昨今の異常気象の影響なのか何なのか。
頃はまだ5月なのに、気付けば陽気は一気に春を飛び越して夏へとまっしぐらだ。
痛いほどの陽射しをさんさんと降り注ぎながら5月の太陽は眩しく輝いている。
ここ最近では珍しく大型連休になった今年のゴールデンウィークは、全国的に天気もまずまずのようで始まる前から各地はかなりの行楽客が見込まれていた。
もちろんゾロも、せっかくだからルフィを連れてどこかに・・・とあれこれと予定を思い巡らせてはいたのだが、生憎バイトや道場の予定でぎっしりである。
「○時〜稽古」だの「△時出勤」などと赤や黒のペンで隙間なく書き込まれたカレンダーを見ると、ついため息が出てしまう。
さてどうしたものかとカレンダーを睨みつけたまま腕組みをしていると
「なあゾロ、この連休っておまえの予定どうなってる?」
先に話をふってきたのはルフィの方だった。
「なんだ、どっか行きたいとこでもあるのか?」
ルフィがゾロの予定に口を挟んでくることなど滅多にないので、珍しいなと思った。
「うーん、例えば5日とかさ。大学も休みだしバイトの予定も入ってないみたいだけど・・・」
「5日?」
「うん、その日サンジんのとこの店で・・・」
「ああ悪ィ、5日は道場のチビどもの試合があるんだ。1日留守にしていいか?
オレも今まで稽古つけてやってきたしアイツらもずっと頑張ってたからな、ちゃんと見ててやりたいんだ」
「ん・・・そっか・・・」
後に続く言葉を飲み込んで、ルフィは曖昧な笑みを浮かべて首を振った。
「なんだよ、サンジの店でなにかあるのか?」
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5月に入って、ルフィはゼフ(&サンジ)の店「バラティエ」を手伝うことになった。
一応名目はバイトだが、要はゾロのいない間の時間を預かってもらうようなものだ。
今まではゾロがバイトや学校で忙しい間はウソップのところで過ごさせてもらっていたルフィだが、駆け出しの絵本作家だったウソップが「そげキング」シリーズの好評により
最近一躍売れっ子になってしまったのだ。
毎日遅くまで執筆に明け暮れ目の下にクマを作ってふらふらしている姿を見るとどうにも頼みづらいし、次回作の相談やキャンペーンで留守になることも多くなった。
ウソップの仕事が忙しくなったのはもちろん喜ぶべきことだが、実際問題としてルフィに付き合ってくれる相手がいなくなってしまったことには正直ゾロも困った。
そこへタイミングよく、サンジからルフィを店に寄こさないかと声をかけられたのである。
ゾロを気にしてかルフィはその申し出を断ろうとしていたが、その背中を押したのはゾロだった。
ゾロにとってサンジは未だにいけ好かないヤツではある。だが奴も奴なりにルフィを大事に思っていることは短い付き合いの中でもよくわかったし、
ゾロが忙しいときはルフィが一人で寂しい思いをしていると心配し、ある程度ゾロに怒りを感じているのもわかっている。
だからこそ、そう言う意味でルフィに関してサンジは信頼できる相手なのだ。
それに事情を知り尽くしたゼフとサンジにならゾロも安心してルフィを任せられる。
最初は戸惑っていたルフィだが、賄いの飯は美味いし雑用やウエイターの真似事もさせてもらっているらしく、徐々に楽しくなってきているようで、
今日はこんなことをしたと毎日まるで子供のように嬉しそうな顔で話してくれる。
「オレ、最近は皿を割らなくなったんだぞ」
えっへんと胸を張るルフィに、へぇ・・・と可笑しくてたまらない。
皿を割らなくなったって、それはウェイターとしてわざわざ自慢することなのか?
散々皿を割られて、客に出す料理はつまみ食いされて・・・。
渋い顔で腕組みしてるだろうゼフの姿が容易に想像できて、ゾロは笑いたくなるのを必死にこらえた。
****
話は今に戻る。
「んーにゃ、なんでもねぇ。ゾロは道場の若先生だもんな。こんなときこそ応援してやんなきゃいけねぇよな」
明るく言い放ってうんうんと頷いてくれたルフィにゾロはほっとした。
「ああ、この2ヶ月くらいで結構強くなったんだぜ。お前も知ってるだろ、にんじんとピーマンと玉ねぎの3人組。
やんちゃで散々手ェ焼いたんだが、ついにあいつら初試合なんだ。
お袋さんたちも初めてのことで何がなにやらばたばたでさ。オレが付いてってやらねぇとどうしようもなさそうでな・・・」
「うん」
「だから5日は悪ィ。その代わり他の日には一緒どっか出かけようぜ」
そしてゾロはルフィに対して頭を下げた。
何故このとき下を向いたのだろうとゾロは後になって心底後悔した。
だから見落としたのだ。
そっか・・・と物分りよく答えたルフィの表情を。
朗らかな笑顔の奥で寂しげに揺れていただろう瞳を・・・。
ルフィの微妙な表情に気付かないまま、ゾロは元気な3人組の成長が嬉しくてそれをルフィに延々と話して聞かせた。
どんなに自分を慕ってくれてるか、どんなに上手く竹刀を触れるようになったか、
今度の試合ではきっとそれなりに成績を収められるだろうという師範としての思いまでを。
ルフィもその3人組のことはよく知っているので、にこにこと楽しそうに聞いてくれていた。
せっかくなので試合を観に来ないかと誘ってみたが、
「ごめん、5日は店に来るようにサンジに言われてるから・・・」
「そうか、じゃあそうしろ」
まだ働き始めたばかりだからゼフが色々教えようとしてるのだろうと、ここでもまたあっさり結論をつけてしまった自分を、
ゾロは後に散々後悔する。
「なあゾロ・・・、やっぱり5日って夜からでも店に来られねえか?」
重ねて尋ねてきたルフィに少しだけおや?と思った。
こんなふうにルフィが食い下がってくることはあまりない。
「うーん・・・悪いが試合の後はアイツらにメシ食わせてやることになってんだ。
時間がどうなるかわかんねえから約束は出来ねぇな。
おまえの方こそこっちに来られねえか?一緒にメシでも・・・」
「えっと・・・居れは・・」
「ああ、いいって。無理すんな」
軽く笑ってルフィの都合を優先させてやる。そんな物分りのいい自分に内心密かに奢っていた。
それが大きな間違いだったのというのに、ゾロは何一つ気付いていなかった。