしょ、だから・・・」
「ゾロー、ゾロ目だってさ!」
子供のような船長はせっかくのナミの説明も最後まで聞いちゃいない。
何が可笑しいんだか、けらけらと腹を抱えて笑っている。
そして最凶最悪な目つきを持つ「奴」もこんなときは・・・、
お気に入りの船長を見つめるこんなときだけは、見ている方がはっとするほど穏やかな眼差しをする。
だから何だよ、と言葉はぶっきらぼうに突き放しながら、その表情は全くの正反対。
(モロばれなんだよな・・・)
その場にいた誰もがそう思った。さすがに言葉にはしなかったが。

ゾロ目〜ゾロ目〜  ・・・と適当な節を付けて船長が歌いだす。
響きがよほど気に入ったのか、聞くたびに違う節を幾度も繰り返し楽しそうに口ずさむその姿は、 いつものことながらとにかくやかましいのに、その一方で何故かとても微笑ましくて。
奴が優しい視線を落とす気も分からないではない、と思う。



そんな視線をサンジは知っている。
かつて自分にも向けられていた包むようないとおしむような眼差し。
口では散々罵りながらいつでも見守ってくれていた大きな存在の・・・・クソジジイ。
ある日バラティエでサンジは自分の誕生日を思い出せないことに気づいた。
絶海の孤島での事件がそれ以前の記憶を奪っていたらしく、断片的には覚えていても過去の細かいことが思い出せない。
誕生日など忘れても別に重要なこととは思えなかったが、一方で急に自分の存在があやふやになった感覚を覚えた。
誕生日は自分と言う人間がこの世に存在を主張した日だ。
今自分は生きているのだろうか、実はあの島で飢え死にしたんじゃないのか、生死の境界は曖昧で、
いやそれ以前にこの世に存在していたのかどうかすら、サンジは分からなくなった。
あのころはどんな顔で毎日過ごしていたのだろう。
そしてサンジのクソジジイはそれを見逃さなかったらしい。



客も引け、掃除も明日の仕込みも終わったある夜のこと。
突然ゼフにキッチンに来るよう呼ばれた。
訝しく思いつつドアを開ければゼフの大きな背が見えた。
両手が引っ切り無しに動き、何かを作っているところだとすぐに分かった。
彼がサンジの前で料理を作るのは珍しい。腕を盗めとか言うくせにその姿をなかなか見せてくれなかった。
けれど今日は顎をしゃくってこっちに来いと示す。
近づいてみれば
「俺はパティシエじゃないんだがな」
と言いつつ見る見るうちに華麗なケーキが出来上がっていった。


ふっくらと焼きあがったやわらかそうな台が、あっという間にチョコやらクリームやらで飾り立てられ、その脇でマジパンの動物がちょこんと控えてケーキを見上げている。
フルーツが彩りを沿え、金箔がひらひらと舞う。
デザートはゼフの得意分野ではないらしいが、その手際と華やかさは流石なもので、 まるで魔法のような流れにサンジはただ見とれるばかり。
見る見るうちにケーキが完成した。


魔法使いの手がとんとんとケーキを切り分け、その一つをサンジの前に置く。
一瞬訳が分からなくて、思わずゼフを見上げれば、その目がにやりと笑う。
「食ったらちゃんと歯を磨いて寝ろよ」
何で?と問えば今日はお前の誕生日だろうが、と返事が返ってきた。
違うよ、俺には誕生日なんて・・・  言いかけて気づいた。
今日がゼフと一緒にこの船に乗って、ちょうど1年目だということに。
「早く大きくなりやがれ、このチビナスが」
「うるせえ、クソジジイ!」
大きな手がサンジの頭をぽんと叩く。自分の存在が急に確かなものになった。
痛ぇよ・・・そう言おうとしたのにその手はとても暖かくて言葉がでない。
慌てて口にしたケーキは甘すぎて目の前がぼやけた。



奴にも甘―いケーキを作ってやろう。
辛党のあいつが一生忘れられないような皆の愛のこもったとびっきり甘々なやつを。
「誕生日は・・やっぱ祝うもんだよな」
顔を顰めるだろう剣士の姿を想像してサンジは楽しそうに笑った。



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