4月の声を聞くなり、陽気はぐんと暖かくなった。
暖房器具に乏しい家の中で上着を着る必要がなくなったことや、かける毛布の数が減ったことに、せせこましい我が身を苦笑しつつもゾロは春の訪れを実感する。
ウソップが縁で知り合ったロビンから花見に誘われた話をすると、ルフィは大きな目をさらに大きく見開いて、それはもう飛び上がらんばかりに喜んだ。
その嬉しそうな姿を見ながらゾロは、そういえば花見の話をしたときにルフィが皆で楽しく過ごせたら・・・と口にしていたことを思い出した。
ナミやウソップやチョッパーも・・・
一つ一つ指を折り曲げながら大好きな名を上げていたその思いを、この機会に叶えてやろうかと、ゾロはロビンの申し出に甘えて知人連中を誘ってみることにした。
知人といってもゾロの交友はそう広くはないから、日頃世話になっているベルメールとナミ・ノジコ親子。それにゾロの師匠であるコウシロウの家族くらいなものだ。
それでも声をかけると、彼らは初めてゾロから誘ってくれたことを非常に喜び、是非参加するからと言葉を返してくれた。
そして、いよいよの花見当日。
ルフィとゾロ、ナミたち親子にコウシロウ夫妻。そしてウソップにその彼女のカヤという計9人のメンバーは、ゾロたちの住むアパート前に集合した。
「そげキングは今日はパトロールがあるので来られないそうだ。でもみんなによろしくと言っていたぞ」
天気はいいし隣りには可愛い彼女。ウソップはご機嫌で、いつにもましてよく口が回る。
「まあ残念です、ウソップさん。わたし、そげキングさんにお会いしたかったのに・・・」
ウソップの彼女のカヤは、結構いいところのお嬢様だそうで、正直ウソップには勿体無い気がしなくもない。(一体どうやって知り合ったのか謎だ)
ルフィたちとも何度か会ったことがあり、少々天然なところもあるが、にじみ出る育ちのよさが人に不快感を与えないおっとりとした性格の可憐な少女だ。
「でも今日はルフィさんたちがいるから嬉しいですね」
「おう、オレもカヤに会えて嬉しいぞ!」
「うぉぉい、ルフィ、おまえカヤに近づきすぎだ」
にこっと目を見交わして微笑みあった天然系の2人の間に、ウソップが慌てて割って入る。
「今日は誘ってくれてありがとう、ゾロ」
穏やかな物腰で、コウシロウがゾロに礼を述べた。
相手が弟子であろうと、きちんと礼儀を通す人柄は相変わらずだ。
その一方で
「コウシロウ先生ですね、あたしはこの馬鹿ガキの親戚です。
先生とはこいつの両親の葬式で一度だけお会いしたことがあるんですが、すみません。それきり何のご挨拶もせず何から何まで任せきりで・・・」
ベルメールはもがくゾロの頭を抱えながら、彼女にしては珍しく神妙に頭を下げ、いえいえとそんな2人にコウシロウが苦笑する。
ナミの手にしたバスケットから、がさごそと音がする。
ルフィが覗くと、にゃあんと可愛い声がしてその中からチョッパーが顔を出し、その黒い大きな目できょときょとと辺りを見回した。
その場に集った一同の心根そのままに、あたりには早速和やかな雰囲気が漂っている。
ロビンの運転するワンボックス車は時間通りにやってきた。
「初めまして。ニコ・ロビンです。皆さま、今日はようこそ」
「こちらこそお招きに預かりまして・・・」
大人たちのしゃっちょこばった挨拶を他所に、若者は軽い会釈でさっさと車に乗り込む。
準備は何も要らないといわれたので、持ち物はほとんどない。
ゾロが師匠の好きな酒とつまみを用意し、気を使ったベルメールが簡単な弁当を作ってきたくらいである。
思い思いの席につき、シートベルトを締めたらいよいよ出発。
大好きな人たちと一緒のちょっとした小旅行気分が嬉しくてたまらないルフィは、さっきからずっとはしゃぎっぱなしだ。
チョッパーにちょっかいをかけて遊び、初対面にもかかわらずコウシロウ夫妻に懐き、しまいにはベルメールの弁当箱に手を伸ばしてナミにこっぴどく叱られた。
場所は近隣の町なので、車で行けばさほど時間はかからなかった。
目的のヒルルクの桜は、幾分小高い山の手にある広い敷地の屋敷にあった。
そこにはその屋敷だけがでんと構えているだけで、辺りに家はない。生活音がしない上に
周囲をぐるりと重厚感のある高い塀で囲まれているため外から様子がうかがえず、そんな厳かなたたずまいがどこか近寄りがたい印象を与える。
