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5月もあっという間に半ばをすぎた。
五月晴れの上旬から一転、中旬は雨の日が続き各地で「5月としては過去最高の降雨量」だのといった言葉がニュースに登場するようになった。
雨はあまり好きではない。
びちゃびちゃと聞こえる雨音が耳障りで、胸の中がもやもやとしてくる。
昼間だというのに日の差さない薄暗い部屋に横になりながら、ゾロはそんなことを考えていた。
どんな状況だろうと眠れるのが自慢のゾロだ。時間が空けば昼間だろうとぐうぐう眠ってしまうこともしょっちゅうだったが、
こんな眠るでもなく、ただぼんやりとやる気なく時を過ごす自分が今はもどかしい。
なんだか雨と一緒に体から気力が流れ出てしまうようだった。
“大丈夫か、ゾロ?”
ルフィの声が聞こえた気がして、ゾロは慌てて目をあけた。
ルフィのことだ、ゾロがこんな風にしていれば大丈夫かと気遣って覗き込んできてくれるだろう。
“おう、なんともねぇから気にすんなって”
そうしたらそう言ってぽんと頭をなでてやろう。
ルフィもよかったと明るい笑顔を返してくれるはずだ・・・。
そんな空しい想像をしながら、改めてここにその笑顔がないことを痛感する。
5月5日。
その日を境にルフィはゾロのもとに帰ってこなかった。
*****
話は少し前に遡る。
大型連休の中日、5日はいい天気だった。
市営の体育館で行われた剣道の試合は無事に終了した。
ゾロ自慢の3人組は優勝こそ逃したものの、にんじんが準優勝、後の2人がベスト8とまずまずの成績を残した。
約束どおり3人を焼肉に連れて行きご馳走してやる。大盛りの肉を前に嬉しそうな子供達を見ていたら、ここにルフィがいたらさぞ喜んだだろうと考えた。
無理にでも誘えばよかったと思いながら、なにやら妙な予感に胸がざわついて仕方なかった。
相手はまだ小学生だ、あまり遅くなるわけにも行かないので早々に家に返しゾロも家路に着く。
しかし、ゾロが部屋に帰ってもルフィはまだいなかった。
バラティエに連絡しようかと思ったが、あまり保護者面するのも気が引けて、そのまま待つことにした。
だが、9時になり、10時をすぎてもルフィは帰ってこず、結局翌朝になるまでゾロは待ち続けた。
サンジやゼフが一緒なのだから、おそらく正体がばれてどうこうと言うことはないだろうと思ったが、未だ人間界には若干疎いルフィだ。
何かあったのだろうかと心配でたまらない。
結局朝になっても帰ってこないので、まだ時間は早いが電話をかけてみた。だがコールはするものの一向に繋がる気配はない。
焦れたゾロは自らバラティエに急いだ。
自転車で約10分の道のりをこれ以上ないくらいのスピードで走りぬける。
だが・・・どれくらい走り続けただろうか。
不思議なことにどこをどう走ってもゾロは全くバラティエに着けなかった。
方向音痴で定評のある自分だ、さすがに不安になって玄関前に出てきた近所の人に尋ねてその位置を確認する。
どうやらすぐ近くまで来ているらしく、その先の角を曲がってすぐだと言われて意気揚々と教えられたとおりに行くのだが、
角を曲がったそこに店はなかった。
いくら方向音痴でも、目の前の角を間違えるはずがない。
わずか数十メートルの距離がつけないなんて何かおかしいと、ゾロはアパートに戻るとウソップの部屋のドアを叩きまくり、
寝惚けまなこで出てきた彼をひっ捕まえてもう一度同じ場所に向かった。
「なんだよゾロ・・・、オレぁ昨夜出かけてたからさっきまで仕事してたんだよぉ・・・」
目をしぱしぱさせながら、ウソップが情けない顔で引きづられていく。
「悪ィ。あとでいくらでも詫びるから、とにかくちょっと付き合ってくれ」
ゾロの有無を言わせぬ気迫に、ウソップも何かただならない事態が起こったのだと察したらしい。
当惑した表情だったが、わかったと頷いてくれた。
「なあ、ウソップ。おまえバラティエって行ったことあるよな?」
「おお、あの花見んときに会った金髪ぐる眉にーちゃんの店だろ。確かあの角を入ったとこにある・・・」
たく方向音痴はしょうがねぇなあと苦笑して一緒に付き合ってくれたウソップだが、
曲がった角に、やはり目指す店は存在しなかった。
「えーと・・・確かこの辺だよな・・・???」
ウソップも同じだ。
結局2人でいくら辺りを探し回ってもぐるぐるぐるぐる同じ場所をただ巡るばかりで、一向にバラティエを見つけることはできなかったのである。
ナミを呼び出して同様に頼んでみたが、
「え、ここじゃなかったかしら・・・?」
結果は同じだった。
おかしいわねと、ナミもまたウソップと顔を見合わせてその賢そうな眉を顰めた。
2人とも昨日は普通に店に行ってサンジやルフィと会い、話をしてきたと言う。
そしてもう一つ、そこでゾロは2人から耳を疑うことを聞いた。
「ねぇ、あんた、なんで昨日来なかったの」
ナミが咎めるような口調でゾロを睨みつけた。
「昨日?」
心当たりのないゾロは首を捻るばかりだ。
「そう、ルフィの誕生祝いをバラティエでやったでしょ」
「なんだって!?」
ルフィの誕生祝い?
