そして部屋には暫しの静寂が訪れた。
「静かだな・・」
「ああ・・」
ルフィが呟きゾロが答えた。
誰もいないしんとした室内に互いの声が耳に痛いほど響きあう。
激しくなる雨音に混じって遠くから「元」船員たちの慌しい声が聞こえてくる。
船を下ろし乗り込む準備をしているのだ。
この船から去っていくために。
この船に残るのはルフィとゾロ、たった2人。
だがそれで充分だとルフィは思っている。恐らくはゾロも同じ思いだろうとも。
「戻ったな」
ゾロが一言だけ口にしたからそれが真実だと分かる。
どこに、とは聞く必要はなかった。
戻ったのは最初だ。
夢を求めて海に出て、何かに引きつけられるように出会った、この航海の一番初めに。
やがて皆の声は遠くなっていく。
しばらくは船長―とか、ゾロ―とか言う単語が切れ切れに聞こえて来たけれど、それもやがて雨音と波音にかき消され聞こえなくなった。
窓から覗けば荒れ狂う波の間に揉みくちゃにされながらも進路を保つ小船が見え隠れする。
ナミがついているのだ。頼りない小船でもこの嵐を乗り切ることに何の不安もなかったが、
皆が名残を惜しみ体を乗り出してこちらを見ようとしているのが、今にも海に落ちそうで少しだけ心配だった。
「行ったか・・」
ゾロがつぶやく。
「ああ・・・」
本当に2人きりになった。
ルフィは窓から顔を離し、もう去り行く船を見ようとはしなかった。
ゾロもゆっくりと腰を上げるとルフィのすぐ傍らに立つ。
「さて」
ゾロはルフィを見つめ、右手を伸ばすとその体を抱き寄せた。
「まずはどうする、船長?」
「ちょっと待て、やらなくちゃいけないことがある」
「そうか、俺もだ」
そして2人は離れ、互いのたいして中身のない荷物の袋に手をかけた。
ルフィは剃刀を取り出した。
そして髭を剃り始める。ぞりぞりと無機質な音を背に聞きながら、
ゾロもまた今の服を脱ぎ捨て着替えを始める。
数分後。
髭を落とし童顔をそのままに晒したルフィは赤いノースリーブのシャツに膝までのジーンズ。
黒い手ぬぐいを頭に巻いたゾロは白いざっくりしたシャツに黒いボトム、そして緑の腹巻には3本の刀を帯びて。
互いに見覚えのある、出会った頃のままに。
唯一違うのはルフィの頭に、すでに返してしまった約束の麦わら帽子がないことだけだが、それも今の2人にとっては別段気にするほどのことでもない。
身支度を整え、どちらからともなくするりと寄り添った。
自然な動きで互いに見交わし唇を重ねる。
穏やかなキスに、こんな状況なのに高ぶっていた心が次第に落ち着いていく。
やっぱり髭はない方がキスしやすいな、と離れながらゾロが笑った。
2人で歩を揃えるようにして外に出れば、打ちつける風雨は一層激しさを増しており、高波が引っ切り無しに甲板を洗う。
少しでも気を抜けば体ごともっていかれ、波にのまれて一巻の終わりだ。
そんな緊迫した状況だというのに、ルフィもゾロも慌てる風も無くいつものように変わらずそこにいる。
「うえー、せっかく着替えたのにこれじゃパンツまでぐしょぐしょだ」
ウソップでもいれば違うだろとツッコミを入れられそうに、いたってのんびりとした口調でルフィが顔を顰める。
「来たぞ」
ゾロの言葉に額の上に手をかざして、気持ち程度の雨よけにしながら雨煙の向こうを見やれば、見覚えのあるMARINEマークの船が次々と近づいてくる。
「この嵐の中ご苦労なこった」
「全くな」
互いに見交わしにやりと不敵な笑みを浮かべ、そしてしっかりと抱きしめあう。
どちらからともなくもう一度唇を重ねた。
激しい雨に冷え切ったはずの体が、こうしているだけで熱くなる。
「助けてる暇はねえ、海に落ちんなよ」
「ゾロこそつまんねえ奴に傷つけられんな」
離れながらも交わす言葉はこの状況からは遥か遠いほど軽く。
そしてゾロは長い間ともに闘い続けてきた愛刀を抜いた。
両手に構え、3本目を銜えようとして、その前にふと思い出したようにルフィを振り向く。
「ルフィ・・・おまえが好きだ」
「俺もだよ、ゾロ」
これ以上の言葉はもう要らなかった。
ゾロは白い鍔の刀を口にし、ルフィはそのゴムの腕をぐるぐる回して今まさに始まろうとしている
彼らの最大最後の闘いに備える。
海軍の船はもうその乗組員一人一人の顔を確認できるほど近づいていた。
ちりちりと後ろ毛が逆立つような緊迫した空気が辺りを包む。
「「行くぞ」」
互いの声が重なった。
そして船上に硝煙と怒号が渦巻く。