10

時間はあの大嵐の夜に戻る。

ハリケーンは容赦なく自然の牙をむいて襲い掛かってきた。
激しい風雨に、あれだけ大きい彼らの船ですらまるで小さな木っ端のように上下左右も無く揺すられている。
人生の大半を海で過ごした彼らですら、脳を直接かき回されるような感覚を覚えた。
「こんなに目茶苦茶に揺すぶられると、何だかおまえとヤってるみたいだ」
この状況をその脳はどれだけ理解しているのか、風に負けない大声で不謹慎な言葉を平然と口にしてルフィはにやりと笑う。
「かもな」
ゾロもあっさり賛成し、振り上げた刀できぃんと海兵の刀を弾き飛ばした。

ハリケーンに怖じけることもなく、海軍兵たちは次々に2人の元に押し寄せてくる。
「いい加減しつこいよな」
「まああちらさんにしたとこで必死ってわけだ」
適度に背中合わせの距離を保ちながら、剣で拳で攻撃を交わす。
純粋な肉弾戦だ。
世界最強の称号の下にも負ける気は少しもしなかったが、如何せん数が多すぎる。
悪いが手加減はできなかった。
骨の砕ける音
ぱあっと上がる血飛沫
あちこちで弾き飛ばされた海兵が荒れ狂う海に落ちていく。
恨みは無いがこちらも大変なのだ、運がよければ生きのびてくれ。
その程度の感想をちらりと頭の片隅で思いながら2人は戦い続けた。

体に浴びる返り血もすぐに雨に洗い流される。
「前が見えねえのが腹立つな」
無駄だろうけどと言いながらルフィがぐいっと腕で顔をこすった。
服はすでにべっとりと体に張り付き、幾らかの束縛はあるが、その動きにくさも2人にとっては気にもならないことだった。
相手もこの状況下、わずか2人の海賊に攻め込めきれずにいるが、ルフィたちにしたところで有利と言うわけでもない。
慣れた船の上とは言え、辺りは暗い海。
風に煽られ足を掬われれば一巻の終わりだ。ましてや悪魔の実の能力者にとっては。
だが、それすら2人は頓着しない。
負けるつもりは無いが、勝つつもりもない。
ただ仲間たちが無事逃げきれるまでの時間を稼げればいい
そして
最後まで自分たちらしく、2人らしくあれればそれでいい
それだけが彼らの闘う理由だった。

だが、激しい風に海面が煽られ、それが巨大な波となってひっきりなしに甲板に飛び込んでくる。
海水が2人の体を容赦なく打ち付け、それによりルフィは次第に力を失っていた。
「おい、ルフィ!」
いつになく肩で大きく息をするルフィを振り向きゾロがその名を呼んだ。
「ああ、平気だ、気にするなゾロ」
苦しげに、だがその目はまだ光を湛えたまま、ルフィがにやりと笑った。

相手が海軍だけならば、ゾロは海賊王に対して不安など抱かない。
ルフィが人間相手に負けるはずがないからだ。
なのに、海が荒れ狂ってルフィを呼ぶ、そのことが今は気にかかって仕方がない。
悪魔の実を食べたものはその超人的な能力と引き換えに海に嫌われる
そんな馬鹿なこと誰が言い出したのだろう。
少なくともルフィに関しては違うとゾロは思っている。
あれは海に愛されている男。
太陽のような眩しさを海が愛し、早く自分の下に引きずり込もうと、今まさにその手で手繰り寄せているのだ。

誰がやるものか、と思う。
あれは自分のものだ。
その身体も心も髪の一筋さえも、何にも渡すつもりはない。
たとえ相手が、大きな腕を広げ一切を飲み込もうと企んでいる底深い海であったとしても。

「ルフィ!!」
ゾロの呼び声に振り向いたルフィは全身から雨とも海水ともつかぬ水を滴らせ、顔には明らかな疲労の色が見える。
それでも気遣いを寄せるには、崇高すぎるほどその目は不敵で。
その気高さが海を魅せるのではないかと、却って恐ろしくなる。

もう時間の感覚もなくなって久しい。
ゾロは雨に濡れた白い柄の和道一文字をしっかりと握りなおす。
手元には、もうこの刀しか残っていない。
大剣豪への道を共に歩いてきた、三代鬼徹と雪走はすでに失われていた。


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atogaki
ハリケーンの迫力が書き切れませんでした。 ちっとも最大じゃありません。 それは自分で体験していないからです。 昨年秋に吹き荒れる暴風雨の中に庭の木を縛った、その程度ではダメですね、やっぱ(笑)、
ここからちょっとゾロと刀たちの話になります


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