「相変わらず賑やかな家だったよな〜」
ナミはもちろんその母や姉からも手厚い歓迎を受け、美味いメシをたらふく詰め込んだ腹の重さが心地よい。
名残惜しげにチョッパーを撫でて一家に別れを告げた頃にはもう辺りはすっかり暗くなっていた。
昼食に加え結局夕食までしっかり食べさせてもらい、満腹感はイコール満足感となって
そのほわんとした緩やかな温かさに包まれた2人はすっかりご機嫌だった。
「おばちゃんも姉ちゃんもナミもホントみんな優しいな。オレ大好きだ」
「おまえ、あの人の前で絶対おばちゃんなんて言うなよ」
「なんで?」
「命は惜しいだろ」
「げっ…」
そんな軽い会話を交わしながら、けたけたと笑い転げてはふらふら歩くルフィを引きずって家路を辿る。
「ゾロの周りはホントにいい奴ばかりだな。オレすっげえ楽しいぞ。ありがとな」
「いや…」
ルフィは無邪気に礼を言ってくるけれど、なんと答えたらいいのだろう。
ナミにしろその家族にしろ、隣人のウソップにしろ、彼らがルフィに親切にするのはルフィの人柄(悪魔柄?)あってのことで、
もちろんゾロの力などではない。
むしろルフィが来るまでそんな周囲を煩わしく思ってさえいた自分だ。
「オレはなにもしてねえよ…」
「そんなことない、ゾロはすげぇいい奴だ。だからみんながゾロの傍に集まるんだ」
「ルフィ、それは…」
「もっといろんなもん好きになっていいんだぞ、ゾロ。ちょっとだけでいいから、周り…見てみろ」
な、と笑いかけてくるルフィの瞳は真っ直ぐだ。言葉の一つ一つに真実があるのがわかる。
悪魔のくせに…なんだってこんなにも無垢なのだろうか。
ふわりと包み込むこんな優しさや温かさは心地よいけれど、あまりつかっていると少しだけ居心地が悪くなってしまう。
早く目を逸らしたいと思いながら、けれどルフィにはそうさせてくれない不思議な力があって、ゾロを一向に離してくれようとはしなかった。
自分が周囲から距離をおくようになったのはいつだったろうとゾロは思う。
子供の頃、ゾロの世界は満ち足りていた。
事故で早くに両親を亡くしたが、後にゾロの剣道の師匠にもなった父の友人の厚意で、施設ではなくその家に引き取られた。
師も、その家族もとてもよくしてくれたし、ベルメールら親戚も小まめに気にかけてくれていた。
だから寂しさも不満も感じたことがない。ゾロはこの世界を大好きだったし、世界もゾロを愛してくれていると信じていた。
再び大切なものが奪われたあの日まで。
世界は、思っていたほど優しくはないのだと思い知らせるように、
「死」という大きな力によって為すすべもなく脅える幼い自分を容赦なく打ちのめす。
そのときに知った恐怖や諦めややり場のない怒り、それがどこか世界に対して冷めた自分を作り上げて行ったような気がする。
「あれ?」
間近に見えるアパートに目をやったルフィが不思議そうな声を上げた。
それにあわせてゾロも見やれば、誰もいないはずの自分たちの部屋に明かりがついている。
しかも近づいてみれば窓も全開。
「ゾロったらダメだな〜。でかけるときはちゃんとしろよ」
「いやそんなことはねえ」
窓も電気も確かに確認したはずだが…と首を捻る。
足を速めて階段を上がり、そっと部屋のドアに手をかけると鍵は閉まっていた。
やはり自分がうっかりしていたのかと自問自答するが、そのとき部屋の中でかたんと物の落ちる音が聞こえた。
ふっと2人は顔を見合わせる。
誰かが中にいる気配がする。泥棒か空き巣か。
もの好きな上にいい度胸だと、ゾロはドアの前で軽く身構えてルフィと頷きあった。
アイコンタクトで1・2・3。合図と共に勢いよくドアを開けて、2人で同時に飛び込むと
「よお」
部屋の真ん中に置かれたコタツにどっかりと腰を下ろしていた男が、こちらを見て軽く手を上げた。