初めて聞いた単語に愕然とする。
「そうだぜ~。おまえも絶対いると思ってたのにさ、剣道の試合に行くから来られないって・・・」
「それ誰から聞いた!?」
「ルフィよ」
ゾロの剣幕にびびって言葉を失ったウソップの後をナミが引き継ぐ。
「しかも聞いてびっくり、自分じゃなくて道場の子供の試合ですって?
いいの?って聞いてもルフィったら、いいんだって笑うのよ。だからあたしたちもそれ以上何もいえなかったんだけど、そのくせ
あの子、声は明るいのにどこか顔は寂しそうなの。
ゾロ・・・なんであんた、そんな可哀相な真似したのよ」
「ルフィの誕生日・・・?」
ゾロはただ呆然とするばかりだ。
「なによ、あんた知らなかったの?」
「ああ・・・だってアイツはそんなの一言も・・・」
言いかけたそのとき、不意に思い出した。
なんでもないと言いながら、どこか諦めきれずに拘っていたルフィのことを。
あとでもいいから来られないかと縋るようにして尋ねてきたルフィは珍しいと思った。
あれはゾロに一緒にいてほしいと密かに縋っていたと言うことか。
何故ルフィが自分に何も言わなかったのか、それがひどく悔しい。
もし知っていたならゾロは何を置いてもルフィのもとに駆けつけただろうに。
いや。とゾロは思い直す。
ルフィに責任転嫁してはいけない。
ルフィは必死に訴えてた。必死に思いを向けていた。
ルフィなりにゾロを気遣って、それでもなんとかしてほしくて。
責められるべきは、誤魔化そうとしながらそれでも隠しきれなかったルフィの寂しさに気付いてやれなかったゾロだった。
*****
その後、事態は変わらないまま、いつしか2週間がすぎていた。
とにかくルフィに一目でも会いたいと、ゾロは時間の許す限り思う辺りをただひたすら探し続けた。
しかし、目指すバラティエは一向に見つけられないままだ。
数日前、ひょっこり道で出会ったロビンから、ちょうど今バラティエで食事をしてきたところだという話を聞いた。
もちろんルフィやサンジにも会ったと言う。
慌ててロビンの腕を引っ張り、例の角まで来てもらったのだがやはり同じだ。
ゾロと一緒に角を曲がれば
「あら?」
店は嘘のように一切の痕跡もなく、ロビンも不思議そうに首を捻った。
「ごめんなさい、確かにここだと思ったのだけど・・・」
「いや、いいんだ、忙しいのに悪かったな。ありがとう」
礼を言ってロビンと別れる。
薄々ゾロもおかしいと感じ始めていたが今回のことで確信した。
ゾロだけがバラティエから遮断されている。
だから皆は普通に訪れることが出来るのに、ゾロだけがたどり着けない。また他の者もゾロと一緒だと行けなくなってしまう、
そんなところだろう。
恐らく魔法だ。
サンジあたりがしかけているのかと思うが、店に行けない以上確かめる術はない。
最も事実の確認など、別にどうでもよかった。
それよりも、もうどれくらいルフィの顔を見ていないのか、声を聞いていないのかと、ただそればかりがゾロの心を占めている。
もどかしくておかしくなりそうになって、改めて気付いた。
こんなにもゾロはルフィと言う存在を欲していたのである。
日が経つに連れ、周りの人間、ウソップやナミたちは徐々にルフィのことを忘れ始めていた。
最近は尋ねても「ルフィ?」とすぐに記憶が繋がらないことがしょっちゅうだ。
こうしてルフィはこのままこの世界に存在しなかったことになって、皆の中から消えていくのだろうか。
冗談ではない。そんなことがあってたまるものかと思う。
ルフィと出会ったことも、自分を好きだと言ってくれたことも。
そしてゾロもまたルフィが好きだと気付いたことも。
そんなルフィと関わった全てのことを、いまさらなかったことになんてできるわけがない。
ルフィ、どこだ。今どこにいる、とあらゆる物に向かって必死に呼びかける。
オレはおまえがいないとこんなにもダメなんだ。
声が聞きたい。
笑顔が見たい。
おまえに触れたい、ルフィ・・・、と。
結局今日も為すすべなく諦めて帰ってきたゾロは無言でごろりと横になる。
ちりん・・・、小さな鈴の音が伸ばした手の先から聞こえ、ゾロは手に触れたそれを取り寄せてみた。
それは猫用の首輪だった。
店に通いだしてすぐの頃、ルフィがゼフからバイト代を貰ったとゾロに話してくれた。
3日も働いたのに、割った皿代とつまんじまったメシ代を引いたらこれだけだったと見せてくれたたった一枚の千円札。
それでルフィはチョッパーに首輪を買った。
小さな鈴のついた淡いブルーの可愛らしいそれを手にしながら
「ごめんな、金なくなっちまって・・・。次は絶対ゾロへのプレゼント買うからさ」
そう言ってルフィは悪ィと頭をかいた。
その姿を微笑ましく見やりながら、気にすんなとルフィの心配を笑い飛ばしてやる。
「そんなことより、オレらはいつチョッパーんとこに行くんだ?」
ゾロのその言葉にルフィの顔がぱあっと輝いた。
「うん、いつ渡しに行こっか、ゾロ?」
嬉しそうな顔が今でも目に焼きついている。
2人で行こうと約束したものの、結局日が決まらないままそれはそこにずっと置かれていたのだった。
そうだ、とゾロは首輪を手に握ったまま、むくりと起き上がった。
なにか大きな力に背を押されている気がした。
ゾロはルフィと約束したではないか、2人でチョッパーのところに行こう、と。
約束した。だから絶対にもう一度ルフィに会わなくてはいけない。
鈴の音に力を得たように、ゾロは力強く立ち上がった。