[PR] この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。
2人で他愛もない会話を交わすうちに、いつの間にかアパートの入り口まで着いていた。
ふとルフィが足を止めて上を見上げる。
隣の家の庭先から桜の枝が覗いていた。ゾロも並んで足を止めるとルフィと同じようにそれを見上げた。
枝々の先には咲きごろを間近に控えたつぼみが今にも綻びそうに膨らみながらそのときを待ちわびている。
「桜か…」
もうそんな時期だとしみじみと呟く。
「もうすぐ咲きそうだな。そしたら花見に行こう、ゾロ」
花見という言葉をルフィが知っていたことに、ゾロはおやと思う。
「地上の人間は桜を見て花見ってのをするんだろ」
「別に皆が皆ってわけでもねえが…」
「花を見ながら大きな桜の木の下で皆で美味いメシ食うんだろ?」
家族や気の合う仲間と美味いメシ食って酒飲んで、話したり歌ったり、楽しく過ごす。
元々楽しいもの好きなこの悪魔にそのイベントはこの上なく心惹かれるものらしい。
ルフィはすっかり「花見」に興味津々だ。
「天上界でも花見なんてやってたのか?」
「いーや。だってあっちに桜なんてないもん」
魔界に咲くのは赤や青の原色の花。
天界に咲くのは純白の花。
その二つが合わさった天上界には、それ以外の色の花は存在しないのだとルフィは言う。だから桜のようなこんな淡い色調の花は見たことがないらしい。
ちょうどこの時期に地上に下りた奴らから話はよく聞いていたが、地上界の桜を見たのは初めてなのだとルフィは嬉しそうに語った。
「すっごく優しい色だよな。薄くって柔らかくって、周りの空気までふわっとあったかくなった気がすんぞ」
ルフィの呟く素直な感想も同じように周りを暖かくするもので、ああそんな見方もあるのだとゾロは改めて桜を見上げて思った。
桜の花は好きだが、ゾロは別段花見自体に興味はない。
友人に誘われて同席したことはあるが、桜はそういう騒がしい雰囲気でめでる花でないのだという感想を抱いて終わった。
ゾロもまた一応剣士を名乗る部類に属するからだろうか、その潔さが武士にも通じるといわれる花のその崇高さは大切にしたかった。
だからその下での宴会騒ぎなど真っ平ごめんだったが、どうやら今年はそうも言ってられないようだ。
「なあなあゾロ、花見はあとどれくらいでできるか?」
「あー、あと3日もしないで咲き出すだろうから、来週いっぱいくらいかな」
「そしたら行くか?」
「いや、花見ってもな、出かけたところで人はいっぱいだし・・・」
「え、いかねえの?」
「いや、そう言うわけじゃないんだが・・・」
「じゃ行くんだな?なあ、ウソップも誘っていいか?あ、もちろんナミもな。チョッパー連れてきてもらってもいいよな?」
ルフィの頭の中では次々に花見の計画が出来上がっていく。
さて困った。
せっかくだから楽しく皆でわいわいと花見を、というルフィの意思をできれば尊重してやりたい。
だが、近所の有名な公園に出かけ、人でごった返した猥雑な雰囲気の中にルフィを晒したくない気がした。
酔っ払い、喧騒、散らかったゴミの山。
ルフィと共に見る花はもっと静かで清浄なものであって欲しい気がする。
さてどうしたものかとゾロが考え込んでいると
「そういやゾロ、『ヒルルクの桜』て知ってるか?」
ルフィが思い出したように尋ねてきた。
「ああ、噂は聞いたことがある」
「ここから近いんだろ?」
「隣の町の話だな」
隣町にある古い屋敷の庭に古い大きな桜の木があって、それがまた見事な花を咲かせるのだそうだ。
だがその屋敷は普段から高い塀に囲まれているために、まだ誰もその花を見たことがない。
いや忍び込んで目にした無謀な奴らがいるにはいるが、その誰もが魂を抜かれて死んだとか廃人になってしまったとか何とか。
いつの間にか噂が一人歩きして都市伝説のようなものになってしまっている。
そんな話をルフィが知っていたことが意外だった。ウソップ辺りから仕入れた情報だろうか?
「なんだよ、見てぇのか?そのヒルルクの桜」
「うん、ちょっとな・・・」
珍しく曖昧に言いよどむ態度から察するに、どうやらかなり興味があるらしい。
まさか妖怪の類でも無かろうがとにかく見事な花だと評判は聞く。(誰も見たことがないくせに見事だと噂が立つのがさすが都市伝説だ)
どうせだからそんなものを見せてやりたいとも思うが、とは言えそれは無理だろうし、再びさて花見の一件をどうしようかと考えながらゾロが階段に足をかけた、そのときだ。
「待ちたまえ、青年諸君」
朗々とした声が背後で響いて、振り向いたゾロはいきなり段を踏み外した。