ゾロは神を信じていない。
もしいるとしても、それはゾロにとって何の救いにもなっていない。
ただ大切なものを奪っていくばかりの神などゾロには必要ないからだ。
奇跡も信じていない。
奇跡なんて起こるはずがない。
起こるとすればそれは人の力の為せる技。
ただひたすらに叶えと願い続ける強い思いの故だ。
ちりちりと導くような鈴の音だけに従って足を速める。
余計なことは考えないことにした、迷う元だ。
そしてやってきたあの曲がり角で、なにかいいようのない気を感じてゾロは足を止めた。
曲がってすぐのところがバラティエだと教えられて幾度もここに足を運んだ。
だがそのたびに変わらない町並みに落胆しては後ろ髪を引かれる思いで後にする、その繰り返しだった。
今日、そこからは立ちはだかる壁のような、頑なな気を感じる。
ゾロは首輪を握った手を上げ、その辺りの空に触れてみた。
ちりり
ひときわ大きく鈴が鳴って激しく揺れ、ある一点でぴしりと止まった。
いきなり、ふるると空が震え、そこにまるで一直線に亀裂が走ったような気がした。
ゾロ!?
見えない壁の向こうからずっと聞きたいと焦がれていた声が聞こえ、ゾロははっとして必死に手を伸ばした。
「ゾロ!!」
ルフィが叫んでいる。
ゾロは思い切りその「亀裂」に向かって手をたたきつけた。
ぴしぴしと薄いガラスにひびが走るような音がした。
その後何かがばらばらと砕け落ちたようだったが、これはたぶん気のせいではないだろう。
空間を閉ざしていたような壁がすべて砕け散ったのだ。
けれど、砕けた壁の向こうには今までと同じ景色が広がっている。
唯一、違うのは、今そこにルフィが立っていること。
「ルフィ!!」
「ゾロ!!」
勢いよく飛び込んできた体を腕の中に受け止めて、ゾロはルフィを力いっぱい抱きしめた。
ゾロは神を信じない。
奇跡を信じてもいない。
でも。
悪魔のことは少しだけ信じている。
なぜならあの日、ルフィという名の悪魔に出会ってしまったのだから。
「ルフィ・・・」
さらさらとした黒髪が口元に当たってくすぐったい。だがそれはまた同時にひどく懐かしくて心地よかった。
ゾロは腕の中の感触を改めてしっかりと確かめる。
これはルフィだ。もう何日も触れていなかったけれど、再び受け止めた体はしっくりと互いに馴染む。
「ごめんゾロ・・・」
きつく抱きしめられたまま、ルフィがゾロを見上げた。
「シャンクスが見てたらしいんだ、5日のこと」
シャンクスはルフィの養父にあたる男で、魔界の王にして天上界の長。
ルフィによれば、昔の魔界の対戦の際にほとんど失ってしまったらしいがその大きな魔力と、圧倒的なカリスマ性とで絶対的な君主として今も王座に君臨しているそうだ。
その一方でサンジによれば、親ばかと言う言葉すら超越した、周囲も呆れて口出しできないほどのルフィに対する溺愛ぶりは群を抜いているそうだ。
今回もずっとルフィのことが気になって、仕事そっちのけで地上の様子を覗いていたのだという。
「シャンクス、すっげぇ怒ったらしくてさ・・・ゾロがオレを悲しませたって。
あ、違うぞ。オレそんなに悲しくなかったんだからな、だからゾロは気にすんなよ。
そんでさ、シャンクスがバラティエにゾロに対するシールドの魔法かけたもんだから、ゾロは店から弾かれてここに入れなくなっちまったんだ」
「魔力って・・・もうねぇんだろ?」
「これくらいのこと、シャンクスには鼻ほじるより簡単だぞ?」
何気なく返してきたルフィに、おいおいとつっこみたくなるのをゾロはぐっと我慢した。
全く厄介な親父殿である。
「オレもシャンクスの魔法相手じゃどうしようもなくてさ・・・」
ルフィだって帰りたい、ゾロに会いたいという気持ちは同じだった。
だが格段に上級悪魔のシャンクス相手では為す術もなく、毎日のように遮断された魔法壁のところにきては、
どうやってここを抜け出そうかと様子を伺っていた。
今もちょうど些細な亀裂を探し回っていたところだったのだ。
「それにしても・・・よく来られたな、ゾロ。シャンクスの魔法破るなんてどんな手を使ったんだ?」
「え・・・これか?」
今気付いたように手を開いてみれば、そこにはチョッパーの首輪がしっかりと握られていた。
「これ・・・オレが買ったやつ?」
「ああ、2人で渡しに行こうって約束しただろ」
「うん・・・あんな、ゼフが言ってた。人の思いは魔法より強いときがあるんだって」
「そうか・・・」
2人で交わした約束。
それがシャンクスの魔法へ対抗する力だったということか。
「5日・・・誕生日だったのか・・・」
「うん・・・」
くすんと腕の中でルフィが鼻を鳴らした。
「悪かった」
「何言ってんだ、ゾロはちっとも悪くねぇぞ!」
「いや、オレのせいだ。だけど・・・なんでオレに一言言わなかった?」
「ごめん」
「言ってくれたらどんな無理でもしたのに・・・」
「だと思った。だから言わなかったんだ」
ルフィの目がまっすぐにゾロに向けられる。空を写し取ったような澄んだ色が眩しい。
「他の用なら無理して欲しかったけど、剣道だけはゾロの一番にさせたかったんだ・・。
ゾロがどんなに剣道を大事にしてるか知ってるから・・・」
何を知っていると言うのだろう。出会ってまだ半年にもなっていないのに。
だが、ルフィの言葉は不思議と素直にゾロの胸に落ちてきた。
剣道への思いや亡くした幼馴染への思い、そんなゾロの抱えているいろいろな思いを、悪魔であるルフィはその能力で気付いているのかもしれない。
だがそれは、不快ではなくむしろくすぐったい気がする。
もう一度、ぎゅっとルフィを抱きしめた。
「おまえをほっぽってまでやりたいことなんて一つもねえよ、たとえ剣道だろうとな」
「ゾロ・・・」
さて帰るか、とゾロがルフィの背を叩いた。
帰ろう。2人の部屋へ。
「やり直せるかな」
「何が?」
「おまえの誕生日祝い。ずいぶん遅くなっちまったけどな」
へへへ、とルフィが嬉しそうに笑った。