武器庫


トンカントンカン、狭い武器庫、別名ウソップ工房ににぎやかな鎚の音が響く。
「パーティー」はもうすぐだ。急がなくては。
とにかく景気付けの一発がないと始まらない、てことは俺様が一番重要な役割ってことだよな。
そう思うだけでウソップの手は忙しなく動き回るのだが、 時々さっきの一幕を思い出す度に可笑しさと恐怖の入り混じった引っ繰り返りそうな感覚に手が止まる。

“そういや今日は俺の誕生日だ”
今日はゾロ目の日〜と嬉しそうに笑う船長の姿に気が緩んだのだろうか、
自分の事は滅多に語らない強面男がそんな言葉を漏らし、その場の空気が一瞬にして固まった。
まさかあの口からそんな女子供のような言葉を聞く日がこようとは。
船長を除く全員が聞き間違いかと身を硬くし次の言葉を待ったのだが、 その空気に自分がとんでもない事を口走ったことに気づいたようで、彼は慌ててキッチンを出て行ってしまった。


「ゾロ・・今何て言った?」
「誕生日・・・と聞こえたけど・・・?」
女性陣の会話に
「おーすっげぇー、ゾロ誕生日なんだー!ゾロ目の日に誕生日かー、すっげぇー、さすがゾロだよなー」
割り込んで響き渡るのは当然嬉しがり屋のお子様船長。
何がすごいんだか、と突っ込みたくなる。
「ま、アイツも木の股から生まれた訳じゃないってことで」
憎まれ口はコックの役目。
「なあ、ルフィ、誕生日ってすごいのか?」
可愛い船医がおずおずと聞けば
「おお、誕生日だぞ、しかもゾロ目だ」
今にも飛び上がりそうな船長。そしてその流れのまま
「そうだ、今日ゾロの誕生パーティーしよう!」
なんて事を言い出した。
別に反対する理由なんてない。明日をも知れぬ海賊家業だ。
楽しいことは一つでも多いほうがいい。
そんなこんなで本人の不在のままとんとんと話は進み、今こうして準備に追われているというわけだ。

あとはチョッパーに頼んだ火薬が届いたら仕上げるだけ。
ウソップはようやく手を止めて一息ついた。手が止まれば今度は頭が動くもので
「誕生日かあ・・」
辿り着いた思いにふと言葉が漏れる。


他のクルーたちに比べればウソップは案外幸せな誕生日を過ごしたほうだ。
早くに亡くしたがそれでも一緒に暮らしていた母はもちろん、村の人やウソップ海賊団の子分たちは
“キャプテン、誕生日おめでとうございます!これはおれたちからのプレゼントです!!”
“おうウソップ、今日は誕生日だろ、うち来てメシでも食ってけ”
いつだってそんな言葉を投げかけてくれた。
誕生日だ。自分がこの世に存在した日だ。
絶対に誰かと一緒に祝えるほうがいいに決まってる。・・・それがあの仏頂面の凶悪人相のアイツだとしてもだ。



“ほらウソップ見て、父さんからお前にプレゼントが届いたよ”
それはまだ母が元気だった頃のこと。 誕生日を迎えたウソップに母がそういってゼンマイ仕掛けで動く玩具のロボットを渡してくれた。
働き者で真面目な母だった。一度も嘘をついたことのないその正直さは村でも有名で、 バンキーナさんが言うなら白い雪でも黒くなる、と言われてたウソップの自慢の母だ。
だから母がウソップの誕生日や何か彼の特別な時に「父さんがいてくれたらねえ・・」と漏らすのが子供心に辛かった。
何故ならそれは夫のいない我が身を哀れむのではなく、ただ父を知らない息子を悲しんでのものだったから。
今だって、母は嬉しそうにウソップに笑いかけてくれているけど、ウソップは知っている。
この玩具は昨日遠くの島から帰ってきた村長の息子が手にしていたものだ。 港で船から降りる彼の手にこれと同じものが握られていたのを偶然ウソップは見てしまっていた。
母はそれを海に出たきり今はどこにいるかも分からない父からのプレゼントと言ってウソップに渡した。
初めて聞く母の「嘘」だった。


ウソップはそれを黙って受け取ったけど、その夜1人でそれを分解し、 内部構造を理解するとまた組み立てた。そして更にもう一つ、それを見本にして全く同じ構造のものを新たに自分で作り出したのだ。
思っていたよりずっと大変な作業だったが、ウソップは誰に頼ることもなくやり遂げた。
そして翌朝それを母に見せながらウソップは笑う。
“母ちゃん、おれこのおもちゃ1人で全部作ったんだぜ”
“まあウソップ、あんたはすごいねえ”
“だからさ、もう父ちゃんにはプレゼント贈ってこなくていいって伝えてくれよ。おれもう1人でもこんなの楽々作れるからさ”
母は何も言わなかった。
ただ目を伏せて、その後ぎゅっとウソップを抱きしめてくれた。
その母の腕の感触は今もよく覚えている。大切な彼の誕生日の記憶の一つだ。
そしてその玩具もまた、彼の別名四次元ポケットの何でも鞄の奥底で眠っているはず。



「さーてと」
何かを振り払うかのように大きく伸びを一つして、ウソップは立ち上がった。
今日はゾロの誕生日。
チョッパーが帰ってきたら、超特急で仕上げて早速お祝いの一発を打ち上げだ。
思いっきり祝ってやろう。
誕生日は祝うものだ。皆で、とびっきりの笑顔とありったけの思いを込めて。
くるんと、手の中でハンマーが軽やかに回された。



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