グランドラインの入り口に最も近く位置するその町は、「魔の海」の不安定な気象の影響をかなり強く受けていることで有名だった。
一滴の雨も降らない時期が数ヶ月続いたかと思うと、いきなり何日にもわたって激しい豪雨に見舞われたりする。
豪雨が明ければ不意にぽかぽかと暖かくなったりもするし、突然の雷や突風などもしょっちゅうのこと。
そんな町だった。

最もこの町に住人にとってそんなのはとっくに慣れきったことであったし、 余所者にしたところでここまでやって来るのは皆それなりの事情を抱えた者ばかり。
この期に及んで天気ごときにあれこれ文句をつけるような腑抜けた輩はいなかった。
今、この町はちょうど乾季に当たっているらしい。
乾いて黄色っぽい砂が町中を好き勝手に吹きまわり、人や馬が足早に通り過ぎるたびにぱあっと埃が舞い上がる。


ここはローグタウン。
始まりと終わりの町。


少年はこの町に生まれた。
祖母と2人で酒場を兼ねた小さな宿屋を営み生計を立てている。
暮らしは豊かでもないが、そこそこ客はやってくる。食うに困るほどでもない。
この町を離れて新しい人生を踏み出す選択肢が頭をよぎったこともあるが、 幼い頃に両親を亡くした自分をここまで育ててくれた年老いた祖母を一人残していくことは考えられず、 少年は宿屋の主としてここで生きる道を選んだ。
こんな辺境の町ではあるが、だからこその利点もある。
訪れる客は皆、大なり小なり冒険を重ね荒海を越えてきた奴らだ。
男たちはそれぞれにどこかで聞き及んだいくつもの不思議な話を自慢げに少年に聞かせ、 彼らが口にする嘘のような広い世界の話に、外に出ることを諦めた少年の好奇心は大いに満足させられたのだった。


ここはローグタウン。
“かつての”海賊王が生まれ、死んだ町。


この町はいにしえの海賊王、ゴールド・ロジャーが誕生し、また処刑台の露となって生を終えた地だ。
住人たちもそれをある意味誇りし、かつてはその伝説の謳い文句に魅かれた海賊たちが集まってきたものだが、 しかし今ではもうその名が語られることはほとんどない。
今、この町で語られるのは今の時代を生きる若き海賊王の冒険譚ばかりであった。
今日も少年の宿はその話に花が咲く。
ほろ酔い気分の客たちが話す彼の数々の逸話は少年の胸をときめかせ、はるかな海へ心を掻き立てる。



今の少年と同じくらいで海に出たというその偉大なる人物は、仲間たちとともに数多の冒険を繰り広げた。
砂漠の国で王女を救い、またあるときは太古の巨人の島へ。
あるときは空にある天使の島へ。
木も動物も全てが長く果てしない島へ。
水にあふれる不思議な町へ。
魚人の待ち受ける島へ。海の底へ。火の国へ。

信じられないような話でありながら、しかし全てが真実だとだれもが口を揃えていう。
生きていながら伝説となった海賊王は、海賊でありながら非道な振る舞いをしないことでも有名だった。
不思議なゴムの体をもち、その強靭な精神力でひたすらに夢を追い続け、敵対する者を打ち砕いてきた。
彼の為した冒険の一つ一つが少年を、いや今では世界中の人間を魅了してやまない。

10年ほど昔、まだ幼い日に少年は彼を見た。
グランドラインに入る前に、まだ名も無い彼らはふらりとこの町に立ち寄ったらしい。
ゴールドロジャーの処刑台はこの町で最大の観光スポット。
彼はそこに登り、ピエロのような姿かたちの男にがんじがらめにされながらも躊躇うことなく
「俺は海賊王になる男だ!」
そう大声で宣言し、町中の人間を唖然とさせ失笑を買ったという。
誰がそのとき知り得たろう、やがて彼がその言葉を真実にするなどと。



少年はそのときの海賊王を良く覚えている。
貧相ななりの痩せっぽちの少年。
大人たちは笑っていたけれど、少年には彼から湧き出る不思議な光が見えた。
鮮やかな虹色に輝くその光はそのまばゆさで少年の目を眩ませ、それきり何年もの間ずっと、 少年の心にはあの日の映像が焼き付いている。

また海賊王に従う仲間たちも、その有能さと個性の豊かさとで評判だった。
隣に彼の常に座する三本の刀を自在に扱う世界最強の大剣豪、
世界中の海図を書き上げた頭脳明晰な美人航海士、
ありとあらゆる魚が存在する海を見つけた世界一の腕を持つコック、
1km先の的さえ外さない勇敢なる狙撃手、
上げたらキリがない。
けれどそんな多くの優れた仲間の中でも特に、 三本刀の大剣豪は最初の冒険から海賊王にとって唯一無二の存在としてあり続け、2人のコンビに敵は無かったという。

カラカラと、外では風に吹かれた空の桶が転がる乾いた音がする。
往来はさっきからひっきりなしに人が行き交い、店の中もまたざわざわと空気が落ち着かない。
今、町のいたる所で噂話が飛び交っているのだ。


「海賊王が捕らえられた」   と。

巨大なハリケーンと大勢の海軍の迫る中、彼は仲間を逃がすために最後まで船に残って海軍を相手に戦い続け、 しかしついに力尽き捕らえられたらしい。
もちろん大剣豪も行動を共にしたということだ。
あまりにも彼ららしい経緯である。
捕らえられた海賊は死刑。
ましてや海賊王ともなればそれは逃れようも無い。
刑の執行のため間もなく彼らがこの町に護送されてくると、口さがない人々は口角泡を吹きながら喋りあっている。
いつになく海軍兵士が町を歩き、ただの外出ですら規制が厳しくなった。
それも噂に一層真実味を与える。

「あの海賊王もついに最期なのか?」
人々は無責任にそんな問いを繰り返し、そして誰もが慌てて首を振る。
少年もざわめく外に目をやり、店を見回し、そして同じように首を振る。
そんなはずはない。
海賊王がこの世から消えるなんて信じられない。
幼い日に見たあの輝きが失われるなんてありえるはずがない、と。

海賊王と大剣豪。
人々がはるかな夢を馳せるにふさわしい対象。
彼らを殺してはいけない。
小さな声が胸のどこかで囁きかけてきた。

少年の胸に起こった静かな細波。
それは海賊王を知る誰もが抱く小さな波だった。
だがそれは徐々に大きさを増す予感を秘めた波だ。
小さな波は、やがては世界のあれもこれをも飲み込んで次第に世の中を揺さぶる大きな波となる。

少年の周りを激しく風が吹きすぎていく。
世界の何かが大きく変わる予感がした。


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atogaki
少年は顔も名もないオリジナルです。 私らの意見を代弁する一般人代表というところでご理解ください。
久々の更新にもかかわらず、ルフィもゾロも出てこなくて恐縮です。


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