穏やかな昼下がりのGM号。
船を包む日差しは柔らかで、近くに春島でもあるのか一分先の天気さえ予測不可能なグランドラインには珍しく、気候は安定していた。
厄介な海軍の気配もなく、この小さな羊船にとってはまさに絶好の条件だ。
「変ね、アイツ絶対日頃の行い悪いくせに」
見張り台で天候観察の双眼鏡を覗いていたのは鮮やかなオレンジ色の髪の航海士。
メモを取る手を止め、そう呟いてくすりと笑った。
今日が「アイツ」の誕生日と知ったのはついさっきのこと。
クルーはそれぞれ準備のために思い思いの場所に散り、
船は静かにしかしやがて訪れる喧騒の予感を秘めながら、ゆっくりと進んでいる。
キッチンからは引っ切り無しに極上の香りが潮風に乗って漂ってくる。
この船の超一流コックが「何で俺がアイツのために・・」とか何とかぶつぶつ言いながらも、ありったけの腕を振るい、
出来あがったご馳走が次々に食卓に並べられていくのが目に浮かぶ。
見た目に反して意外に器用な狙撃手は最高の花火を上げてやると言って製作のため武器庫(兼発明部屋)に閉じこもり、
「彼」が大好きな可愛い船医は自分も何かしてあげたいからと、てぽてぽ蹄を鳴らしてその手伝いについて行った。
物静かな新参考古学者は「誕生日をお祝いするの?」と心底不思議そうな顔をした。
彼女が過ごしてきた日々を思えばそれは最もな反応だ。
とは言え、ナミもまた誕生日=お祝いと呼べるような過去は持ち合わせていない。
そんな感情は失くして久しいし、そもそも拾われた子である自分に誕生日と言うものは意味を成さない。
そのはずだったのに。
「アイツがあんなこと言い出すから・・・」
思い出してしまった。
“あんたナミだから7月3日、うんそうしましょ”
大雑把な性格の義母が大雑把に決めてくれた語呂合わせの誕生日。
ささやかなご馳走、
義母が作ってくれた小さなみかんのケーキ、
蝋燭の揺れる炎、
朗らかな義姉の笑顔、
・・・・・
それは片手で数えられるほどの回数ではあったが、毎年決まって訪れた家族と一緒の幸せな風景だ。
今ではもう霞むほど遠く、その直後に訪れた悲劇によって全て記憶の彼方に封印されたけれど。
その上に時は幾重にも降り積もり、再び発掘されるまで8年後という歳月を要したけれど。
今。
過去は過去となった。
時は流れ、年月を重ね、思わぬめぐり会いがナミをこの船に導いた。
一人一人の顔を思い出しながら目を閉じれば、これからの事は容易に想像がつく。
コックが腕によりをかけたたくさんのご馳走、
食欲魔人の船長を見越して作られた巨大なケーキ、
蝋燭の揺れる炎の向こうで困惑する強面の剣士、
朗らかなみんなの笑顔、
・・・・・
「誕生日は・・・やっぱりお祝いしなくちゃね」
封印をとかれた優しい想い出に、これから加わるだろう新しい思い出を重ね、
その2つを抱きながら、ナミはふふっと微笑んだ。
全部回った方は甲板へ