「ここがあのヒルルクの桜の?」
さすがのナミも圧倒された感で、ロビンに尋ねた。
「ええ、ヒルルクの桜は正確にはもう樹齢百年をすぎてるの。所有者もずいぶん代わって、
私はたまたま今の持ち主と知り合いなのよ。一代で有名なレストランを築き上げたオーナーでね」
そのとき門が開いた。
足を踏み入れるなり、ぱあっと開けた視界にとびこんできたのは、
古いけれど一目で歴史的にも資産的にも価値あると思えるあちこちに手の込んだ装飾の施された大きな屋敷。
見渡す限りの広い庭もきちんと手入れがされ、その中央にひときわ目をひいて今を盛りと咲き誇る見事な桜の木があった。薄い桜色の霞がふんわりと辺りを包み込んでいる。
だれともなくほう・・・・とため息をついた。
「よ・・・ようご・・・マーマーマー・・・ようこそお越しくださいました。私はここの管理を任されているイガラムと申します」
大きな外まきのカールを揺らして男がやってきた。ゾロの横でルフィが、ちくわみたいだと声を殺して笑っている。
「こんにちは、イガラムさん。今日はお世話になります」
ロビンがにこやかに右手を出した。
「準備はすでに整っております。食事も全てこちらに運んでおりますのでご遠慮なく召し上がってくた・・くだ・・・マーマーマー・・・くださいませ」
「ありがとう」
「なあなあ、ちくわのおっさん、メシはどこ?」
「ああ、あちらに・・」
「ひゃっほうv」
ゾロが制する間もなくルフィが駆け出していった。んじゃオレもとウソップもカヤの手を引いて走り出す。
「皆様もどうぞ」
他の者もその言葉に従って、桜の樹下に設けられた宴席に向かう。
「相変わらずお美しいですね、ロビン様」
「あらお上手ね、うふふ」
ロビンとイガラムの会話が、皆の最後についたゾロの耳に聞こえてくる。
「今日は楽しいお客様をお連れだというのでオーナーもそれはそれは楽しみにしてらっしゃいました」
「オーナーはもうこちらに?」
「いえ、店があるので後ほどお見えになられます。それまでは代理でお孫様が皆様のおもてなしをさせていただきますので」
「あの人に孫がいたなんて初耳だわ」
「ああ、今そちらに・・・」
イガラムが右手を上げて示した方向から、ざり・・と敷石を踏む靴音がした。
「ようこそいらっしゃいました・・・美しいレディ、そしてそちらのクソ緑さま」
はぁっ!?
まだロビンたちからそう離れていなかったせいで、その声はばっちりとゾロの耳にも届いた。
聞き覚えのある声にゾロはこれ以上ないほどの勢いで振り返る。
「サ・・・」
息をのんで立ち尽くすゾロに向けられた青い目が、にやりと金髪の下で細められる。
涼しい顔ですらりとした長身をかがめ、ロビンに恭しく礼をとる姿はまさしくあいつ。
誰が忘れるものか。散々ルフィにちょっかいをかけゾロに嫌味を残して「上」に帰っていった「天使」のサンジだ。
「あら、二人はお知り合い?」
「いいえ、まさか。たとえ前に会っていても、貴女のような麗しい女性ならともかく野郎なんていちいち覚えちゃいませんから。
さあどうぞ、あなたもあちらでゆっくりお食事を召し上がってください」
手を取りエスコートしようとするサンジに、大丈夫と軽く断ってロビンは皆のほうに向かった。イガラムも給仕のためにそちらに向かう。
自然その場にはゾロとサンジが2人で残ることになった。
「元気そうだな、クソまりも」
辺りに人気のなくなったことを確認してサンジが話しかけてきた。
「てめ・・・エロ天使。なんだってこんなとこにいやがる」
やっぱり気は合いそうもない。顔を合わせた途端に口から出るのはお互い減らず口だ。
「それなりに事情があんだよ」
「あっちの世界に帰ったんじゃねえのか?」
「ふん、後でゆっくり教えてやるよ、楽しみにしてろ。とりあえず今のオレは主催者側だ。麗しいレディたちのお相手をしないといけないんでね」
やはり、エロ天使だとゾロは思う。レディレディと鼻を膨らます様子から察するところ、こいつはずいぶんな女好きらしい。
「せっかくだ、てめえもゆっくり食っていけ。万一残したら天上界まで蹴り飛ばすからな」
物騒な天使は軽く手を振ると、さっさとゾロに背を向けた。
サンジー!
近づくその姿を見つけたらしいルフィの驚いた声が響き渡る。
それに応える優しげな声も聞こえてきて、ゾロはちっと舌打ちをした。