日を追うごとに暖かくなりながら、しかし時折身をすくませるような寒の戻りを繰り返し、季節は次第に春へと移行していく。
3月の声を聞くと、新聞やTVでさかんに桜の開花予想という文字を見聞きするようになった。
例年になく寒さの厳しい冬だったにもかかわらず、今年の花の便りは早いらしい。
この地域でも、下旬の頃にはあちこちの桜の木にはちきれそうに膨らんだ薄桃色のつぼみが見られるようになった。
月の開けてすぐの次の週末にはきっと見ごろを迎えることだろう。
その美しさと儚さが人の心を惑わすのだろうか。
何故かそわそわと浮き足立つようなあの花の季節が、今年もまた巡ってきていた。
「悪ィ、遅くなった」
待ち合わせ場所の公園に、猛スピードでゾロが駆け込んできた。
ようやく現れた待ち人に、ルフィもまた「悪ィ」と手を上げて一緒にサッカーをしていた子供たちの輪を抜け、ゾロの元に駆け寄ろうとする。
途端にえーっという抗議の声があちこちからあがったが、ルフィの「ホントにごめん」と素直にぴょこりと頭を下げた姿に子供たちも仕方なさそうに首をすくめて諦める。
ちょうど時間も5時を回るころだ。
町に流れた「夕焼け小焼け」の音楽が小学生の帰宅を促す。
家に帰る子供たちの一人一人に「じゃあな」とか「またな」とか手を振って、全員の姿が見えなくなるまで見届けると、ルフィはようやくゾロのほうを振り向いた。
「お待たせ、ゾロ」
「そりゃこっちのセリフだ」
夕方の空もぱあっと一気に明るくなるようなルフィの笑顔につい顔がほころびそうになるのを慌てて堪える。
「なんだ、小学生の面倒みてたのか?」
「いや、さっき友達になったんだ♪」
タメかよ。
そんなことだろうと予想してた通りの答が返ってきたのが可笑しくて、ついに噴き出してしまった。
「時間通りにあがろうとしたんだけどな、ちょうど客がたてこんで帰るに帰れなくなっちまった。ずいぶん待たせたろ?」
「いいよ、オレもサッカーやって遊んでたし」
「せっかく一緒に買い物行こうって約束してたのにな」
「だーいじょうぶ、今からでも間に合うって。でもゾロこそ疲れてねえの?」
「それこそ気にすんな」
「よっし、んじゃ行こうぜ」
ルフィは嬉しそうにぴょんとはねて、ゾロの左腕にぶら下がる。
もちろんルフィはただ単にじゃれついているつもりだけだが、まるでカップルが腕を組むような格好だ。
「おい」
軽くたしなめはしたものの、ゾロも別段振り払うような真似はしない。
こんなことにももう慣れてしまった。
いい年をした男同士が密着して歩くなんて、天上界ならいざ知らず、今この時代のこの国ではかなり怪しい。
けれどそんなことはお構いなしに、ルフィはこんなふうにひょいと軽く垣根を飛び越えてゾロに触れてくる。
最初の頃は気恥ずかしくて無理やり引き剥がしていたが、いつの間にかどうでもよくなって好きにさせてる自分がいる。
いくら叱っても堪えないルフィ相手にいい加減疲れてきたのもあるが、ルフィにじゃれ付かれるのは実はそう嫌でもないことに気付いたからだ。
周囲の思惑云々を気にしてルフィをしゅんとしょげさせるよりも、自由にさせて喜ぶ顔を見ていることのほうが、ゾロにとってもまた嬉しいことでもあった。
天界人の気質だろうか、
ルフィはいつでも伸びやかだ。
心はすうっと澄み渡った空のように高く広く、
周囲をその大きさでふんわりと包み込んでいる。
そして自然な心の赴くままに、ルフィはゾロの傍にいる。
触れたければ手を伸ばして触れてくる。
楽しければ笑う。
そして怒る。拗ねる。おどける。
最初はずいぶんペースを乱され困惑したものだが、やがてルフィの存在はゾロの世界に大きな穴をこじ開け半ば強引に入り込んできた。
けれどそれはけして不快な感覚ではない。
ルフィが傍にいる。
その存在がゾロの世界と交じり合い、融合しあうまでにそう時間はかからなかった。
それがすなわちゾロがルフィと暮らし始めてからの2ヶ月半という歳月だった。
「ルフィ」
「ん?」
「重てぇ」
「じゃ離そっか?」
「いや、別にこのままでいい」
「なんだよ、わけわかんねえぞ、ゾロ」
あははと楽しそうに大きな口をあけてルフィが笑った。
確かにわけがわかんねえよな。
他の誰かの存在をこんな穏やかに受け止めている自分が不思議だった。